16.勇者との再会
人間を食い物にする醜悪な魔獣たちを蹴散らし、道を切り開いていく三人。
この森≪ヘル・フォレスト≫は入った人間は二度と外の空気を吸うことがないと言われる。
凶暴な魔獣が跋扈する危険地区であり、現状はアルマも手を出しあぐねている。
「ここら辺は本当に分からないことだらけでな。≪ディザスター≫と違って凶悪な魔物も平気で出るとの報告は受けているし、下級とされる魔獣も、この森に広がる魔力の霧によって知能や力が大幅に上昇している。気を抜いたら普通に死ねる」
優良な資源が確認されてはいるものの、回収に来られるのは腕が立つ冒険者でなければ命を落とすため、少数精鋭でしか探索を許さないのも開拓が進まない理由である。
テムズやエリアルが着ていた、一着目の血だらけのローブから、それにわずかに染み付いた勇者たちの匂いを覚えたベルカはさすが獣人といったところだ。
獣人らしく卓越した嗅覚を効かせながら彼らを探している。
「大量にいる魔獣の匂いが濃過ぎて遠くまではとても」
魔力の濃いこの森では魔獣が群れを形成して行動するケースも多く、普段群れを作らないような種類も率先して作り出している例が報告されている。
そのため、魔獣がそこかしこをうろついていて、ベルカが遠くまで嗅ぎ分けるのを非常に困難としている。
「手間はかかるが、エリアル、やれるな」
まずは近くにいる連中を始末し、ベルカの軌道を確保する。
エリアルたちが向かった先には、早速巨大魔虫ギガマンティスが鋭い鎌を引っさげ、ゴブリンたちを餌にしているところに出くわす。
「ぴきぴき」
ギガマンティスもまた、人間の肉を大好物としていて、出会った猛者たちを次々と引き裂いて食らうのを一生における命題としているくらいだ。
振り下ろされた土を抉るほどの威力が自慢の巨大な鎌を飛び退いて回避する。
これを振り上げると土が勢いよく、弾のように射出されるため、鎌を避けても油断はならない。
「土が!」
エリアルは土の塊に被弾し、怯んだまま落下する。
ギガマンティスは鎌だけでなく、身の回りのものを周到に用いて戦う自然の知略家だ。
そして魔獣らしく、狙った獲物は確実に仕留める。
「こんな奴に負けてたまるか!」
何とか持ち直したエリアルは巨体に似合わない高速の突撃に対して身をひるがえし、剣を振って反撃に入る。
「か、硬い」
ところが、エリアルの腕力をもってしてもギガマンティスには傷一つ入っておらず、かえってその硬さに腕が痺れる事態になる。
「ギガマンティスの甲殻は下手な鉄の鎧よりも硬いんだ。数少ない弱点はうろ覚えだったが、確か首の付け根だったか」
「弱点があるなら最初から教えてくれたら良いものを」
「あまりにもふわふわしているから、まだリカバリーが効くうちに思い出していたんだよ。あそこじゃなかったら、反撃された時点で避けようがないからな」
なんとか逃げ出し、物陰に隠れようとしても、ギガマンティスの真空波が深緑ごと、お構いなしに隠れた獲物を引き裂いてくる。
「ぴきぴき」
おかげで木は盾にはならず、真空の刃のその斬れ味にはただただ驚愕させられる。
「俺が引き付けるから、エリアルは背後からあいつを仕留めろ!」
テムズのゴーレムでギガマンティスの武器である両方の鎌を押さえる。当然武器を押さえても巨体から生み出される馬力がゴーレムを押し返さんとばかりに粘ってくるため、時間稼ぎにおいては一刻の猶予もない。
「ぴきぴき、ぴきぴき」
エリアルがその隙を逃さず、ギガマンティスの背中に飛び乗り、弱点として教えられた首の付け根に向かって、揺れる足場の上を走り出した。
しかし、黙って倒されるギガマンティスではない。弱点を暴かれていたとして、奴が知能に長けたゴブリンをいとも容易く喰らえるのは、純粋な地力に長けているからだ。
ゴーレムとの力比べを止めて羽根を使い、大空へと舞い上がり、背面飛行を交えてエリアルを振り落とそうとしてくる。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ! ご主人様、こいつあたしを落とそうとしてきます!」
それに加えて、ギガマンティスは腹に抱えていた卵を地上へ向けていくつか投下し、残りは抱えたまま孵化を促す。そこから出て来たのは小型のベビーマンティス。
ギガマンティスの幼体であるが、産まれた時点で足腰がしっかりしていて、とても幼子とは思えない俊敏な動きで、エリアルたちにそれぞれが襲い掛かる。
「くそ! 降り落とせないなら、できないで、こいつらにあたしを喰わせようという魂胆だね。一々癪に障らせてくるよ」
母親の身体に見事に接着し、ぶら下がるエリアルに襲い掛かるデビルマンティスを剣で振り落としながら、少しずつでも前進を続ける。
「虫なんかに遅れをとるエリアル様じゃないんだよ」
「あれだけ暴れられているのによくしがみついていられる。あの暴れよう、いつ落とされてもおかしくないのに」
際限なくまとわりついてくる小物を振り払い、景色が二転三転する荊の道を突き進む。
孤立無援の上空にて、今度こそ頼れるのは、まごうことなき己自身だ。決死のエリアルに全てが懸かっている。
「ぴき、ぴき!」
目に見えて焦りが見えてきているギガマンティスが、姑息にも背面飛行で武器を簡単には扱えないようにしてくる。
しかし、そんな小細工はすでに幾度となく強敵に打ち勝ってきたエリアルには通用しない。
地道にも進み、首の辺りにまで到達していた彼女に、天から女神が微笑む。
魔力に端を発する馬鹿力が宿る片手で体重を支えながら、口に咥えていた短剣を弱点に刺した。
弾かれず、すんなりと入っていく刃に、ギガマンティスは悶え苦しみながら、上空から墜落、エリアルは奴から投げ出された。
「よくやったエリアル」
エリアルを救ったのはテムズのゴーレム。地面に叩き付けられる寸前であったところ、柔らかな粘土にした腕を押し出して、慈母のごとく彼女を包み込んだ。
「ご主人様、ありがとうございます。助かりました」
「まだ仕事は終わっていないんだ。あんな化け物一体でリタイアされても困るぞ」
休憩も程々に、残存するデビルマンティスや、周囲を根城にしているホブゴブリンたちを一つ一つ、丁寧に潰していく。
潰したところで新たな勢力がこの辺りを治めるだけだが、束の間における時間稼ぎには丁度良い。
洗脳されているとはいえ、主人のために努力を惜しまずに働くのは、奴隷を義務付けられた泥道を皮肉にも突き進む、小柄なエリアルよりも更に小さな獣の幼女。
一帯の魔獣を殲滅した後、彼女との合流を果たす。
待っていた彼女に関しても、敵が襲来していた模様で、残された骸を見る限りは一人で殲滅してしまったようだ。
「わん! はっ、はっ、はっ、くぅ〜ん」
あんなに荒れていた彼女の姿が嘘のように、今のベルカはテムズに懐いている。
その締りの無い口から絶えること無く流れ落ちるよだれが地面を絶えず汚していた。
それはローブを濡らすか濡らさないかの瀬戸際であった。
生粋の綺麗好きであるテムズには少々堪えるが、小煩く吠えられ、反抗的でいられるよりは断然愛嬌があると思えた。
光沢を帯びているかのようなふさふさの髪と、頭頂部から少しずれた場所でしょぼくれている耳にも触り放題という点でも、彼は概ね満足そうにしている。
「ご主人様、奴等を見つけました!」
彼に爛々としながら、反抗的だったあの時よりも生気が無くなり、薄汚くなった瞳を向けるベルカ。
「勇者はこの近くにいます! はふっ、はふっ」
「あたしが偵察してくるよ」
ベルカから情報を得たエリアルがすかさず木から木へと飛び移り、闇夜に乗じて姿を隠す。
身体はまだ未熟ながら、人間には及びたも付かない最高の嗅覚を備えた番犬と、身のこなしならば右に出る者はそうそういないであろう盗賊にかかれば、索敵の網はいとも容易く展開できる。
「うぐっ、はぁ、はぁ」
「ご主人様、お気を確かに!」
テムズたちが道中にてエリアルとベルカに煎じてもらった魔力分解の薬で、暴走しかけている魔力を水際で食い止めるが、もうそろそろこの手も限界を迎えていた。
たった一日で全身にアザが回り、テムズの肌色だった身体はほぼ黒く染まっている。
こうなっては魔力を誰かに流すのも無意味だ。
分解しても、流しても、次から次に身を蝕む魔力で器が満たされていく。今日一日保つのかも怪しい具合だ。
「完全に舐めていたな……ぐはっ!」
テムズが吐き出した血が、彼を抱えているベルカに付着する。エリアルはそれに驚愕しており、かけられた当人が血ごときに騒ぎ立てて何事か。そんな様子でそこへ目をやったところ、眼球が丸くなる。
「ご主人様の血、人間のそれじゃ、なくなっています」
彼の血は黒々しく、そして禍々しいものへと変わっていた。
それだけではなく、痣が描くような魔法陣の紋様を液の表面へ精巧に刻んでいる。
テムズは世の理から外れたものを死の間際に見せられた事で、なおの事崩れ去っていこうとする自分の写し身を受け入れられず、いたたまれなくなる。
「神は邪道に触れた俺を人間ですらいさせてはくれないのか」
やがて全身から先程の血を噴き出すようになり、テムズはおろか、側に付くベルカは涙を浮かべて主人の名を叫んでいた。
「テムズ様!」
「心配……するな。復讐を成し遂げるまでは……俺は、死なん!」
倒れそうな身体を、彼は足に込めた意思で踏み留まらせる。
最早その黒一色となった身体は先程吐いた血のようになっていた。
テムズは変わっていく自身の醜悪な様に、生きた心地がしなくなっていた。
身体から漲る生気が一切感じられないからだ。
生きているのか、死んでいるのかはっきりしない彼に、魔術が生きているかのように囁いてくる。
『復讐……世界に……呪いを……』
テムズの考えとは別の何かが彼に働き掛けていた。
その正体はおそらく、この魔術を残したであろう魔術師の怨念。
世界を憎み、あまつさえ後継者を募ろうとする確固たる意志が、テムズを蝕んでいく。
「ご主人様を殺そうとした奴は絶対に消す」
テムズと別れ、探索を森の奥深くまで進めるエリアルはその慧眼で目標を捉える。
気配を殺し、木陰で息を潜めていると、森の騒めきに紛れ、ここではいささか不似合いな人間たちの話し声が聞こえてくる。
「あー、もう疲れたぁ。サイガの奴が疲れ知らずで羨ましい限りよ」
旅路が長かったのか、そこから来ているのであろう疲弊により、エリアルから見える一行の足取りは緩慢であった。
その先頭では、物々しい甲冑と鎧を身に纏う者が後続を先導していた。
エリアルは彼に見覚えがある。決して忘れない、勇者の整った顔だ。
「町まであと少しだ。我慢してくれ。特にカリム、弱音を口に出すなんてだらしないにも程がある。周りの士気にも影響するんだ。そういったものは自重してもらえると助かるんだが」
「えー、定期的に愚痴を吐き出さないと保たないよ」
「人間というものは溜め込んでは生きてはいけません、サイガさん、カリムちゃんにはどうか寛大に」
子供のように愚痴を言いまくって一行の足を止めているのが、長い赤髪を端の部分で二本に束ねながら伸ばしている剣士カリム。
エリアルは彼女から高い魔力と、剣技を熟達している者から特有に香る、剛の匂いを感じ取った。
それらの特徴から、彼女は魔術師と剣士の良い所を取った魔法剣士なのはまず間違いない。
「勇者サイガ、あたしも戦ったな」
デッドフォックスの物資輸送の際、駆り出されたエリアルは、盗賊の交易破壊を依頼された勇者一行に道を阻まれた苦い経験がある。
勇者たちの力は無双を誇り、テムズを含めた五人に対して、その十倍の人数が薙ぎ倒された。
エリアルはどさくさ紛れに逃げ果せたが、半数以上のメンバーが後から来た剣の国であるカルバール王国の兵士に囚われ、今もまだ王都に幽閉されている。
しかし、今更解放されたところで、エリアルがデッドフォックスを潰したことから、帰る場所はもう失われていた。
一生解放されない方が捕まった奴らのためだろうと、酷薄に振る舞う彼女は腹を抱えていた。
「あたしってもうご主人様の奴隷だから捕まった奴がどうなろうともうどうでも良いけど、幸せな自分と対比して、あいつらの悲痛な叫びを想像しちゃうんだよね」
エリアルは過去からテムズとの希薄であった邂逅を思い出す。
彼女は互いに敵として出逢った際、テムズから攻撃を受けていた。
「あっ」
エリアルはテムズの火炎魔法に晒され、左腕を負傷したことを鮮明に呼び起こした。
「ご主人様にあたし、もう所有物の証刻まれていたんだ!」
エリアルの左腕は完全に治ったわけではなく、若干焼け爛れた跡が残っており、それが益々彼女を増長させる。奴隷には恨みも何も無く、あるのは深過ぎる情愛だけ。エリアルにとって、彼に焼かれた傷は主人にもたらされた勲章そのものであった。
「うひ、うひひひひ、ご主人様のもの、あたしはご主人様のもの」
か細い木の枝という、人が立つには狭い足場の上で、頭のおかしくなった小さな悪魔は躍動する。だが、喜びも束の間、調子付いた事が完全に裏目となり、枝から足を滑らせて落下してしまう。
「しまった!」
身のこなしに長けた盗賊は体勢を立て直し、足から地面に着地してみせた。それでも雑音は我慢ができないようで、周囲に彼女の存在を知らしめた。
「構えろ! 敵襲かもしれない」
勇者パーティの四人が彼女の起こした物音を聞き付けたようで、すかさず杖や剣を構え、臨戦態勢へ移行しながらエリアルがいる方へ向かってくる。条件反射で口を塞いでも形勢が傾くわけもなく、エリアルは自らの失態から窮地に陥ってしまう。
「こんなに疲れているのにまた戦闘? でもやるしかないかぁ。怠けたあげく、殺されたら本末転倒だし。デニス、回復魔術をお願いできる?」
「はい、カリムちゃん。私に任せて下さい。ダルクさんとサイガさんも私の前に」
「おうよ!」
青と白の布地が混在するローブを身に纏う、大人しそうな金髪少女のデニス。彼女はテムズと違って攻撃性を一切感じさせない。エリアルに蓄えられた知識では、この傾向を持つ術者は回復や能力アップの魔術によってパーティのバックアップに一役買う回復術師という職業である可能性が高い。
デニスの回復魔術にて、木槌を操る筋骨隆々、武闘派であろう禿頭の男、ダルクと勇者サイガ、そして魔法戦士カリムの傷が万全ではないながら癒えていく。
「デニス一人だけでは荷が重いか。もう一人を切り捨てた事が悔やまれるな」
「あれはしょうがねえ、勇者たるもの、目的を果たすためなら大なり小なり切り捨てる事も必要だ」
「そうよそうそう、ダルクの言う通り。誰一人として歯が立たなかったあんなに強い魔物に出くわして、一人犠牲にしただけで四人も助かったのは奇跡じゃない? それにまあ、仲間ごっこしている訳じゃないんだし」
カリムの言い分は最もではあった。エリアルがテムズから聞かされたものは、半ば彼の自業自得のような部分が垣間見られる。
何があるのか分からないリスクを承知で乗っかったテムズの逆恨みと糾弾しても、彼はおそらく否定しないだろう。
ただ一つ、テムズは許せなかったらしい。エリアルは彼の怒りに共感し、腕を激しく震わせていた。
「こいつら、たかが国から支出する金をケチるためだけにご主人様を餌にしたんだ」
テムズはあろうことか、一応規則において協定を結んでいた仲間に盾にされ、魔物に与える供物のように、強力な魔物の前に置いて行かれ、おとりにされた。
エリアルがこれを知ったとき、どれだけの熱量に頭が焼け焦げたことか。
これすらも醜い人間の合理的な選択として、あながち間違ったものではない。
しかし、テムズに心酔しているエリアルにはたとえそうであっても、主人を傷付けた目の前の戦士たちを捨て置けなかった。
「ユルサナイ、ユルサナイ!」
鬱蒼と茂った草の群れを短剣で滅多斬りにして、そんなエリアルは姿を現す。
彼女もまた、復讐に燃える修羅となり、勇者たちに戦いを挑む。
裏切るくらい、世界のためならと割り切るのは結構だ。
「でも、それなら復讐するのも、自由だよね。神様」
「貴様は確か……」
「映えあるデッドフォックスに所属する盗賊の紅一点です!」
怒りに侵されてなお、冷静沈着なエリアルは出来損ないだった自分の真似をし、勇者たちの隙に取り入ることにした。
「デッドフォックスでも有名なダメ盗賊だな」
「こんなの、すぐにふん縛って国に突き出してやる」
「さて、そう上手く行くかな」
エリアルは勇者であることもいとわない、相手を舐めたような不敵な笑みを浮かべながら、彼らの出方を伺っている。




