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15.奴隷購入

 エリアルに対して厳しい態度を示す商人たち。

 国に追われる悪人とはいえ、彼らもまたプロとして暗黒界にて暗躍しているだけはあり、スラムでも魔水晶が機能しない、魔獣が徘徊するような特に危険なエリアを指定するあたり、豪胆な連中だ。

 彼らは魔獣をものともせず、使い古した棍棒や剣で余裕で薙ぎ払っている。

 徘徊するゴブリンなど、行手を遮る魔獣を倒しながら目的地へ到達すると、彼らは声を荒げる。


「お前のことだよ、依頼の一つすらまともに熟せない小童らしいじゃねえか。そこそこ腕は立つし見た目は将来有望だが、たったそれだけだな。動きがまるでなってねえ。仕事ができないんじゃ未来はねえ」


 エリアルが演技をしている拙い動きについて指摘される。

 かつての弱いエリアルを再現したそれはあまりにも弱々しく、ゴブリン一匹を倒すだけで精一杯だ。


「なんだとー! 初対面になんて口を聞くんだ!」


 内心はエリアルは彼らを見下しているのだが、テムズの命令を忠実に遂行し、以前のキャラクターに扮して道化を演じる。


「ほら、やっぱり小童だ。そういうのが駄目なんだよ」


 奴隷商人たちのうち、その元締めらしい大男にエリアルは額を小突かれる。

 エリアルの小さい身体は彼から受けた衝撃に耐え切れず、道中にまで吹き飛ばされてしまった。

 額を押さえて悶える彼女を気にして、テムズが彼女に近付き、コンタクトを取る。

 するとエリアルはテムズに微笑み掛け、そっと耳打ちをしてきた。


「大丈夫か……」

「はい、ご主人様……全て演技ですのでご安心を。かつての無能なあたしを演じて相手を良い気にさせます。この商談、どんなにお金を踏んだくられても、奴隷の購入に漕ぎ着ければそれで成功ですので」


 テムズとエリアルが情報の共有を図っていたところへ、聞き耳を立てようとする無粋な輩共が水を差してくる。


「何をこそこそとやっている。さっさと商談をしてしまいたいのだが」

「いたた、村の警備隊もすでに懐柔しているし、そもそも魔獣が徘徊している危険地帯にそんなに慌てなくても良いじゃんか!」

「お前んとこのぬるま湯はそうかもしれんが、俺らの縄張りはバレたら即拘束モンだ。ヘマやった奴らの面も拝んでんだ。これで俺たちがちっとは臆病になるのも分かるだろう?」

「まあそう言うだろうと思って、臆病者のお前らのためにちゃんとした取引場所も準備しておいたよ」


 エリアルの案内に従い、彼らは件の取引場所へと足を運ぶ。

 嫌がる奴隷を横目に、テムズがエリアルの隣を歩いていると、商人たちからの冷たい視線が降り掛かっていることに気づかされる。


「そういやこいつは?」

「あたしんとこの新人だよ。あたしが監督役兼教育係にボスから任命されてさ。目を離さないためにも今回の仕事に同席させたわけ」

「お前のような無能が監督役とは、それは傑作だな。デッドフォックスはどれだけ人材不足なんだ」


 結構破茶滅茶な設定作りは彼らに鼻で笑われるほどに、その出来の悪さがすでに露呈していた。

 感情が死んでいるエリアルは最早、かつての仲間たちを貶されようと一切怒りを見せることは無くなっていた。

 それどころか彼らの笑い声を聞き流すように、テムズのローブに染み付いた彼の匂いを隠れて吸うことに終始している。


「着いたよ」


 町の景観は段々と酷いものになっていき、目を通す度に建物が建物らしい形を留めていない酷く惨たらしいものへと変わっていっているのが丸分かりであった。

 エリアルが指定した取引場所はその中でもマシな風貌をしているだけで、屋根や壁が破れて内部も散らかっており、粗悪な印象は拭えない。

 商談はエリアルが無能と思われているのも

あり、終始商人たちのペースで進められる。

 道化となり翻弄される側のエリアルは彼らのやり方を誹ることが無く、その全てを肯定する始末。

 あの男たちを調子づかせるのはテムズにとって気が引けてくる。

 ついているのは冒険者と魔術師としての知恵のみで、商売においては素人の彼がおいそれと口出しをするのは得策ではないと口を噤む。

 ここは彼女のやり方を尊重するべきだ。そんな考えを背景に、彼は奴隷の采配におけるそのお手並を拝見することにした。


「ガルルル……お前らがあたしを買うのか。こんな奴らになんか……」


 売られる側である獣人娘は両手と首に魔術が封じられた鎖を嵌められている。

 にもかかわらず反骨心は旺盛であり、足は解放されている。

 もしも身体が反撃に動こうとしようものなら、魔術が起動し、苦しみに喘いでしまうだろう。

 それでもなお、抵抗する気概を見せているのは身の程知らずというか、勇猛果敢というか、とにかくその判断に困った。


「うるせぇな、こいつを黙らせろ」


 彼女の威嚇に苛立つ商人たちのリーダーが、彼女を捕らえている仲間に命令を下した。


「ガァァァァ……ぐぅぅぅぅぅ!」


 終始反抗的な、オオカミ族である獣人の娘は急にうずくまり、苦しみ出した。

 そんな彼女を取り巻くのは攻撃性の魔力である。

 テムズの見解では、これが生かさず殺さずの狭間で彼女を苦しめ、心を折りにいっている。


「ふん、身の程を弁えろ。汚らしい獣人が」


 この世界において、獣人は身体能力が人間より優れているというだけで、知能の欠片も無く人間を襲う魔物と同列に忌み嫌われ、淘汰される存在である。

 彼女は獣人に産まれたという、ただそれだけの理由で貶され、蔑まれる宿命を背負う事は避けられないのだ。


「四人で盛り上がっているところで悪いけど、そろそろ取引をしようか。俺たちだって暇じゃない」

「随分と威勢が良いな。商売柄、俺たちの方もこいつにばかり構っている暇は無いのでな、手早く済ませてしまおう」


 エリアルはこの前の殴り込みで奪い取った、

 クラシドが溜め込んでいた財を対価に出す。金貨20枚分の価値ならば、一般的な奴隷五人分くらいは買える。

 手持ちの50枚ならそれを果たすには十分だ。


「あたしはそいつを買えればそれで良いから」

「クラシドさん、今回は偉く奮発してくれるな。とてもこいつ一人にそんなに力を入れる価値があるとは思えないが」

「これだけの金がもらえるんだから意味を考えるだけ無駄だと思うけど」

「確かにお前の言う通りだ。それじゃあとっとと済ませるとするかな」

「へい」


 エリアルから対価を受け取り、奴隷商人が捕らえていた奴隷を引き渡す。予算は超えていたが、奴隷を買えたその一点から、目論見は成功といったところである。


「く、ぅぅぅぅぅぅぅぅ!」

「さあ、可愛いベルカ・ヴラムちゃん……ご主人様と仲良くなろうね……」

「ひっ!」


 当初の目的を果たした一行は、拠点にしているアーキアの宿へと戻る。

 中ではアーキアが死んでいながら、それでいて優しい眼差しで出迎えてくれた。


「お帰りなさい、お二人共」

「ガルルルルル……お前ら、あたしをどうするつもりだ! 聞かされていた場所とは違うぞ!」

「ご主人様、早く仕上げてしまいましょう」


 クラシドはベルカを身体能力を活かした用心棒に仕上げるつもりだったようだ。

 テムズたちも大方それと同じであった。


「あたしに触るな! 悪人なんかに従うものか!」

「二人とも、こいつを黙らせろ」

「かしこまりました」

「大人しくしてください。神よりの啓示ですよ」


 テムズはエリアルとアーキアに頼んで激しいベルカの抵抗を跳ね除けてもらい、そのままベルカと目を合わせ、魔術を行使、洗脳に入る。


「ひっ……ギィィィィィィィィィィ!」


 テムズからベルカに流れ込む特大の魔力が彼女の脳を次第に破壊し、声にならない叫びを宿の中に轟かせていく。

 まともな思考もできないまま、抵抗虚しく頭から雪崩れ込む魔術の侵食を受けてしまっている彼に残された道。

 適合できずに死ぬ、あるいはエリアルたちのように完全な適合を成立させる。そこへはベルカが主導する意識は必要ない。


「やめ、やめろぉぉぉ! あたしが、あたしが、壊れるから! ぐわぁぁぁぁぁぁぁ!」


 必要なのは、ただ人形としてテムズの手足となれる素質、その一つのみだ。


 枷を付けた獣人の少女、ベルカの悲鳴が止む。彼女はテムズの方を八重歯を見せびらかしながら、無表情でじっと見つめていた。

 テムズは早過ぎる死を待つ代わりに奴隷魔術をその身に内包しており、魔力をもって相手の脳を破壊し、書き換えれば奴隷にしてしまえる凶悪な能力を会得していた。


「あ、あぅぅぅ」


 現在放心状態にある両眼には魔術の刻印たる魔法陣が刻まれており、これが術の成立を明確に告げている。

 ただでさえ身体能力に優れた獣人に、エリアルがあれほどまでに強くなった洗脳を施したのだ。これがいかなるものかは想像に難くない。


「テムズ様……このベルカ、貴方からの魔力を確と受け取りました」


 直立し、頭を下げるベルカの先ほどまでにおける態度の変わりように、あまり唐突な出来事に慣れないテムズは若干たじろいでいた。

 それまでの様子見から、安全を確認したエリアルはベルカの自由を奪う手枷をまず外し、それから彼女を縛り付ける首輪を外そうとベルカのうなじ辺りに手を掛ける。


「ガウ!」

「あぶない! 暴力的な奴だな」


 振り向き様に起こった、爪による高速の斬撃がエリアルを襲った。

 彼女は盗賊業で磨かれた危機察知能力で報復を回避し、即座にベルカの間合いであろう近距離から外れる。


「この鎖はあたしの宝物。それにあたしがご主人様のものって証明するのに必要。外したら、幾ら同志でも容赦しない」


 エリアルといい、魔術で支配された奴隷たちの思考はまともな生物たちの常識では測れない。

 完全に主人への思考の丸投げによって彼女たちの生き様は成立しており、術者のテムズにも、この根幹を覆すのは不可能だ。


「……避けたと思ったのに、やるね」


 エリアルの左頰には小さな傷ができており、そこから赤き血が流れていた。


「あたしはご主人様にのみ縛られる。お前ごときに生殺与奪は握らせない」

「やれやれ、別にそこまでして縛るつもりは一切無いんだけどね。それよりもどうやったらそんな思考に至るのか、理解に苦しむよ」


 彼女に限らず、奴隷は魔力による桁外れの再生能力に恵まれているため、こういった傷自体は素早く完治する性質がある。そういった機能があったとしても、傷をつけられたことを根に持っており、そこには不満が募っている様子だ。


「貴様にはあたしの崇高な思想は理解できまい」


 切り傷は小さくとも鋭い痛みがしつこい。怪我をした当人であるエリアルは意に介していないが、病気を起こしたりしたら大変だと気遣い、ぐらついた身体にてなんとか腰を上げたテムズ。


「ご主人様……」


 テムズは延命を成し遂げたとはいえ、魔術の侵食とそれに伴う苦痛を耐えた事で、かなり疲れていた。保って数日が生命活動における限界だろうと、そんな彼は勝手ながら線引きをした。


「傷口を放っておくのは病気の可能性からあまり良くはない。治しておこう」


 すぐに治るとはいえ、放置しておくと病にかかるかもしれない。

 避けられるであろう危険は、予め避けておくのが無難だ。


「こんなあたしを、その身を削ってまで。うぅ、は、はい!」

「なんせ魔力が有り余っているからな。お前の擦り傷を治すくらい、無駄でも何でもない」


 魔術により強化されたテムズの魔法がエリアルの傷をあっという間に修復してしまった。

 その小さな魔力の消費でも、テムズの虚弱となった身体には大層堪える。

 彼は膝を着き、肩で息をしていた。もう立つのも辛く、迫り来る死を感じ取れてしまう程、身の破滅へ過敏になっていた。


「もう俺は限界だな。死に行く身体にこれ以上の長居は無用だ。場所の目星は付けてある、そこへ向かうぞ」


 テムズは殺されかけた位置から、次の依頼で彼らが向かったであろう町に当たりをつける。

 依頼を蹴ることがなく、律儀に遂行していく彼らの行動を読むのは、元パーティメンバーだったテムズにはそう難しい話でもない。

 切羽詰まった彼は一人を殺してでも生き残るという、勇者とは掛け離れた非道な行いに手を染めた奴等に憤慨するばかりで、それだけを糧に薄弱な命を繋ぎ止めている。


「ここはベルカに任せるか」


 生き残ったエリアルたちの拠点を残しておくためにアーキアを置いていき、エリアル、そして仲間になったばかりのベルカを連れて、テムズはついに宿を出立する。


「取り敢えずベルカ、短い付き合いだが頼むぞ」

「はい、あたしのこの身に代えても、貴方の悲願を叶えさせてあげましょう」


 一人で歩くこともままならない身体をエリアルに抱えてもらいながら、最期の決意を胸に先を急ぐ。鬱蒼と茂る森にそこから沸いてくる魔獣。どこから来るかも分からない奇襲を切り抜けながら探すのは、とにかく骨が折れる。


「がうぁぁ!」


 ≪ディザスター≫以上に入り組み、木の根が張り、地面も所々で隆起している。足場が不安定な場所では、奇襲に対する構えが必要不可欠だ。


「そこです!」

「エリアル、片づけろ」

「はい」


 ベルカの効く鼻が隠れている敵を捉え、奇襲への反撃を導く。

 すかさずエリアルが敵の気配がする位置に飛び込み、幹ごと裏にいるホブゴブリンを貫いた。


「さすがはこの辺りを根城にする魔獣ね。気配の一かけらも感じさせずに森に溶け込んでいたわ」


 隠れていたホブゴブリンが倒れたのを一瞥しながら、先が見えない道なき道を、揃って進む。

 組織的に獲物を付け狙うホブゴブリンだけでなく、数で攻めてくる。

 人間の脳を好んで餌にする奇怪虫と呼ばれる魔獣も断続的に出現し、どいつもこいつも道に立ち塞がり、先行きを不安にさせてくれる。


「そこにもいます」

「エリアル」


 テムズは一言だけでエリアルに言い聞かせ、自らも発つ。


「任されました」

「俺も手を貸すぞ。良い加減使うだけではくたびれてくる」


 ベルカが探知と護衛をし、素早いエリアルが排除。テムズもゴーレムを召喚し、エリアルの援護を行った。

 ゴーレムの腕に彼女を乗せ、一気に跳ね上げる。

 一気に空中に踊り出た彼女が群れを組む奇怪虫を蹴散らし、これまた地面一つ傷つけない整った着地を見せてくれた。


「ご主人様を間接的に苦しませた分、頑張らなきゃ」


 ベルカは先程の事を失態と認識しているようで、名誉挽回にと気が走っていた。

 その首には所有物の証が、主人に彼女が課されている役割をしつこく主張している。


「あぅぅ! やっぱり攻撃きた! ご主人様との上下関係しっかりしてるよ!」


 首輪が光り、ベルカは何度か苦しんでいた。

 わざと罠の発動条件を揃えているという奇特な性質を臆面も無く披露しており、故郷から無理やり連れ去られた奴隷への屈服を促す躾を自ら進んで楽しんでいる。

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