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11.対峙

 エリアルが細かく動き回り、クラシドを撹乱するが、彼は彼女の動きをなんと目で追っている。その精度は部下であるカムラをゆうに上回っていた。


「カムラをやった実力は偽りではなさそうだな」


 正確に動きの先を捕捉しながら、人の持つものとは思えない巨大な剣を振り下ろす。

 このクラシド、テムズたちと同じ人間であるのか疑わしい異様な巨体を振りかざし、絶望を植えつけ、最後には薙ぎ倒してきたのだろう。

 無論、実力も備わっているのも見逃してはならない。


「俺を、デッドフォックスを敵に回したことを後悔させてやろう」


 そんな外見に似つかわしくなく、剣捌きは華麗で繊細であり、そこに無駄があるなら教えて欲しいくらいの完成度を、冒険者の目をもってして言わしめている。


 エリアルはそんな危険を孕んだ攻撃を紙一重で避けている。クラシドも彼女の移動先を読み、的確に武器を振り下ろしている。彼女が何故避けていられるのかが不思議となる、攻撃速度と精度だ。

 エリアルもクラシドも並の冒険者では介入も許さない実力を持っていた。


「まともに受けていたらあたしでも危なかったよ」


 エリアルは紙一重で彼の攻撃を避けている状態であり、固唾を飲んで見守るテムズを生かす心臓はいくつあっても足りない。

 一発でもまともにあの剣で斬られたら、殴られても顔色一つ変えない彼女はそこにはいなくなるのではなかろうか。戦わなければ良かったと、後悔に対して悲痛に顔を歪ませる彼女の遺骸が転がる様が容易に想像できる展開が続いていた。


「やりますね、クラシドさん! あたしがこれだけ強くなっても避けるのがちょっぴり大変です!」


 クラシドは彼を嘲笑うようにアジトを支える柱に隠れるエリアルを執拗に付け狙い、柱を斬り倒してでも巨体に任せて猪突猛進だ。

 徹底的に命を狙われてなお、笑みを捨てないでいる少女。これは道を塞ぐ敵を殺すまで終わらない、二人の誇りを賭けた戦いである。負けたら死、勝てば誇りを守り、先への道が開かれる。


「ふう、これまでより疲れが溜まっていますね。あたしもまだまだです」


 エリアルはここで初めて謙遜を学んだようだ。これまでの疲れが身体を過り、嘆いていると告げている。

 にもかかわらず、彼女の剣の動きは相変わらずもはや蛇が獲物を捕らえるために高速で這い回るように映り、その動きをテムズが捉えることは困難を極めている。


「あは、あたしの中では現在ボスが今までで最強です。負けても誇りに思いながら死んでいってくださいね」


 寸前のところで牽制を重ねる高速の激突において、錯綜する戦況の渦中で部屋中をうごめいている。

 壁や床には知らぬ間に剣による傷や、めり込んだ互いの身体の跡が残っていた。


「さすがに連戦は体力的にはキツかったかな」


 本当に疲れているのか疑わしいものだが、実際問題、休憩をほとんど抜きにしてアジトでの戦いを続けているのが現実となっている。

 疲れが溜まっていなければあの発言は嫌味以外の何物でもない上、人間の姿を借りた化け物ということになる。

 前々からこのような傾向は強いながら、さらに磨きが掛かった動きは、視界に流れる映像をぶった斬ったようにも思わせていて、捉えられていると自負できるのかはますます微妙なものとなってきていた。


「馬鹿も休み休み言って欲しいものだ。貴様、本当にあの“できずの”エリアルなのか。俺がこれまで戦ってきた誰よりも、俺を楽しませてくれる」


 とにかく驚くばかりのクラシドには、時間の経過と共に擦り傷が増えていっている。

 彼にとってはこれは試練。デッドフォックスをここまでの地位に引き上げた手腕を持つだけあり、発言の一つ一つには含蓄がある。


「だがこれまで死にかけてきた過去と比べたら俄然生温いわ」


 対照的に彼より小さい分、大きく動いているエリアルには傷も、ましてや息の乱れも無い。大男と比べて体力が勝っているのは異端である。

 常識の逸脱を外見からすでに体現しているクラシドと比べると、特異性を内包している分、彼女の異常性が際立つ。


「ちょっと荒々しく行きますよ」


 エリアルたち盗賊たちの持つ剣は特別製にあしらえてあり、そう簡単に砕けないため、硬さを活かして岩盤を砕き、彼の視界を塞ぐエリアル。

 雑ながら姿を隠すのは、ふとしていたら刹那に終わる達人同士の戦いにおける常套手段。隙を探り、背中を斬り裂いて決めてしまえば過程がどうあろうが命があったもの勝ちとなる。

 これには単なる目眩しの意味だけでなく、攻撃も兼ねていた。


「≪闇を飲む土塊(ダークネス・ゴーレム)≫」


 テムズを取り囲む岩塊たちを、彼は得意の防御魔術で退ける。

 闇の魔力で練り上げた土人形は周囲の弱き魔力を媒体に周りを腐らせ、力を得て動いていた。

 雑多に生命の残り物を啜り、生きていた草木は枯れ果て、代わりに力を増大していくゴーレムによって、アジトの崩壊は加速していた。

 どうせ壊れても邪魔がいなくなったらエリアルを使っていくらでも掘り進められるだろう。


「あいつさえ始末しちまえば何とでもなると思えちまうのがすでに力の証明だよな」


 あれだけの戦いを目にして、力だけでも信用しないというのがおかしなものであり、その点に関して、彼は間違いなく彼女に迎合していた。

 迷惑そうに眉をひそめるテムズに、彼女は申し訳無さそうに頭を下げてから、戦いの衝撃で瓦礫の影に姿を眩ませる。

 よくもまあ、戦いの最中で挨拶をする余裕があるものであった。

 多くの者が現状の立場に不満を持ち、抗うために追い求めるのが、純粋な力の獲得。

 願っただけで、どれだけの者が会得できるのだろうか。

 大概は命をも捨て去らねばならない過酷な試練の前につまずき、死ぬか怯えて諦めるかのどちらかだ。

 エリアルは天に幅を利かせる最高峰の聖杯を、望まない身を蝕む呪いを受け、それからいともたやすく勝者へのし上がった。


「ったく、ああいう技は俺に一言言ってからやってくれればいいものを」


 不満を小言において呟き、ひび割れて不安定になった地に足を着け、呑気に立ち尽くすテムズ。

 その上空からは一旦消えていたエリアルが空中戦に打って出ようとしていた。


「ご主人様の魔術、美しかったぁぁぁ! あたしもあの方みたく、華麗な技を使えるようになりたいです!」


 彼女は剣の代わりに短剣に得物を変え、手数での勝負を挑む戦法へ切り替えていく。

 瓦礫の合間を縫い、巨体には見づらい足元へ張り付き、難儀を始めるクラシドを攻め立てる。

 彼女においては、攻略法さえ掴んでしまえば、いかなる強者であっても肩透かしを起こす雑魚に早変わりだ。

 もちろん弱点を見抜いたところで、彼は最初、彼女を懐に飛び込ませないように足元へ近づかせなかった。


「くっ!」


 彼女の攻め方がまた別物となり、繊細なかち合いから一転して、エリアルの苛烈で一方的な攻めが展開される。

 その速さは剣とは段違いで、クラシドがエリアルに対して効果的に剣を動かす隙すら与えない。

 いつの間にか、エリアルが戦いの流れを丸ごと握っていた。

 戦において肉汁が滴る美味しいところを残さず奪い取り、味わい尽くす彼女が身にまとう高揚感はますます跳ね上がり、収まりがつかなくなっていく。


「ボスぅ、弱くなりましたか?」

「なんだと!」


 巨体を逆手に足元に密着し、あのカムラをもたまげさせた得意の猛攻。

 これを繰り出されてしまえば、エリアルの攻撃を凌ぐことしかできなくなり、いつやられるかに身の毛を逆立たせるだけの消化試合と化す。


「ぐわぁぁぁ!」


 押し切られそうになり、堪らずこれまで立てていた膝を曲げる巨人クラシドの首を狙い、エリアルの身軽な身体が人間離れした跳躍を


「いひひ! 強そうなのは見た目だけですかぁぁ!」


 エリアルの猛撃は止まらず、クラシドもまたカムラと同様の、彼女の猛然たる力量に慄くのが、激しい瓦礫の中で薄いながらも視界に入ってくる。

 クラシドとエリアルの戦いは最終局面へ移行していた。


「≪食い破る土の隆起(グランドイーター)≫」


 硬く整えられた岩盤を砕く必殺の一撃がエリアルを強襲する。

 華奢な女の子が支えられるはずもなく、そのまま潰されてしまいそうな一振りが部屋の中心に巨大なクレーターを作り出していた。

 あろうことか、エリアルは潰されて終わらず、それを両手に持った剣で支えているのだ。


「ぐっ、どこからそれほどの力が」


 クラシドの苦悶に喘ぐ表情に対して、できればこちらが聞きたいくらいだ。

 テムズも全容を把握しているとは言いがたいゆえに、彼に同情できる余地があった。

 これまでは鼻で笑えた存在に圧され、あまつさえ蹂躙の憂き目に遭う。

 大概の人間には屈辱と言わずして何と表現すれば良いかすら分からない。


「ま、まいった、俺の負けだ」


 反撃となる彼女の熾烈な猛撃に音を上げ、ついに転倒してしまったクラシドは一度たりとも立つことすらままならなくなっている。

 溜まった疲労でガタガタと震える巨大な足が、洞窟であるアジト内を地震でも起こっているように揺らしていた。

 実際に彼抜きに、激しい戦いによる崩落の前兆も見られており、柱に支えを頼んでいたここから程近いエリアは軒並み崩れることが予想される。

 彼の前には無傷を貫くエリアルが食い下がってきた勇猛果敢なそれを馬鹿にしたようなあざとい笑みを手向けようとしていた。


「まいった……ですか? まだまだ終わらないですよ」


 エリアルは彼の降参に納得が行っていないようであり、下唇を噛み、顔をしかめながら、手に持った短剣をクラシドの鼻に突き立てる。

 まだまだ遊び足りない趣味の悪さが、彼への死体蹴りを始め、これがテムズに一手間を煩わせる。


「ぐあぁぁぁぁぁ! うぐぉぉぉ!」


 血の噴水で頭を彩っている巨体が激痛でのたうち回り、アジトの内部には激しい土煙が舞い上がり、地鳴りが轟く。

 エリアルに瞳はそれを映しながら、中を取り巻く感情において大きく黒ずみ、張り付いた笑みはより顔面の肌を引き裂きそうなものへ変遷していた。


「土塊の魔神ゴーレムよ、我を守れ」

『ごきっ、きききっ』


 アンニュイな物腰で気を落ち着かせ、溜め息を吐く。

 戦いの後に熱気を吐ききって生まれた虚無感を飽和させる。

 それからはほとんど何も考えずにゴーレム召喚の魔術を行使し、天井が崩落し移り変わる環境から身を守っていた。

 テムズにとって、一方的にエリアルがクラシドを嬲るのは想定に収まるのだが、気に食わないことが一つあった。


「手加減も良い加減にしておけ」


 彼女には嗜虐性の高さから、ほとんど終わった戦いを引き延ばす悪癖があるようで、魔物との戦いでも強くなった終盤は特に顕著であった。

 相手を苦しめ、四肢を奪い去り、命乞いをしてなお苛め抜く。最後には何の感慨も失い、命を断つのが一連の流れだ。


「崩落の危険性が高い。直にここは崩れる。財宝を掻っ払ってずらかるぞ」


 何があるか分からない不確定要素がある戦いの渦中にて、遊びは危険だと先人からは教えられてきたが、テムズは幼くしてろくに聞かなかった。

 魔術師たるもの、魔術や魔法を試してこその真骨頂の発揮たるや。

 しかし今回ばかりは悠長にはしていられないので、先人にあやかるとする。

 我ながらに身勝手な判断であると、テムズは自らを嘲笑う。

 調子に乗って死んでしまえば、探求の夢は叶わなくなる。

 事態を珍しく重く見た彼から血塗れの彼女に叱責が飛び、彼の声が届いてか、エリアルからは無駄な動きが消えた。


「かしこまりました」

 

 命令に従い、抑揚の無い声で一言呟いたエリアルが堰を切ったように勢いよく剣を取り出し、動けないクラシドの首に刃をかける。

 エリアルからの断頭台の贈与に、彼の顔はすっかりと青ざめており、声も震え、聞きにくいことこの上ない。

 こいつが死んで喜ぶ連中はいても、悲しむ連中はもういない。仲間以外には冷酷な彼がしてきた略奪や誘拐行為を憎む連中はごまんといるからだ。かといって、彼をこのままギルド連盟に裁かせるのも目覚めが悪い。


「俺たちが始末して、陰ながらでも歴史に爪痕を残すか」


 この辺りの管轄なら、確実にサイガが一枚も二枚も噛んでくる。

 奴を関わらせる前に細やかな報復として、まずこの盗賊の長を密かに始末するのが、ささやかながら、報復の一歩として適当であると今し方至ったのだ。


「止めろ……やめてくれ」


 クラシドの命欲しさの嘆願もエリアルには及ばない。

 代わりとして、彼への餞別には別のものを用意していた。


「デッドフォックスはあたしとご主人様が引き継ぐので、安心して眠って下さい」


 クラシドの情けない命乞いも半ばに、彼女は彼の喉を引き裂いていた。窒息死よりも早いのは、大量出血によるショック死。

 死は一瞬であり、エリアルに屈してからは手の一つも動かせないまま、息絶えていった。


「では新しいボスであるご主人様の入団を歓迎しましょう!」


 クラシドの部屋の隠し通路をエリアルは知っていた。この奴隷化魔術の副産物として、至近距離に対応した軽い透視能力の付与と、視力が格段に上がるメリットがあったらしい。

 エリアルは何の変哲もない壁から、彼女が知らなかったらしい隠し通路をいとも簡単に見つけ、通路を開通してしまう。

 おそらくボスと周りしか知らない秘密の通路なのだろうが、これではクラシドが大事に財宝を隠そうとしていた努力も報われないだろう。

 彼の死体を尻目に、鼻で彼を笑うテムズが次に目にしたのは、満面の笑顔を浮かべるエリアルの背後に積み上げられた財宝の山。

 金銀財宝、何でもござれ。おそらく各地で盗んできた財宝の価値は金貨1000枚分は下らないものだ。

 家の一つや二つ、使用人に至っては数十人と雇える財力がそこより手に入ったのだ。復讐を忘れて隠居するにも事足りる。


「ご主人様、さっさとこれを持って旅を再開しましょう」


 はやる気持ちを抑え、エリアルの袋に持てるだけの財宝を積む。

 金貨約50枚分。沢山持って行きたいのは山々だが、二人で持つには再び回収した書物も含めてあれだけの金貨は少々重過ぎた。

 宝に目が眩んでいる隙に瓦礫の雨に閉ざされた宝物庫から少しだけの宝と書物を抜き取り、脱出へ移行することとなる。


「≪食い破る土の隆起(グランドイーター)≫」


 そこでエリアルが剣を抜き、地面から岩盤を隆起させ、瓦礫を圧すことで塵に変える。

 持つべきものは奴隷であると感嘆しながら彼女に脱出経路を確保してもらい、一気に危険地帯から脱出を図る。


「ほら、今日も頑張ったからなでなでしてやる」


 テムズがエリアルの頭に巻かれたバンダナを剥ぎ、そこを撫でる。すると頰だけでなく目も赤くなり、口からはよだれが垂れ始める。

 崩落の予兆は徐々に振動となって、彼らに警鐘を鳴らす。

 幸い、元奴隷たちが収容されている部屋には影響がないようなので、デッドフォックスが壊滅した知らせを受け、場所を記す痕跡でも残しておけば阿呆でも飛沫を上げながら食いつくだろう。


「ご主人様のなでなで、だいしゅきぃ。もっともっと、してくれると嬉しいです」


 八重歯から下の歯に細い透明な糸が滴り、後から突き出してきた舌がそれを受け止めている。

 二度目のなでなでで限界まで魔力を受け渡すと、彼女の持っている魔力は腫れ上がっていく。


「はぁ……はぁ……力がまた溢れてきました! うぎぃぃぃぃ!」


 また悶え始めたものの、それは力の高まりだと分かった頃には、テムズは力も入らなかった。

 それだけ食い意地が張っているモンスターがここにいるということで、力を寄与する餌として働けているだけでも充足感はある。

 人間としてある種、抱いてはいけないような類ではなかろうか。

 餌のような雑な扱いだろうと、エリアルが望みに見合った働きをしてくれるのなら何の文句も出ない。


「はい、また強くなれましたよ」


 エリアルの器には許容量があるようで日に日に成長してはいながら、魔力の受け渡しが一度にできる量が決まっていた。

 常時体内で点火が燃費が悪く、魔力を定期的にあげなければならない仕様で、増え続ける許容量に関しては言えばさほど問題にはならなかった。

 今まで散々洗礼を受けた森に戻ると、まるでしばらく外に出ていなかったかのような新鮮な気分になれた。


「行くか」

「はい、ご主人様」


 出口から煙が立ち込めるデッドフォックスのアジトを後にエリアルが教えてくれた、彼らが管理していたとされる村へ赴く。

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