10.エリアルの反逆
エリアルが短剣を操り、報復のために向かってくる盗賊たちを薙ぎ倒していく。
特技から素早いステップで彼らを撹乱し、惑わせた一瞬の隙にその身体を斬り裂く。
短剣を払う彼女の通る道は悍ましい血の刻印に彩られていた。テムズは道を切り開く彼女の後ろに張り付き、安寧を謳歌している。
「これだけ大きな組織だ。人数の多さは小国並みだな」
アリが綿密に掘っていったのと変わらない、広大で入り組んだアジトは巨大な盗賊たちの巣窟。防衛のためなら致し方なしな面も多い。その分、生活圏の複雑化による生活の不便化が懸念される構成を匂わせる。
「拉致が明かないな。どれだけやっても猛然と押し返さんとしてくる」
「こいつらの仲間意識の強さがそうさせているのです。ですが、これはただの犬死に、蛮勇でしかありません」
何を言いたいのかというと、病み上がりにはキツいの一言である。その上アジトの地理にも疎く、エリアルに教えてもらわなければ満足に歩めないのが何よりのストレス。
「息が上がってきたな」
「確かここまで来れば、あと一歩だったはず」
エリアルは彼へ危険が及ばないことに笑みを零す余裕と共に、地面を蹴る速さを次第に上げていく。
「斬れ、斬れ!」
テムズの疲れを見透かしていたかと言わんばかりに雪崩れ込む軍勢。そこへやはり、壁となるエリアルが立ちはだかる。
「あたしとご主人様の敵はみんな、潰す」
あれだけ死体の山を築いても物分かりに乏しい敵の軍勢を倒すため、武器を構え、猛る。短剣を両手に空中から錐揉み回転し、敵陣へ勇ましく突撃、真正面から堂々と陣形を攻め立てる。
「がぁぁぁぁあ!」
エリアルは群の中枢で惨殺を繰り返す。襲ってきた兵を容赦なく返り討ちにし、束になってきても、それぞれの首を捻り、一掃。足下には力尽きたかつての同胞が転がっている。
エリアルが夢見たその跡は、現在は感慨を起こさせることもなく塵となって消え去るのが、最後に与えられた希薄な役割である。
「エリアルのやつ、いつの間にこんなに強く」
「前は俺たちの足下にも及ばない雑魚だったはずなのに」
「このまま仕留めさせてもらうよ」
「ひぃぃ!」
忍び込んでさり気なく金品を掠め取る予定だったテムズはとんだ大番狂わせに遭うこととなろうとは思いもしなかった。
昼飯を邪魔されただけで逆上して仲間を斬ったエリアル。
ここまで領域に踏み込んだら、アジトを潰すまで徹底しないと収まりは付かないだろう。
「まだまだ奴隷のコントロールには課題が多いな」
苦悶の末、考えを口に漏らすテムズを外に放り出すように、一人勝手に暴れ回るエリアル。
この展開においては悩みに反して都合が良く、一層のこと敵を討ち滅ぼすことに専念して欲しいくらいであった。
「ご主人様の邪魔をする奴は元仲間だろうと敵なんだ。敵は、壊さなきゃだめ。全部、壊す。ご主人様以外は、全部敵!」
ほとんどこの場にいた全員を狩り、残すところはあと一人。後退りし、抵抗する意思も薄弱な残党へ、エリアルは酷薄にも剣を振り上げた。
「ふははっ」
「やめろエリア……ぎゃぁぁ!」
やるから徹底的にするのが世の中における理だ。
変に機会を与えるような甘さはいつか罪を背負うと、冒険者人生で分かっているからこそ、覚悟はすでに決まっていた。
たとえ復讐に関与していなくとも、道を塞ぐ障害となるのなら、等しく殲滅すべき敵に該当し、殺さねば自分が死ぬことになるだろう。
「もうこうなったらやけだ。全員やっちまえ」
エリアルの後先考えない暴虐の限りに自暴自棄になったテムズは、エリアルに生き残りを殺すように命令する。
「ご主人様の道に、お前は要らない」
これを快諾しない理由はあちらにはあろうはずもない。
むしろ引き受け、実行して、血の滴る愉悦に浸ってこそなんぼであろう。
「うわぁぁぁぁ!」
彼女の凶刃を初めて止める者が現れた。道案内を務めていたカムラだ。
彼女の短時間で爆発的に強くなった剣技を両手の力を合わせてだが、しっかり捌いていた。
「何をやっている、エリアル」
肉迫の最中、彼が静かな怒りを宿した瞳を押し出し、語り掛けてくる。
一通りの惨状を眺め、エリアルがしでかしたことと照合し、敵対する存在を鮮明にしている。
「何ってご主人様の敵を排除しようとしているんだよ」
エリアルは隠す気などないと主張せんと、剣を力強く振り抜き、カムラを吹き飛ばした。
「ふふ、こちらから出向く手間が省けたね」
実力者であるカムラを目の前にしながら、剣を担ぎ上げ、まるで彼も逃さず潰すと公言するかのような強い煽り文句を叩く。
彼を倒したくて仕方が無さそうに、彼女は一旦仕切り直しを図り、周囲を周るように様子をうかがい始めた。
「カムラはあたしをいつまでも弱い奴だと侮らない方が良いよ」
再び剣を交えると、カムラが剣および、自身に熱の魔力を込め、形勢を一転させ、隙を二度と与えないまま押し込もうとしてくる。
この技能と呼ばれる能力は魔法とは違い、魔力を用いて肉体を活性化させ、普段より秘められた力や技を解き放つ技術となる。
カムラの技能“紅蓮の鎧”は触れたもの全てを溶かす、高熱を本体と扱う武器に与え、接近戦において圧倒的に優位に立つ。
「羨ましかったんだ。それ」
エリアルは魔法の才能には優れず、かといって技能もまったくと言っていいほどに扱えなかった。
唯一扱えるらしい炎魔法でさえ下手で、高等な魔法には手を出すことさえ敵わない。
彼の技能は生唾を飲むほどには羨望し、なおかつ体得したいとどれほど願ったものか。
「理由は知らんが、そいつに肩入れするつもりだな。裏切り者に身を堕とした者に未来は無いぞ」
エリアルの短剣が熱に対して劣化を及ぼして、脅かされるあまりに溶け始めていた。
彼女も無事では済まされず、熱を帯びた身体に程近い両手にはやけどを負ってしまっている。
「肩入れなんて安っぽい言葉で片付けないでよ。ご主人様とあたしの上下関係は、あんたとの兄妹関係よりも深く、根強いんだよ」
エリアルの目にはハートのマークが顕在化を始める。
戦いの渦中に身を置いてなお、彼への忠誠はみじんたりとも薄くならず、本来注力すべき自分の戦いよりまず、テムズの身を案じていた。
「あの男がご主人様だと。気でも狂ってしまったか。ならばちょうどいい。兄妹とて、気狂いになら遠慮なく剣を突き立てられるまたとない口実ができたのだからな」
短剣をしまい、代わりに脇に差していたロングソードを抜くエリアルが、先程までと変わらない高速の動きで彼に斬りかかる。
女性の力では考えられない重い一撃なのだろう。
彼が踏んでいる床が抉れ、重量を帯びた足が地中へ沈む。
特注の魔力への抵抗性を示す剣なために魔力による熱で、直接触られでもしない限りは火傷を負う心配もなくなった。
「仲間をやった力、どうやら紛れもない本物なようだな」
彼女はカムラに敵として見る以上の情念を抱いている。
エリアルは兄妹と言っていた。
あの対抗心は兄貴分をなんとしてでも超えたいという競争心が少なからず由来している。
おそらく、テムズの解釈は間違っていない。
エリアルの剣にはいつも以上に力が入っていた。
主人へ向ける以外にも、感情をこれほどまでに尖らせたのは初めて見る光景。
壁、天井、狭いながら、縦横無尽に飛び回り、彼に斬りかかる。
使えるものはなんでも使い、尊敬していた義兄を殺すために牙を剥く。
命令されればこんなことを含めて何でも遂行するのは、奴隷ならではの気質である。
「少し見なくなった間にこの成長。はっきり言って異常だ」
人間らしさの欠片も無くなっているのかとテムズが決め付けていたのは早計であった。しかしながら、ほとんど薄まっているのは疑いようのない真実だ。
残ったそれは、彼女が人間を完全に卒業するために払拭すべき残りカスといった具合となっている。
「もっと、もっと、ご主人様のために強くならなきゃ」
その原動力も結局はテムズありきで、彼女がイカれてしまっているという結論は天地がひっくり返っても変わらない。
接近戦だけに止まらず、エリアルは小さな身体を活かすように弾ませ、飛び回る手も多用する。
硬いはずの岩肌や牢屋の梯子はエリアルの見た目にそぐわない強靭な蹴りにより外れる。
狭い中で軌跡はめちゃくちゃに刻まれ、地形を逆手に取る形によりかえって動きを読みづらくさせていた。
エリアルの放つ剣戟は出鱈目で型も何もあったものではない。そんな煩雑なものに対してもこれだけは言える。
強い。たったそれだけの言葉で、彼女の地を砕く重たい一撃は表現できる。力こそ全てと言わんばかりの振るい方は圧巻でさえある。
「少し前までは手も足も出なかったのに、これもご主人様からいただいた力のおかげなんだよ」
空中に止まっているような滞空姿勢を保ちながら、何度も何度も剣を振り下ろすエリアル。
小柄な身体で重たい鉄の剣を軽々と振り回すその筋力は尋常ではない。
デッドフォックスでは資金力を用いて魔法を内包できる剣が製造されているとの噂が、それを警戒している者たちよりもたらされていた。
魔包剣“マジックブレイド”は魔法をストックするのみならず、カムラの使い方のように、外から干渉してくる魔力にも耐え得る仕様となっている。
エリアルは実際に存在していたこの魔剣を扱うことは敵わず、重量無効の魔法によって重さを無くして持ち運ぶのみに留めていた。
もちろん剣の重さを無くすと、今度は重厚さが損なわれて切れ味が落ちてくる上、ストックしていた魔法を使い切るまでは他の魔法をストックできない欠点により、強みを最大限に生かしきれなくなる。
「ふん!」
エリアルの一振りが旋風を巻き起こし、周囲の瓦礫もろとも、カムラに風圧を与えて吹き飛ばした。
力を増したエリアルなら、補助なしで重量をそのままに扱うことが可能。
小さくて非力そうな見た目はそのままに、剛腕を自慢する筋肉質な男顔負けの握力を獲得していた。
「今までのエリアルとは、別の存在と戦っているようだ」
さすがのカムラも圧されるばかりで反撃の手が止まる。
堪らず熱によって生み出した薄い炎の壁を用いて、人間が焼かれる熱の膜を作る。
あわよくば酸素の燃焼による敵の酸欠も招けて、あちらとしては一石二鳥である。
「いひっ、いひひひっ」
ところが、今のエリアルにはそのような浅知恵は通用しない。重厚な剣の一振りで全てを無に帰す。
蓄積されている経験や知識は紛れもなく彼の方が上だ。
彼女の不規則な攻撃を何度も見抜いて、凌げているのは苦難を乗り越えてきた彼だからこそだろう。
敵が上回る経験など、それらの雑多な要素を丸々、ただ純粋な暴力で理不尽に圧倒していく。
彼女の瞳に浮かぶ魔法陣が赤く煌くとき、その速さは更に加速する。
まだ本気なんて出していない。彼女においてはここまでが序の口であり、次第に何度も叩き付けられる剣に抗うため、カムラは歯を食いしばるようになってくる。
一ヶ所へ集中的に剣を受けたことにより、カムラの剣に入っていくひび。なおも止まない剣の雨にそれは次第に歪に拡がり、そしてエリアルの最後の一振りで金属音と共に折れた。
「ぐあぁぁぁぁぁ!」
受けられる武器の無くなったカムラに振り下ろされる凶器が、彼女の振り下ろした剣が彼の胴体を深く斬り裂いた。斬り合いの中で続いた睨み合いは、どちらかが斬られることでようやく終幕する。勝利の女神が微笑んだのはエリアル。
洗脳され、主人の手足になるためだけに強さだけを求める人形には、実に不相応な栄冠であろう。残酷な現実においては勝った方が正義と言わしめんばかりに、惨たらしい末路が口を開いて待っている。
斬られた彼は激痛に立てなくなり、膝を着いたまま動けないでいる。肩から滝のように血は止まらず、放っておけば死に至るのは必然。
「殺せエリアル。そいつはまだ生きているぞ」
最初に立てた戒めを遵守し、おめおめと逃すような醜態を自ら進んで晒すわけもない。
始末しろ。
冷たくエリアルへ彼が抱いている意図を直接的に伝えた。
じゃあ殺してくるねと、狂ったように、人を殺す前の人間ではやりようがない軽い足取りで力尽きようとしている彼の元へ行く。
「エリアル、助けてくれ」
重傷を受けたことによる生命力の低下から、まとっていた熱の鎧も消え去ったカムラを守る者はどこにもいない。助けを乞おうにも、兵たちは死に絶え、彼が助けようとしていた兵もまた、エリアルを前に怖気づき、自ら命を絶ってしまった。
「ばいばい」
希望なんてない。エリアルは残酷に告げるように剣を振り下ろし、カムラへとどめを刺す。
「カムラにもあっさり勝っちゃった。あたし、こんなに強くなっちゃったんだね」
勝ちたいと常日頃から思い、鍛錬の目標にしてきた相手でさえもあっさりと倒してしまった彼女であるが、新しい目標をすでに作っているために満足には達しておらず、すぐさま次の目標へと足を運び始める。
「ボスはどこかなぁ」
剣に付着した血を余さずに舐めながら、おもむろに足を進めていく彼女と、力にあやかって背後に寄生するばかり男が、ボスの座す広間に舞い戻ってきた。
そこには巨漢の影も形もなく、椅子が地味な部屋において気取っているだけだ。この奥には目指すべき宝物庫があり、ボスがいないのを良いことに、二人は颯爽と椅子の所へ駆け寄り、秘密の地下通路へ探りを入れていた。
「ご主人様、もう少しでお金が……ウゲェ!」
有頂天にも言葉を口にしかけたところで、エリアルがなんと、見覚えのある毛むくじゃらな巨大な腕に吹き飛ばされる。彼女は壁に叩き付けられ、そのまま床に落下して一瞬動かなくなる。
「よくも俺の可愛い手下共を倒してくれたな……裏切り者のエリアルよ」
視界外からの剛腕による不意の一撃をまともに受け、あの小さな身体が形を留めている時点でも奇跡に近い。骨も肉も粉微塵となり、およそ人間の形を留めないのが普通であろう、エリアルの身体は五体満足はおろか、平然と意識を取り戻し、立ち上がったのだ。
ボスもテムズを手にかける暇すらなく、復活したエリアルを見やり、目を丸くしていた。
「はぁ、痛かった」
「むっ」
想定外のエリアルの力を前に、さすがのボスも飛び退き、遠目から様子をうかがう。
「強くなっても中々痛いね。流石デッドフォックス最強を自負しているだけはあるよ」
彼女は不意を突かれた重い一撃を受けてなお、頰への擦り傷程度のダメージしか負っていない。
皮膚が柔軟性をそのままに、硬化しているとしか思えない防御力に仕上がっていた。
身体もあのスピードを即座に出せるコンディションを保っており、最早不死身かとテムズは驚き、彼女を二度見してしまうほどだ。
「いやはや、最初は驚かされたが、やはりエリアルには敵わんな。敵を騙すにはまず味方から。俺もお前が吹き飛ばされたときは本気で焦ったぞ」
あれだけの騒ぎを巻き起こしてボスにバレないと考えていたのは少々楽観視が過ぎていた。
テムズはボスの強さはカムラすらも優に超えていると初対面から認めている。
「魔術師よ……私の名はデッドフォックスが頭領、クラシド。死の間際までその名、刻み付けておくと良い」
クラシドはテムズを殺す前に名乗りを上げる。
どんな手であれ、アジトを壊滅させた宿敵への敬意を評し、それを本気をもって潰す意思を明確に表した勝利宣言そのものだ。
「俺はテムズだ。戦いはそこにいる奴隷エリアルに任せるが、名乗られた以上は名乗っておくのが義務というものだろう」
テムズも礼節を慮り、名乗る。側のエリアルがただ一人、手を叩きながら虚しい祝福をしているのが妙に恥ずかしさを際立たせる。
「エリアルが私に牙を剥いたのは、貴様の差し金か。エリアルは力は及ばずながら、人一倍我が組織への忠誠心が高かった。それが裏切るというなら、何らかの裏があると考えるのが基本よ」
「はい! あたし、ご主人様から不思議な魔術に掛けられて幸せなんです。デッドフォックスのみんなといるより、頭の中がぽわってして、これからボスを負かすって考えたらもっとぽわってなって、こんなに幸せになれるのなら、ご主人様に従うこと以外はもう考えられなくなっちゃいますよ。だからボス……」
剣に付いた血を払う彼女はさっき吹き飛ばされたのにもかかわらず、物怖じすら感じていないような迷いの無い前進で目の前の大男へ向かっていく。
「遠慮無くくたばってください」
巨漢よりもはるかに小柄なエリアルはロングソードを手に、ボスとの最終戦に心を躍らせ、負けじと勝利宣言。
同時に剣を振り上げ、意気揚々と血湧き肉躍る戦いへ身を投じていく。




