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1.裏切りと刺客

 現在中年で、長らく冒険者を続けていた魔術師テムズは突如パーティより追放される。

 この仕打ちにおいて彼は全身に伝播する規模となるであろう疑問と、勇者に対する嫌悪感があらわになる。


「我が国には貴方はもう要らないんだ」


 このパーティ、元々それぞれの思惑が偶然合致した結果、利害一致という形で組まれたものであり、彼もまた然り。


『ようこそテムズくん。君も先達たちに倣って、国のために尽くして欲しい』

『国がどうかは俺の知るところではないが、俺の邁進はお前たちを裏切らせない』

『渋いおじさまね。まあ足を引っ張らないようによろしく頼むわね』


 自分はこの狭き門を潜り抜けたんだと、当時のテムズはどれほど喜んだことか。

 今思い返したとして、想像には難くなかった。

 ともあれ、テムズにとって、勇者パーティに入れた事実。


『よし、やったぞ!』


 これがどのような中身空っけつな祝福よりも嬉しいものに変わりない。

 彼の日頃の積み重ねが生きたこの瞬間、唇を噛みちぎるくらいの力が加わった。

 一人の力ではどうすることもできない仕事にも手を付けられるようにしたいと考えた結果、この道を選ぶことにした。


「だから、貴方は、いやお前は俺のパーティには要らないんだ。いたところでもはや、邪魔にしかならないからな」


 せっかく苦労して昇り詰め、血反吐を吐く思いで手に入れた地位が、こんなつまらないことで排されるなんて残酷な罰を与えてくれるものだと、彼は天を、果てには神を憎むようになっていく。

 機動性に欠ける魔術師には前衛を任せられる近接武器の使い手が必要だ。

 矢やボウガンなどの遠距離武器による奇襲があればなお良いというのは贅沢かもしれない。

 手持ちの金がジリ貧で猫の手も借りたい今日この頃では、贅沢の一つも言ってしまいたいほどに揺らされている。


「この任務は相当に危険だ。それにあたって俺はやれるだろう策を考えてきた」


 このパーティにはさすがに遠距離持ちはいないのだが、優秀な勇者と呼ばれる男が指揮を執っている。

 おかげで今日まで生き残ってこれた彼。金もそこそこ稼ぎ、魔術師としての仕事も軌道に乗ってきた。

 絶頂とは言えないものの、人生を楽しいと思えてきた段階にようやく差し掛かっていた。


「今日は新しい仲間を紹介するとしよう」


 追従してきていたテムズが知らない見知らぬ女が勇者の紹介を受けて、素顔を覆い隠していたフードを脱ぐ。

 仲間はいてくれた方が心強いとは考えており、環境の変化には寛容な彼だが、今回の任務に携わったときから、そこはかとない違和感が付きまとっており、これを今の今まで拭い去れないでいる。


「新しい仲間。そいつは……」


 テムズの心が酷く揺れる。目の前の青髪の女は彼の担当するポジションに、あまりにも綺麗に、清々しいまでに合致している。

 自分だけで事足りているだろう。どうして不純物を加えるんだ。テムズの内心は揺れる。


「はじめまして、ですかね」


 テムズはプライドの高さから同族嫌悪に陥っており、気立て良く接してくれている女であろうとも不快感を拭えないでいた。

 こんな奴にポジションを取られてたまるか。このように危惧していたテムズは最大限にそいつを、デニスの行動を監視するようになる。


「デニス・サファテ、魔術師です。回復魔法を得意としていますので怪我をしたらすぐに回復できますよ」


 今日は比較的平和であるアルマ王国でも危険な部類に入る、近隣にある魔の森。

 通称≪ディザスター・フォレスト≫にいるとされる強力な魔獣の討伐任務だ。

 元が他国からの干渉を受けにくい環境下にある平和な国というだけあり、この森ではそう強力な魔獣は出ない。

 それなりの実力を持つ護衛さえ雇っておけば臆することも無く抜けられてしまう。

 そのため、時間短縮にはお誂向けだ。


「悪くはないとは思うけどね」

「そういう問題じゃない」


 金銭に余裕があれば、安全な正規の道から逸れて近道ができる。

 ところが、最近になって一帯でも突出した魔力を有する危険な魔獣が潜んでいることが観測され、ギルドから対象の魔獣を排除するように魔法都市に本部を置く、ギルド統括協会から要請が出された。


「俺がいるのに、どうしてもう一人魔道士を加えたんだ。俺だって回復魔術は使えるぞ」


 やはりデニスの加入から雲行きが何やら怪しく、反発を起こすと、段々と他の連中からの目が冷たくなってくる。

 これまでは強敵が相手でも回復役を増員せず、少数精鋭で遂行してきたパーティの急な方針転換と、それを是としている彼らの態度には、テムズとの間で大きな溝ができていた。


「何度も言わせるな。つまりもう貴様は用済みということだ」


 ふざけるな、ふざけるなふざけるな。俺をここまでこき使っておいて、要らなくなったら感嘆も無いまま捨てる。


 ここでテムズはこの勇者の本性に、本当の意味で気づかされる。


「お前はこれまでもパーティメンバーを」

「国のために捨ててきたよ。仕方無いだろう。一人を救うか国を救うか。その価値の差は簡単に測れるものさ」

「貴様!」


 テムズは勇者を殴ろうと華奢な身を乗り出して殴りにかかるも、失敗に終わる。


「おっと旦那。カッカするのは良くないな。少なくなってきた寿命がさらに縮むぜ」

「そういうことよ。分かったら退がりなさい」


 当然、相手が複数人がかりでは簡単に制されるのは必然となる。


「生産性が無く、所々人格にも難があるお前より、使える術が少なくとも、従順な俺の幼なじみであるこの娘の方が幾分かはうまく連携できる」


 この勇者はギルド内では現実的かつ完璧に任務の成功および、国の守護を担う冷酷無比な男として知られている。

 国にとってほんの少しでも害となる者に対しては容赦がなく、仲間も足りない手足を補う道具として見ている側面が強い。

 パーティの方針には、この男、サイガ・エルマンの思想が色濃く反映されていた。


「俺を追い出す気か。ならば相応の手切金を寄越せ。一応貴様らの命を救ってやった恩がある」


 このような要求はおそらく無駄である。彼にとって用済みとなった者は、生きてはアルマの地を踏めないという噂がアルマの城下町で流れている。

 この噂が真実だとすれば、テムズはこの世における居場所を失ったも同義であろう。


「恩着せがましい親父だ。アルマから貴様のようなしみったれた輩にくれてやる金は無い。今日帰ったら新たな仕事仲間でも探すんだな。いや、そいつも無理か。なんせリーダーがサイガだからな。お前には将来すら与えられない」


 堅い樹皮から作った木槌を愛用する大男であるダルク・イグシオンは噂を後押しする含みのある言葉で心を魔法にでもかけたように凍てつかせてくる。


「長年つるんできたあんたもそろそろ潮時かしら。いつも魔法とか魔術の話ばかりでキモいしつまらなかったから、あたしもデニスの方を引き入れるべきだと思っていたところよ。こいつは死ぬみたいだしパーティのみんなはこれから幸せね」


 魔法と剣を同時に扱う万能型である魔法剣士、カリム・ゼクスは元々テムズとは元々反りが合わなかったのだが、今回は輪をかけて冷笑的である。デニスも似たようなもので、彼の顔を見るなり凄じい嫌悪感をあらわにしていた。


「カリムちゃんもダルクさんもサイガさんも、あんまり虐めるのは良くないですよ。ストレスでお爺さんのシワが増えてしまいます」


 縁の切れ目が金の切れ目、そして命の切れ目だ。


「貴様ら……!」


 パーティを組んでからそこそこの時間を経たにもかかわらず、半端な気持ちで乗っかった宛てが外れた。

 テムズは使えないと、ある意味では同類な悪どい仲間もどきからパーティから外される宣告を受け、その挙句に最悪の選別に遭遇する。


「行け、貴様が盾になるのだ。貴様にやる退職金ももったいないからな。国のためにここで消えてもらう」


 依頼の討伐対象である魔獣の、突然の襲撃。


「くそっ、散々毟り取られた挙句、このザマか」


 それは鮮明に、鮮烈に映っているが、魔獣の剛腕で殴られた後のことはあまり覚えていない。

 目を覚ますと彼は勇者たちに手を下されるまでもなく盾にされ、湖に打ち捨てられていた。側には倒された魔物の首から上が飛んだ遺体。討伐の証として頭だけを剥ぎ取り、持って行ったのだろう。

 血が流れ、身体の節々を痛めたテムズは全治に相応の時間が、かつ放っておけば確実に死ねるくらいの重傷を負っていた。

 魔法の修行ばかりで肉体をろくに鍛えていないのが仇になり、指の一本すら動かせない体たらくだ。


「あいつら、よくも俺を……!」


 金のために付き合ったテムズもテムズだったが、散々労働力を搾取するだけして、飽きたら捨てる奴らも奴らではあった。


 このまま俺が歩んできた魔導の道の大成は果たされることなく潰えるのか。


 魔術師が大望も為せぬまま死に行くというのは、後世にまで恥を晒すことと同義であり、由々しき事態に他ならないのが、彼、テムズの死生観となる。

 このようにとことんまで、しつこいまで、呆れ果てるまでに傲慢で貪欲な彼でも、生涯において毒にしかならない、汚点にしか映らないような末路はごめんだ。生きるため、そこへの渇望が身体に鞭を打ち、彼の身体を岸へと上げさせた。


「かはっ! はぁ……はぁ……あいつら、絶対に殺してやる」


 血が浮かんでいた湖を尻目に、テムズは弱り切った身体で凶暴な魔獣がひしめく“ディザスター”の森の中をさまよい歩く。

 この身体で一箇所に留まっていたら少なからず、テムズに死を招く要因が訪れる。魔獣しかり、怪我に由来する病気しかり。

 彼自身、そうなって死ぬ末路を何よりも恐れた。五体満足で送る安寧の未来を捨てることも厭わず、猪突猛進に道を切り拓いていく。


「俺を侮辱するのはまだいいが、いや、それも許さんか。とにかく、魔法や魔術をコケにしたのは許さねえ。生きて戻ったら絶対に全員ぶっ殺してやるからな」


 魔獣の出て来そうな場所とそうでない場所を、臭いを嗅ぎ分け、獣道であろう場所を避けてリスクを可能な限り減らす。

 そうやってなんとか魔獣の巣窟へ入って行くのを避けていると、とある洞穴にたどり着く。神が産み出した自然が織り成すものというよりは、誰かがきれいに掘ったような整った形をしている。不思議と魔獣が住み着いている気配は感じられなかった。


「とりあえず入るか。一か八か、鬼が出るか蛇が出るか。村への近道ならラッキーだな」


 この際、ここについての考察はどうでも良かった。

 命の安全圏に至れたら、過程などどれだけの奇跡に助けられようと笑い話にして飛ばせるからだ。


「ええい、ままよ。どうにでもなりやがれってことだ」


 藪から蛇が出ることをいとわず、彼は猛進する勢いで洞窟に飛び込む。

 作られたと思しき洞穴には古めかしいながら、優良な魔術資料が集まっていた。


「これは奇跡か?」


 テムズは魔術師にとっての宝庫に感嘆とするばかり。

 興味を惹く宝物たちの出迎えには、傷を癒すのも惜しみ、それらを一心不乱に読み漁る。

 誰が、どうやって、これ程の質を誇る資料を掻き集めたのかは知らない。

 テムズの興味はそちらにはなく、魔術についての内容にしか目が行っていなかった。

 中に差す光が段々と弱くなっていくことから、魔獣が活発に活動する夜が近いのが分かる。


「魔術師が作った洞穴だ。おそらく結界があるはずだが」


 魔獣や盗賊の夜襲に備えて結界装置を探す。怪我で死ぬ可能性もかなり高い。

 そういった要因から、明日生き残るかは別として、今日中に襲われて死ぬ危険性も排除しなければならない。結界が消えていたことで彼が入れたのは怪我の功名だ。


「いやはや、強運だか不運だか、俺でも分からなくなってくるな」


 何よりの宝となる命を擦り減らしてせっかく宝庫を見つけても、襲撃を受けては意味がない。

 これだけの財、見る者次第では莫大な富に他ならず、横取りされる可能性は十二分に有り得る。

 そうして保身と財のため、松明の明かりの中で岩場を引っ掻き回していると、岩の膜の裏から魔術の刻印が出てきた。

 しかしながら、結界として作用するそれには経年による劣化が来ており、修復が必要となってくる。


「ん? くっ!」


 新しく作り変えようとしたところ、邪魔が入る。飛んで来た短剣が古い魔術回路に突き刺さり、引き剝がすのを拒ませた。

 短剣が飛んで来た入口の方へ目をやると、盗賊装束に身を包んだ少女が姿を現す。


「ノルマをこなすのに丁度良いかと思いきや、まさか先を越されていたとは」


 足首の厚手の布に備え付けている短剣を両手に携える彼女は明らかな戦闘態勢をとっていた。

 これは殺す気だ。絶対にこの考え以外は有り得ない表情だ。

 長年様々な世界を渡り歩いて、様々な人物に出会ったからこその勘が、危機感の察知へと突き動かす。

 死にかけの敵を、それも面識もない相手を生かしておく道理はない。ましてやその甘い道理にほだされるような甘いやつとも、到底思わせてはくれなかった。


「悪く思うなよ。こいつは仕事なんだからな」


『ご主人様ぁ、エリアルはご主人様と結婚したいですぅ』


 深淵が魅せる魔術の奇跡は、彼の知らないところから足跡を少しずつ、少しずつだがしっかりと築きながら忍ばせていく。

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