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03. 秘密の親友

 セシリアは、親友との待ち合わせ場所へ急いだ。隣の領地との境にある、朽ちかけた狩猟小屋である。慣れた足取りで建物へ入っていくと、すでに親友が到着していた。


「クレム、お待たせ!」


 元気よく声をかける。綺麗な緑色の目をした少年が振り向いた。ありふれた栗色の髪のセシリアと違って、少年は青みがかった美しい黒髪をしている。


 彼の名前はクレメント、愛称はクレム。クレメントは暇だったらしく、手慰みに瑞々しい林檎を二つ、交互に空中へ放り投げて、お手玉にしていた。


「よう、シシー」

「よく落とさないわね。私なら、すぐに失敗しちゃうわ」

「練習すりゃあ簡単だよ。ほら」

「わっ」


 だしぬけに、一つだけ放られた林檎を、慌ててキャッチする。なんとか落とさずに済み、ホッとしたセシリアを、クレメントが楽し気に笑った。


「ははは、上手じゃないか」

「もう!」

「怒るなって。それ、シシーにあげようと思って、今年も持ってきたんだ。後で一緒に食おうぜ。聖レオーナの日、おめでとう。一日早いけど、明日は来れないから呼び出したんだろ?」

「ありがとう。そうなの、明日は用事があって抜け出せないの。はい、これはわたしから。聖レオーナの日、おめでとう」

「林檎キャンディか、やった!」


 ポケットから取り出した贈り物を渡すと、クレメントは喜んでくれた。セシリアの気持ちまで、明るく浮き立つ。


「うふふ、喜んでもらえて良かった。お父様とお兄様にもあげるの。だから、お裾分けよ」

「あー……。そっか、お裾分けかぁ……」

「ん?」

「いや、うん。嬉しいなって、そういうアレだから、気にしないで。えへへ」


 簡素なシャツに土埃のついたズボンという、平民のような姿のクレメント。実は、オルグレン伯爵家の嫡子である。


 セシリアの生家であるウィンクル家とは、領地が隣接している。お互いの祖父が犬猿の仲で、両家の交流は無きに等しい。

 ずいぶん昔に、領地の境界線で揉めに揉めたのが発端で、相当憎み合っていたと聞いている。先代当主がそれぞれ亡くなり、父親世代に代替わりした現在、諍いは起こっていない。


 両当主とも、恨み言ばかりの父親に辟易していた口だ。憎しみの原因になったこの狩猟地を、緩衝地帯にする取り決めを交わし、接触を断ったのだ。


 現在では、ウィンクル家とオルグレン家、双方ともに遺恨は無い。けれど、小さなしこりが隔たりとして、今尚、両家を遠ざけている。


 セシリアとクレメントが知り合ったのは、まったくの偶然だ。二人とも田舎貴族で、領地内なら自由に駆け回ることが許されている。三年前、二人が九歳のとき、使われていない狩猟地で出くわしたのがきっかけだった。


 同い年で感性の似た二人は、瞬く間に親友となり、時々ここで遊んでいる。

 ただ、大人たちの複雑な心情を慮った彼らは、この友情を秘密にしていた。


 二人の連絡役は親切な庭師の老人だ。王都あたりの貴族と違って、このあたりの貴族は専属の庭師を雇わない。一人の庭師が数件の家を回って仕事をしている。庭師の老人は両方の家に出入りしていた。


 幼い少年少女の連絡役を面白がってか、老人は快く手紙の取次に協力してくれている。





 いつものように、セシリアとクレメントは駆け回ってのびのびと遊んだ。セシリアが持ってきたキャンディを、早々にクレメントが平らげる。


 内気なはずのセシリアは、まったく緊張しておらず、陽気な明るい少女にしか見えない。

 男の子らしい振る舞いながらも、言葉の選び方やちょっとした態度に、柔らかさのあるクレメントの前だと、物怖じせず何でも話せるのだ。


「あのね、実は明日、婚約者との顔合わせなの」

「え……」


 木登りした二人は、枝の上に並んで腰かけていた。クレメントが持参した林檎を、仲良く齧っていたところだった。


 目を丸くしたまま固まっているクレメントに、セシリアが事情を話す。相手は家族と親交の深い、ボルカ子爵家の次男サイラス。すでに、婚約は結ばれている。いずれ、男爵夫人となる予定であることも、全て説明した。


「私、緊張すると言葉に詰まってしまうから、嫌われないか心配だわ」


 不安を隠さず、ため息をついた。クレメントの手から、食べかけの林檎がポロリと落ちる。


「あっ!」


 ハッとするセシリアの横で、青ざめたクレメントの体がぐらりと傾いだ。冷や汗をかいて、親友の体をとっさに支える。

 なんとか間に合ったものの、あと少し気付くのが遅れていたら、林檎と一緒に地面へ落下していただろう。


「大丈夫、クレム? あなた、すごく顔色が悪いわよ」

「……かっ、風邪かな。急に、眩暈がしてさ……はは……」

「大変だわ。誰か呼んできましょうか? でも、私が離れている間に落ちたりしたら、どうしよう」


 心配のあまり目を潤ませるセシリアに、クレメントが弱々しい笑みを浮かべた。


「俺は平気だよ。きっと一時的なものさ。とりあえず、下に降りようか」


 なだめられたセシリアは、ぎこちなく頷いて木を降りた。続いて降りてきたクレメントを見てギョッとする。いつも泰然と構えている彼が、泣いていたのだ。


「ううっ……うぐっ……ぐすっ……」

「クレム、やっぱり体の調子が悪いのね。狩猟小屋で休んでいて。私、急いで大人を呼んでくるから!」

「いや、違うんだ……これは、ぐすっ……目にっ、ゴミが入って、うぐぅ……痛かったんだ……すごく、痛くて……」

「なんてこと! ちょっと、見せて。目が傷つく前に、ゴミを取り除かなきゃ」

「な、なみだで、とれたみたい……だいじょぶ……だいじょうぶ、だから……」


 大事をとって、今日は帰ると言い出したクレメントに、そうしたほうがいいと、神妙な顔で同意した。去り際に、クレメントが震える声でセシリアに語りかける。


「……明日の顔合わせ、がんばれよ、シシー。政略結婚だから、割り切った関係になるしかないなんて、投げ槍になっちゃ駄目だぜ。そいつと仲良くなって、幸せになるんだよ。君ならきっと、上手くやれるさ」

「ありがとう」

「じゃ、じゃあなっ……!」


 駆け出したクレメントを心配し、セシリアは彼の背中が見えなくなるまで、ハラハラと見送った。

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