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雑学百夜

雑学百夜 ゴリ押しのゴリとは?

作者: taka

「ゴリ押し」の「ゴリ」とはハゼ科の川魚「ゴリ」が由来である。

川底の石の間にへばりつくように生息しているゴリを藁の束を川底につけ雑巾がけをするように前に進み網の中に追い立てる漁の様子からゴリ押しという言葉が生まれた。


ドリンクバーで注いだコーラとカルピスを江藤はひたすらかき混ぜ続けていた。あんなにおしゃべりな奴なのに、何も言わず、ただ黙って。

ファミレスでただ俯く俺たちを嘲笑うように、グラスと氷のぶつかる音がまるで無邪気に跳ね回る。そんな音を聞いていると、何だかふとどうでもよくなって、やっと素直にこの言葉を言ってやろうか、って思える。

俺たち、解散しようか。

江藤が言わないなら俺が言うさ。相方として、ツッコミとしてそれが俺に出来る最後の仕事だ。

今日をもって、ハネムーンボンバーズは解散しよう。

喉元まで出かける言葉、あと少し、あと少し、なのに出るのは何故か悔し涙だった。

ちくしょう。くそ、どうして……



赤いマニュキュアをスマホの画面の上で踊り狂わせる。

『ねぇ? まだ?』

20分前に送ったメッセージには既読も返信もなかった。

こいつもかよ。

私は黙って男をNGリストに追加する。

一万五千円。私が稼ぐはずだった金額。

久しぶりに客が見つかったと思ったのに、蓋を開けてみれば冷やかしだった。

折角贅沢もせず、ドリンクバーだけでしのいでいたのに。仕事が終わった後は出来立てのドリアを食べようと思っていたのに……

何だか惨めな思いが胸に降り積もる。

私は独りぼっちだ。誰とでも繋がってきたのに、どうしても、ずっと私は独りだ。

なんだか、もう、どうでもいいや。

私は最後の一本の煙草に火をつけた。



これが夜の世界。

向かいの席にはひたすらドリンクバーをかき混ぜている冴えないヒゲ面の男と七三分けのメガネの男の人が二人ただ黙って向かい合って座っていて、僕の真後ろの席には金髪で化粧の濃い女の人が物憂げに煙草を吸っている。

――良い。最高だ。

昼間は学校に通っている僕だが、学校は色んな人同士妬み嫉みが煩くていつも憂鬱になる。

それに比べて、この深夜のファミレスはどうだ。皆が皆、自分の事だけを考えて勝手に静かに落ち込んでいる。

人の心が読める僕にとってこんなに居心地のいい場所は水族館以来だ。

深夜のファミレスは淡水魚水槽に似ている。華やかな海水魚達の水槽に比べるとどうしても地味で人だかりも少ない。まるで日陰。

だからここにいる人たちも何だか一癖あるような人達ばかり。僕はここにいる人たちは皆ゴリみたいだと思う。川底にへばりつくように生きている底生性の淡水魚。地味で誰も気にも留めないような魚だが、僕は結構好きだ。結構愛嬌のある顔をしているのだ、それこそちょうど向かいの席のハネムーンボンバーズの江藤のように。



結成八年。底抜けの明るさに、頭を空っぽにして笑えるネタをやる江藤の才能に惚れこんで、ここまでやってきた。

周りの奴らには見下され続けた。江藤の笑いは浅いのだという。

俺は見下し返し続けた。浅い? ただ人を笑顔にすればそれだけで勝ちだろうが、そう思い続けた。

周りの奴らが正しかったのだろう。俺たちは全く売れなかった。

キャッチーなギャグを作れば事務所がゴリ押ししてくれるかもしれない。そう言って江藤が作ってきたギャグが「ハネボンムンムンズンゲーム」だった。どんなギャグかなんて説明不要だ。ただのパクリ。

一年だけ我慢してみた。もしかしたら、万が一、奇跡に賭けた。

俺たちは負けた。

鳴きも飛びもしなかったなぁ。

俺はグラスをかき混ぜ続ける江藤に目をやった。

なぁ、江藤。

俺たち、もう、さ……

その時、急に江藤が立ち上がった。



赤いマニュキュアがスマホの画面の上を淑やかに滑る。

画面に映るのはサイトの日記機能のページだ。初めて開いた。といっても書くのは日記じゃない。しいて言うなら別れの言葉ばかりを連ねた遺書になるのだろう。

遺書を書くのは初めてじゃなかった。

これまで何度も書いてきた。

だけど、もう最後になるかもしれない。

もう届くはずもないさよならを母の為に書き、投稿ボタンに指を伸ばしかけた時、突然、向かいの席の男の人が立ち上がり叫んだ。



「なぁ! じゃあさ! ボンハネボンボンムンゲームに変えてみようぜ! 絶対ウケるって!」

江藤はそう言ってただ出鱈目に踊り出した。

正直、呆れた。

怒りすら湧いてきた。どうしてこいつは……そう思った時、ふと後ろの方から笑い声が聞こえてきた。見てみると赤いマニュキュアを塗った金髪のねぇちゃんが江藤を見て笑っていた。

江藤は笑われていることにも気付かずただがむしゃらに踊っている。

よく見ると江藤の目は赤く充血していた。涙を必死でこらえているようにも見える。

こいつは俺にさっきの言葉の続きを言わせまいとして……俺は誤魔化そうと「うるせぇよ! お前うるせぇよ!」と何度も江藤の頭を叩いた。

だけど結局、さっき流した悔し涙とは違う温もりが頬を優しく伝っていった。



ばかばかしい二人組に笑っている内に、何だかいい意味で「どうでもいいや」と思えるようになった。最後に見たのがこんなインスタ映えしない景色なんて嫌だし。

私は日記の文章を全部消し、ファミレスを出た。

久し振りにおじさんの車じゃなくて家まで歩いて帰ろうかな。

ふと見上げた夜空にはいいねが200だってつきそうな綺麗なお月様が浮かんでいた。



夜の世界はこうして更けていくんだな。

僕はまた一つ勉強になった。

どんな辛い夜もゴリ押しでやり過ごし次の朝を迎えるのが大人なんだ。

分かったよ。学校じゃ教えてもらえないような事を教えてもらった気がする。

ありがとう。ハネムーンボンバーズ。

だけどね、そのギャグじゃ売れないと思うよ。

雑学を種に百篇の話を一日一話投稿します。


3つだけルールがあります。

①質より量。絶対に毎日執筆、毎日投稿(二時間以内に書き上げるのがベスト)

②5分から10分以内で読める程度の短編

③差別を助長するような話は書かない


雑学百話シリーズURL

https://ncode.syosetu.com/s5776f/


なおこのシリーズで扱う雑学の信憑性は一切保証しておりません。ごめんなさい。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  何が始まるんだろう❔  と、ワクワクしながら読んでしまう作品でした。  この雑学白夜シリーズ、毎回とても面白く読ませて戴いてます。  毎日投稿、つまりたった1日でどうしてこんなにも素敵…
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