武技の授業
僕は結局アリア達に武技を教える役を引き受けることにした。
武技を教えなかったばっかりにクエストで失敗して命を失った、なんて三流悲劇にならないようにと考えたまでだ。勿論、アリアがクエストを受注したら陰ながら万全なサポートをするつもりだが、何事も完璧ということは不可能。少しでも生存リスクを高めるということに異論があるはずがない。
場所はギルドの地下の闘技場。
ここはこれまで僕がゴライアスさんに稽古をつけてもらった場所。優しくも厳しい特訓の毎日だった。
足元の砂を見ながら思う。この砂にどれだけ血と汗と涙と汚物をぶちまけてきたことだろうか、と。
一足先に来て、そのような思いにふけっているところだが、そろそろ時間だ。
僕は仮面を被る。
これから先はロードではない。『鉄仮面』だ。
通路からしゃべり声が聞こえてきた。案の定アリア達であり、ピカピカの真新しい装備でここまで来たようだ。
「へぇ、あんたが『鉄仮面』か。本当に強いのかねぇ? ま、お手並み拝見。」
これが恐らくマサキ王子だな。勇者の孫だったかひ孫だったか。尊大な態度は少々減点だが、年齢を考えるとこんなものか。
「マサキ、そのような言い方は教えを乞うものとして不謹慎であろう。『鉄仮面』殿、友人の粗相な態度を謝罪しよう。余はフリードという。よろしく頼む。」
おお、ヘーゼル帝国の皇子様はかなり礼儀正しい好青年だな。これは先が楽しみだ。
「おひっ、お久しぶりでしゅ! 『鉄仮面』様。短い間ですが、どうぞよろしくお願いしましゅ!」
すごい勢いで挨拶一つで2回も噛むとは少々気が上がりすぎな気がするが、相変わらずといえば相変わらずか。
「こちらこそお久しぶりです。ルイーゼ王女。3年ぶりでしょうか。見違えるように美しくなられましたな。」
「そんなっ、美しいだなんて……」
そういってもじもじしだすルイーゼを見て失敗したと思った。
変なことを口にすると妙なフラグをたてる可能性がある。自重しよう。
最後はアリアか。
「初めまして、『鉄仮面様』。短い間ですが、どうぞよろしくお願いいたします。あの…早速お願いしたいことがあるのですが…… よろしいでしょうか?」
こちらもなんだかもじもじとしながら挨拶してくるわけだが、最後のお願いというのがどうにも気になる。
「初めまして。して、そのお願いというのは何でしょう? 私にできることであれば対応しますが。」
「あの、その…… サインいただけないでしょうか?……」
「は?」
そういえば、アリアが『鉄仮面』ファンだということを忘れていた。
◇◆◇
「はっはっはっ、『鉄仮面』殿は人気者のようだな! いやぁ、我が学園の二大美人にここまで好かれているとは思わなかったぞ。」
「身に余る光栄です。」
もはや余計なことは謂うまいと固く誓った。確か、魔法の師匠の話によれば、YESともNOとも取れない受け答えが一番やり過ごすのに良く、王侯貴族に対してはこの言葉が一番無難だったはず。
フリード皇子は笑って楽しんでいるようだが、マサキ王子はそうでもないようだ。ちょっとした苛立ちのようなものを感じる。
はぁ…… ルイーゼ王女かアリアのどちらかでも狙っているのだろうか。別に構わないが。
「さぁ、早速ですが武技についての授業を始めさせていたきます。皆さんは武技に対する知識はありますか?」
『ないな(です)。』
「聞いた通りですね。では、当面は武技の基本である『気力』を感じるところから始めることにしましょう。」
武技は体内のエネルギーを用いた技だが、そのエネルギーを『気力』と呼ぶ。その体内のエネルギーといってもピンとこない人が多い。といっても無理はなく、魔法と同じで目に見えないので感じるしかない。
従って、最初はまず『気力』を感じるところからがスタートであり、逆に言えば最大の関門でもある。『気力』を感じ取ることができれば、あとはそれをどう扱うかの話なので割と上達しやすい。
だが、授業を進行しようとしたところで思わぬ待ったがかかった。
「なぁ、そもそもその武技ってのは使えるのか?」
挑発じみた言い方で言い寄ってきたのはマサキ王子だ。
「マサキ様、武技は近接戦における最大の武術です。近接戦で魔法と武技で戦えば、必ずと言っていいほど武技を扱うものが勝ちます。」
「そんなことは耳にタコができるくらい聞いてるよ。じゃあ、接近させなけりゃいいだけの話だろ? 接近させる前に魔法で滅多打ちにしてやればそれでいいじゃねぇか。」
たまに、彼のような魔法絶対主義者というような輩がいるのは確かだ。冒険者ギルドでもあからさまに魔法が使えない者を見下す。そのまま魔法一本で冒険者家業をやり抜けるものもいるが、上位クラスの冒険者となると魔法一本でやっていける奴はまずいない。
偏りはあっても、魔法も武技もどちらも使えるというものがほとんどである。
というわけで、俺が講師である今のうちに彼のその誤った認識は正さなければならない。
「それができるのなら、確かにそうでしょうね。試してみますか?」
あからさまな挑発をかけてみる。すると、どうも沸点が低いのかマサキ様は「上等だ」と言いながら俺から距離を取り始めた。
「おいおい、マサキよ。いくらお前でも無謀すぎるぞ。わきまえよ。」
フリード皇子の心配する声がこの皇子の聡明さを物語っている。ルイーゼ王女とアリアはハラハラしながら様子を見守っているといったところか。
「さて、マサキ様。好きなように攻撃してきてください。この施設は特別製ですから、マサキ様の魔法で壊れるということはありません。」
このセリフにもあぶり文句を入れておく。
「いわれなくてもやってやるぜ!」
途端に、マサキの右手から放たれる魔法は、巨大な火の鳥であった。恐らく、【火燕】と呼ばれる中級の火属性魔法。15歳で使えるというのは中々のものだ。
すさまじい速度で飛んでくる【火燕】だが、ぶつかる直前でひょいっと躱す。
今のは武技さえ使っていない。単純な身体機能を用いた回避だ。
「くっ、くそっ?」
次々と【火燕】を放つマサキに対し、俺はひょいひょい避けながらマサキに対してゆっくりと確実に詰め寄っていく。
やがて、【火燕】という単発の直線攻撃では当たらないと判断したマサキは魔法を切り替えた。
「ほぉ、その歳でその魔法が使えるとは大したものですね。」
「涼しい顔して調子乗ってんじゃねぇぞ! これでも喰らえ!」
無属性魔法のホーミングバレット。
約100個ほどの小さな弾丸が俺目がけて襲い掛かってくる。それだけではなく、仮に回避できたとしても追跡してくるのがこの魔法の厭らしいところだ。
逆に、単発の威力は大したことはない。もっとも、武技を扱えぬものには単発でも喰らえば致命傷になりうる。
本来は、この場に友人が三人もいるところで使う魔法ではないのだが、魔力制御がちゃんとできるのなら問題ないとは思う。
制御できれば……の話だが。
ここにきて俺は初めて武技を使う。
「武技:【鉄心】」
単に肉体の強度を上げるだけの武技だ。薄い気力の幕が俺の体を覆う。
あとは、この程度の魔力弾がいくらあたろうと大したダメージにはならない。
俺は弾を受け止めながらゆっくりとマサキに迫っていく。
彼我の距離が10メートルにもならない距離になってきたところで、マサキの焦りはピークに達した。このままでは負けてしまう。
「くそっ! くそぉぉぉぉ!」
バレットの威力、数を最大に引き上げ、さらに俺に攻撃をぶつけてくるマサキに対し、ため息が漏れる。
これ、相手がBランク程度の冒険者なら今頃大けがだぞ。
しまいに、魔力制御に失敗したのか、弾がいくつかルイーゼとアリアの方に向かっていってしまう。
まずい…… 暴発だ!
「きゃぁぁ」
二人の悲鳴が聞こえる。
俺は瞬時に武技の【俊身】を発動。ルイーゼとアリアの目の前で背中で魔力弾を受け止める。全部受け止めたから二人に怪我はないはずだ。
「ご無事ですか?」
「はっ、はい……」
「私も大丈夫です。」
「よかった。」
改めてマサキの方を見ると、マサキは結果として仲間を傷つけようとしたことに茫然としていた。そろそろおしまいにしたほうがいいな。
そう判断した俺は再び【俊身】を発動。素早くマサキの前に姿を現すと、彼の肩をたたいた。
「チェックメイトです。どうです? 遠距離攻撃だけでは倒せない相手と戦った気分は。」
「うっ、うわぁぁぁぁ?」
どうやら腰を抜かしてしまったようだ。