言い逃れ
家に帰り着いたアリアは驚いた。もっとも、それは相手も同じだろう。ヴェルフィーだけは普段通りにお茶を飲んでいる。
剣術の授業で少なくとも僕がマルレーネ師匠の関係者だと知ったソニアの追及は酷かった。激しかったのではなく酷かった。休み時間、昼休み、下校に至るまで散々つきまとまれた。挙句の果てに家までついてきたので、仕方ないのでお茶だけでも、という流れになった。
「お兄様がお友達を連れてくるなんて。それも女性の方。」
アリアの顔が驚愕に満ちている。これはこれで心外だ。これではまるで僕が女性に興味が無いようじゃないか。
「はっ、初めまして。アリアと申します。」
「初めまして。ソニアと言います。今日は驚いてばかりです。そしてここであなたに会ったのが最大の驚きですね。魔法科のアリアさん。」
お互い、挨拶をする。学園は同じでも学科も違えばクラスも違う。初対面も同じだ。
「これで、説明してもらうことがもう一つ増えそうですね? ロードさん?」
肉食獣のように目を輝かせたソニアが怖い。とりあえず明後日の方を見ながらお茶を飲むことにした。
「それで、ソニアさんは兄の、いえ、ロードのクラスメイトですよね?」
「ええ、そうですよ。ロードさんとは仲良くさせていただいています。」
仲良くしたことも、されたこともない、なんて突っ込みはできそうにない。
「それで、今日はどのようなご用件でしょうか?」
「あら、用事が無ければ仲の良いクラスメイトの家にお邪魔しちゃいけないのでしょうか。ああ、それと今、兄と言いましたね? 確かロードさんとアリアさんは姓が違いましたよね。どういうことですか?」
さらに頭が痛くなった。
その後、話を早く終わらせようとソニアに説明する。何故弁明のように説明しなければならないのか意味不明だが、仕方ない。色々と嗅ぎつけられても面倒だ。
ポイントとして
・僕はマルレーネ師匠の弟子です
・アリアは縁戚に当たる関係で、学園に通う関係で一緒に住むことになった
・ヴェルフィーはこの家の大家で、僕たち二人の生活をサポートしてくれている
二点目、三点目については色々と突っ込みどころがあるのだが、これで押し通す。
ソニアは納得してないところもあったようだが、とりあえずは納得してくれた。
「しかし、あなたたちの親も理解できませんね。年頃の男女が一つ屋根の下で過ごす? いくら縁戚関係でも、結婚もできる男女ですよ?」
「お兄様に限ってそのようなことはありませんわ。」
「あら、どうしてそう言えるのでしょうか? アリアさん、あなたは自分の美しさに多少自覚すべきですね。学園の生徒があなたのことを何と呼んでいるか知っていますか?」
ちなみに僕は知っている。
「『癒しの女神』だそうです。同学年の男子生徒だけでなく、すでに上級生にもファンがいるとか。」
「それは知りませんでした。」
アリアが少し俯きながら顔を赤らめる。
「しかし、アリアさん以上に謎なのはあなたです。」
そうしてソニアが指さす先にあったのは俺ではなくヴェルフィーだった。
「なんだ、私か?」
相変わらずのリアクションの薄さで返答するヴェルフィー。
「そうです。あなたは一体何者ですか? この家の大家で、ロードさん達の家事の面倒を見ながら一緒に生活をする? 世間一般の常識から考えてありえません。」
ソニアがまくしたてるがヴェルフィーはどこ吹く風だ。
流石は最上級悪魔とほめてやりたい。
「何が言いたいんだ? はっきり言うがいい。」
「ロードさんとはどういう関係ですか?」
頭痛がした。
「賃借人と賃貸人の関係だが?」
「それは建前でしょう。賃借人と一緒に住む賃貸人がパルスのどこにいるというのですか?」
それを言われると辛い。
俺は何か良い言い訳はないものかと色々と考えるも、良い案が浮かばない。なので、アイコンタクトでヴェルフィーに「うまくはぐらかしてくれ」と送る。
それを受け取ったヴェルフィーは「やれやれ」とため息交じりにこう答えた。
「男女の関係のことを言っているのか? それなら現時点では何もない。もっとも――――」
そして、ヴェルフィーがこちらを見ながらニヤリと笑う。
「求められればやぶさかではないが、な。」
「ぶほっ」
盛大にお茶を噴き出してしまった。
最上級悪魔と睦むとか、冗談でも勘弁してほしい。
が、ヴェルフィーが最上級悪魔だということを知らない二人はそれを冗談とは受け取らなかったようだ。
「ダメです。この家で不純異性交遊は認められません。」
アリアが笑顔で即答する。
「この家の主は私のはずだが? 私がOKでロードもOKなら別にいいだろう? なぁ?」
と、こちらに話を振ってくるが全く持って迷惑だ。
「がっ、学生のうちはダメだ。」
とにかくこの会話の流れを早く断ち切りたい一心で答える。
「…… コホン、とにかく、この家が色々と問題があるということはよくわかりました。」
ソニアが赤面しながら最後に話を締めくくった。
結局、辺りが暗くなるまで家にいたソニアを、ソニアの家の近くまで送ることにした。全く今日は散々な一日だと、どっと疲れるが、こんな時間に女の子一人を歩かせるのも危険なので仕方ない。
二人、とぼとぼと歩く。
「今日はごめんなさいでした。」
「急にどうしたの?」
「あなたのことを根ほり葉ほり聞いたり、家に押しかけたり、今考えれば結構失礼なことをしたと反省しています。」
「ああ、今気づいたんだ……」
できれば家に来る前に気づいてほしかった。
「本当にすみません……」
ソニアは結構本気で申し訳なく思っているようだった。なので、こちらもそれについては許すことにした。
「ちょっと私の話をしていいですか?」
くるりとこちらを向き直ったソニアが口を開いた。そして、こちらが「どうぞ」と言う前にはなしはじめた。
「エクセレンタリオ賞で受賞した魔剣を一目見たとき、私は体が揺さぶられるほどの衝撃を受けました。装飾は最低限にして、あくまで実用性を重視したフォルム。そして、緻密に汲み上げられた付与魔法効果。なぜあれだけの情報量を持つ魔術式を付与できたのか、不思議で、いてもたってもいられませんでした。」
確かに、あの魔剣には様々な魔術式が付与されている。そこに目をつけるのはお目が高い。俺はふむふむと頷く。
「ですが、それ以上に衝撃を受けたことがあります。」
「それは何ですか?」
確かに剣自体もかなり丹念に金属を調整し、鋼の何倍もの硬度を持つようにはしてあるが付与魔法以外に目が向くのはその程度だと感じていた。
「『鉄仮面』の愛剣とうり二つなんです。」
「は?」
「いや、だから、冒険者で有名な『鉄仮面』さんの愛剣と同じフォルムだったんですよ。」
それは盲点だった。
元々、自分用に作った武器だったから、扱いやすいようにと自分の慣れ親しんだ武器に似せて作ったのは間違いない。というか、自分が振るう武器は全部自分で作っていたりするのだが。
「私の夢は、私が造る剣を『鉄仮面』さんに使ってもらうことなんです。」
「は、はははは」
ちょっと空笑いしてしまったが、それがソニアの機嫌を損ねてしまったようだ。
「いけませんか? それとも、子供っぽかったですか?」
「いや、そんなことないですけど、ソニアさんも『鉄仮面』のファンなんですか?」
「その、「も」というのが気になりますが、そうですよ。」
「ソウデスカ」
「きっとあの魔剣の作者が『鉄仮面』さんに武器を卸しているに違いないです。だからロードさんだったらもしかして何か知っているかも? と思ったのですが、マルレーネさん本人が造られた剣だったんですね。」
「その通りですよ?」
「はぁ…… 道は険しいです。」
ソニアのため息を見て、ソニアの前ではあの姿になるのも、武器を作るのも止めようと決めた。