7年後
「・・・・・・・夢か」
嫌な夢を見てしまったと、ロードは思った。
幼いころの悪夢。幸せだった日常は脆く崩壊した。かろうじて生き残ったものの、立て続けに起こる試練。
決して平穏な毎日ではなかったが、何とかここまでやってこれた。あれからもう7年にもなるのか、と夢から覚めてしみじみと思う。
「クリフォード様、エリス様、サリア様は今日も元気ですよ。そして今日から何と学校に通うのです。」
天国にいると信じている育ての父と母に祈りを捧げる。これはもう日課だ。
すると、部屋のドアが開き、一人の女性が入ってくる。
この家の主ということになっている、ヴェルフィーという女性。黒髪黒眼の大人びた女の子だ。女性といっても、年齢的にはロードと同じくらいという設定になっている。
「ロード。食事の支度が出来ている。」
「今行きます。」
これはいつものやり取り。
この家はロードとサリアとヴェルフィーの3人暮らし。ヴェルフィーは二人の食事やらの面倒を見てくれている。勿論、ロードはそれに見合うだけのお金をヴェルフィーに毎月支払っている。
さて、昔の夢を見たせいか、ついついロードはヴェルフィーをまじまじと見てしまう。そして目が合うと幸せそうに笑う。
「何が可笑しい?」
「いえ、ようやくここまで来たのだなぁ、と思っただけです。」
「ふん、貴様は大した男だ。だが、契約は絶対だ。よもや忘れていまいな?」
「勿論です。あと5年のうちにはかたをつけますよ。」
ロードとヴェルフィーの契約。
それはまずヴェルフィーの正体を明かさなければならない。
ヴェルフィーは最上位悪魔の1柱。
こんな可愛らしい風貌をしているが、本当の姿はどんなおぞましいものになるのか、ロードでさえ知らない。
ロードはある事情のために時空魔法の習得が必要であるという結論に達した。だが、肝心の魔力が無かったロードは悪魔と契約をすることを決めた。
「20歳まで生きられればそれでいい。その後の僕の魂も肉体も全てあなたに捧げる。だから僕に力をください。」
「いいだろう、契約成立だ。」
その後、何故ヴェルフィーがロードと暮らしだすようになったかはまた別の話。
ロードは着替えてダイニングに向かった。既にサリアが食事を始めていた。もぐもぐとパンを頬張ってはいるが、見まごう事なき美少女。蒼い髪に蒼い瞳。今は亡き母親のエリスの面影に日に日に似ていくサリアを見ると、兄であるロードさえ見とれてしまうほどだ。
「おはよう、サリア」
「おはようございます。お兄様。」
にこりと笑うサリアの微笑みがまたロードをドキッとさせる。
「今日からいよいよ学園だね。」
「そうですわね。お兄様と一緒に学校に通えるなんて夢のようです。」
「サリアが学園に入れたのは実力として当然だよ。僕はどちらかといえばお飾りさ。」
二人が入る学園というのは、ドゴール学園という、パルスの中でも有名な学園だ。魔法科、武技科、魔工科の3コースに分かれており、魔法科はその中でも最もその人の素質を必要とする。
すなわち、魔法適性だ。
サリアはその魔法適性が非常に高かったから魔法科に入ることができた。それもトップクラスの成績で、だ。
「僕は、単にマルレーネ師匠の指導のおかげで魔工科に入れただけだよ。」
「だとしても、私は嬉しいのです。」
「ただ、サリア・・・・・・・分かっていると思うけど、これからはサリアじゃなくてアリアだからね。僕のことも「お兄様」と呼ぶのは構わないけど、名前で呼ぶのならクロードじゃなくてロードだよ?」
「はい。心得ています。」
サリアは神妙に頷く。
7年前のあの日、故郷を追われた僕たちは未だに故郷のお尋ね者だ。もうだいぶ当時の面影も見えないほどに変わったし、髪型やらを変えたりはしているから、一目でわかることはないだろうが、用心に越したことはない。名前がばれるのは何としても避けたい。
◇◆◇
朝食を終えた僕たちはドゴール学園に向かう。
今日は入学式ということだけあって新入生とその親御さんの数がすごい。学園の中は人にぶつからずには前に進めないほどにごったがえしていた。
魔法科と魔工科の教室は当然違うので、学園に入ったらサリアとはひとまず分かれなければならない。
「それじゃあ、僕は違う教室だから行くね。アリアも気を付けてね。」
「ふふっ、心配性なお兄様。大丈夫ですわ。それではまた。」
人ごみをかき分けて魔法科の教室に向かうアリアの後姿を追いながら、改めてここまで来たという感慨深い気持ちが押し寄せてくる。
あとは、アリアを護り、アリアを心から愛してくれる将来の伴侶を探すのみ。
元王族とはいえ、高望みはしない。確かな実力と誠実さがあれば十分だ。この学園でその伴侶となる相手を探し、見極める。それが叶えば、晴れて僕の役割は完了する。期限まではあと5年だ。時間は十分にある。
「さぁ、頑張ろう。これが僕の最後の使命だ。」
僕は魔工科の教室に向かって歩き出した。