夢:追憶① ~逃亡~
一人の少年が一人の少女の手を握って必死に森の中を走っていた。
「あっちに逃げたぞぉ! 絶対に逃がすなっ!」
追っ手の声が聞こえる。
クソッ! そこらじゅう敵だらけかっ!
少年は舌打ちするが、それ以上に長時間にわたり走り続けているせいか、思考がうまくまとまらない。とにかく遠くへ逃げる。それだけしか今は考えられない。
「うっ、ううっ、はぁはぁ・・・・・・ もうだめです。お兄様。私を置いて逃げてください。」
半ば手を無理やり引っ張って走らせていた女の子がたまらず悲鳴を上げる。
無理もない。二人はまだ8歳の子供なのだから。
むしろ追ってから今の今まで逃げおおせているだけでも凄いと言える。
「サリア! 頑張るんだ! 大丈夫、絶対お前を置いてなんか行かない。」
少年はサリアという妹を激励して走らせる。
どうしてこんなことに――――
少年は数時間前に他界した父と母の事を思い出していた。
◇◆◇
大小30か国が乱立する大陸の中で中進国という位置づけにあったハルバード王国。ここは様々な民族が入り混じった他民族国家で、排他的性向の国が多い大陸の中でも珍しい国だった。
”少数民族の楽園”
そう呼ばれるほど、多種多様な民族・種族がこの国で生活し、決して土地豊かな国とは言えなかったが、高い技術力に支えられて皆平和に過ごしてきた。
高い技術力とは、その多種多様な民族・種族に支えられている面が強かった。
例えば、ドワーフが鉱山経営と工業を担い、エルフが魔法を伝え、オーガが土木作業等の力作業に精を出す。猫族や犬族といった亜人種の存在も欠かせない。彼らは森で狩りをして魔獣を狩り、肉を人々に提供した。
人族はそんな彼らをまとめ、束ね、法と制度を作り、住みやすい環境を整えた。
それぞれが自分の長所を活かして社会に貢献する。それこそがハルバード王国の国是であり、国を背負う者達は様々な民族・種族に日々感謝しながら生活を送っていた。
ところが、そこに不穏な空気が流れ始めてきた。
ヤヌス教の布教と勢力拡大 である。
ヤヌス教は人族こそが最高にして他種族を従える権利と義務を持つという教義を元に、大陸においても人族が多数を支配する国々に瞬く間に広がっていった。
ハルバード王国も、宗教の自由を謳っている以上、布教活動自体を止めるわけにはいかず、黙認していたが、ハルバード王国自体、人族のほうが人工的には多数派なのである。ヤヌス教がハルバード王国の主たる宗教になるのは時間の問題であった。
次第に、宗教だけでなく政治の世界にも口を出してくるようになったヤヌス教は、なんと国政に主教や司祭を派遣するまでになり、次第に人族以外の民族・種族の排斥を強硬に訴え始めた。
当然、ハルバード国王はそれを拒否。
やがて、ヤヌス教信者の貴族勢力と手を結んだヤヌス教はクーデターを画策し、実行に移した。
◇◆◇
「クロード! お前はサリアを連れて逃げなさい! 追っ手は私が食い止める!」
「クロード・・・・・・ サリア・・・・・・ こんなことになってごめんなさいね。」
「ううっ、いやだよ! 一緒にいたいよ!」
「お父様、お母様、離れ離れなんて嫌だよ!」
クロードとサリアは二人に抱き着き泣きじゃくるが、次の瞬間、二人は父に突き落とされて城の城壁の下を流れる川に落ちた。
「許せ!二人とも!」
「がばっ? ごはっ、父上! 母上!」
クロードとサリアが無事に川に落ちたことを見届けた二人は安堵し、最愛の我が子等を見続けた。
できるだけ目に焼き付けたいと思った。
やがて国王クリフォードは妻のエリスを見る。そこに涙はない。涙など流している暇はない。一人でも多く道連れにして二人の後を追わせない。
そういう決意が現れた目だった。
それが、クロードとサリアが最後に見た二人の姿。
◇◆◇
やがて川岸にたどり着いたクロードとサリアは川沿いを走り出す。
悲しい。
辛い。
苦しい。
だが、父と母の想いは伝わっている。
二人のためにも捕まるわけにはいかない。捕まればせっかく父と母が身を挺して時間を稼いでくれた事が無駄になる。
だが、走っていくうちに出くわしたのは崖とその下に広がる大河だ。
後ろからは追っ手が迫っている。ならば方法はこれしかない。
クリードはサリアを抱きしめて川面目がけて崖を飛び出した。