視聴覚ルーム
すぅーと、おだやかなグラデーションで、闇へと落ちてゆきます。自分の視覚をうしなう錯覚によい、子らは声を上げます。それへ、びんじょうして奇声を上げる、一部の男子。手をつなぎあう女の子どうし。ひやかしまじりの悲鳴と歓声とがコダマしあう、視聴覚ルーム。いつもの、おやくそくの風景でした。
まっ暗。というより、うすいグレーといった感じでしょうか。それでもエリゼの子らにとっては、りっぱな暗闇でした。うすいグレーのまま、なにかがはじまるのを、子らはじっとまっていました。
ガクンと、ルームの光量がおちました。
「キャッ」
だれか、女の子がさけびました。グレーから一転、暗闇一歩手前へ。平素とは、ちがう事態がおきています。ヒソヒソばなしがはじまりました。
ニ三分たちました。体感的には、もっとでしょう。もういいかげん、なにかがおきないと変です。映像でも音声でも匂いでも、なんでもいいからはじまってくれるのを、子らはねがってます。一番あってしかるべき、キャッチャーの入室と説明を、子らは待ちのぞんでいました。けれど、なんの音沙汰もありません。なんだか、空調の調子もわるいみたい。ヒソヒソが、ザワザワにかわっていきました。
暗転。ギロチンのように、闇が落ちました。
「キィャッ」
「イヤー」
「ちょっとぉ、なにやってんの、んもぉー」
「ライトォ!」
「あかり、あかりぃ!」
「だれか、ドアあけて!」
「もう、いやあ!」
「ここ、マドないの?」
「ねーよ!」
「ライトつけてぇ」
「あかり」
「つけろ!」
「カンオン!」
動揺の波が一気にひろがって、泣き声と怒鳴り声がまじりあい、それへ地団駄をふむ音がくわわりました。
ルームの闇は、窮屈さと息苦しさと蒸暑さとで、充満していました。
ムズムズするソル。今すぐフロアに大の字になって、体をこすりつけたい衝動に駆られます。モゾモゾ体をうごかしていると、なにかにぶつかりました。バームクーヘンのように、層になった弾力のある壁、その間へ半身がのみこまれ、埋没しそうになりました。ちなみにカンオンは、どんな状況下でも、カンオンどうしはもちろん、人や宿主には、あたりませんでした。
歯を食いしばり、コブシをにぎりしめ、気をまぎらわすために、空想に没頭しつづけるソル。彼は今、外にいます。新鮮な空気と、燦燦とふりそそぐ、エドワード・ホッパー(20世紀のアメリカの画家)のような外光。その屋外の明るい画は、カンオンで見たか、まさに、ここで疑似体験したシミュラークル(合わせ鏡の合成物)でした。
よぎるフィトンチッド(樹木の香り成分)の香しさ。ふくらはぎを撫でる、柔和な草のうぶ毛。ドローン視点の上昇と共に、眼下にひろがる緑の海原。だれもいない野点のように、ポツンと一点、目につく赤い三角屋根のバンガロー小屋 。
眼の前にあるはずの、腕も見えない暗黒。ルームの中は騒擾としていました。キャッチャーもコーディネーターもおらず、モニターチェックしているはずのコモンさえ、かけつけるようすがありません。このときシュザンヌは、すでにエリゼを後にし、べつのアルバイトにいっていました。
無人化設備である視聴覚ルームでは、人によるミスがおこらない前提のため、キャッチャーおよび、コーディネーターは配置されていませんでした。エリゼをとわずクララン市では、カンオンに「確率的信頼」をよせていました。むしろ市民が警戒するのは、統計的に事故確立の多い、人為の方でした。「かりに不完全であっても、より確かなものを選ぶ」という次善の成熟と「最終判断は、自分たちで下さない」という謙虚な聡明さを、市民らは自負していました。
人災の回避、ムダ使いのカットによる経費削減、そして仕事の効率化の三セットが、空気として、市是になっていました。
騒音、不快感 、嫌悪感、拒絶感の坩堝と化した、視聴覚ルーム。まわりの空気に気圧されて、ソルの頭の自動再生にも、変化があらわれます。
ただよう、カメムシや傷んだ胡瓜のような、青臭い臭い。あたりを覆う、棘のあるカナムグラの絨毯。踏み入れた脛に、うっすら滲んだ、小粒の血玉。鳥の足に似た葉っぱの、ヤブカラシの株立ち。そこかしこに、ヒメジョオンの白い小花。川辺に一本生えた、ニセアカシアの木。クズの蔓が絡まるその下で、彼は一人。
あまく焦げたような赤黒い臭いが、鼻にこびりつく。異臭の出どころを探れば、草叢に黒い襤褸切れの塊。なかば干からびた内臓のないカラスが、90度に嘴をあけていた。
煩ささ、窮屈さ、ムッとする人いきれ。彼は目を瞑って、情報の遮断を試みていましたが、もはや電池切れをおこし、映像が途絶しました。
ルーム全体のヴィジョンをつくりだす、カンオンの連携の縛りが解けたのでしょうか。だれかのカンオンが、うすぼんやり点りました。
だんだん輝きをましてゆき、明確な形を捉えました。子らはピタリと、しずかになりました。
翻訳ニュース、安く買われた東亜のドラマ、健康サプリメント、バラエティじたての通販番組などを立てつづけに映しだし、アニメの再放送で止まりました。
なんとか制作委員会によってつくられた、円盤販売目的の深夜アニメ。おびただしい数の少女たちが登場する「魔法ロボ 微少女戦隊ラブリー・ヴィクトリー(花園学園編)」が、アイドルグループのバブルガム・ポップなオープニング曲ではじまりました。
「ふぇーちこく、ちこくぅぅ」
パンをくわえながら走りだす、ふだんはさえないドジっ子、元気だけがとりえの勝利翔子《かつとし、しょうこ》が主人公のおはなし。
ひとたび彼女が愛の怒りに目ざめるとき、萌え立つ赤いオーラ、わきたつ無限の愛の力、はじまる第一段階のメタモルフォーゼ。ハギレとなってとびちる服、あらわな胸を腕ブラでかくしながら、ピッチピチ、エレメンタルスーツを身にまとう。――ハミケツパンツより短い丈のスカート、えんび服のように、のびたセーラーカラーの原色のセーラー服。フィギュア化されたその容姿は、ほとんど裸の上に、服をペイントしただけに見えました。デカい乳はマザコンを、デカい目とあまったるい声はロリコンを、出産不能の石女のくびれた腰は、リリコンの娼婦欲求を、わがまま贅沢にみたしていました。
さだめられし純潔の乙女たちが、いのりの唱歌をささげる時、あらわれる巨大 メタル・ドレス(ロボットの総称)「ニーケー」(主人公機、今や乗り換え三機目)。
少女たちは、それぞれのメタル・ドレスにコンセプション(搭乗)する。ウーム(コクピットのよび名)の中で、シールドケーブルが蛸の触手のごとくからみつく。 なぜか、やぶれた服で身悶え斗う少女たち。いつもギリギリのピンチで、服もピンチ!
キャラの顔、顔、顔。分割された画面を埋める、スタジオ・サンセット起源の手法。カラフルなナカマの気もちが一つになって、まばゆい七色のオーラでつながる機体。つぎつぎ148体のメタル・ドレスが合体する、いつもの板金サーカス。画面二分割のロボとヒロイン、ビシッとキメポーズで「ヴィクトリア、ニーケー」が出現した。
手ごわい強敵なす術なく、すべてを出しつくし、ナカマは満身創痍(キズは線だけで表現)で、戦意喪失。
目の前のあなた(敵とはいわない、頃すというかわりに、たおすという)は、自分の心の闇へと、ヒロインを引きずりこむ。あなたの記憶にのまれ、彼女は暗黒面をさまう。つらい記憶を追体験し、ゆらぎブレまくる主人公。
じつは本当のとりえは強さではなく、他人の気もちを誰よりもわかってあげられる「やさしさ」だった主人公。顔面の半分をしめる、大きな黒目が白くなる。うずまきの中心のように、他人をまきこむ魅力をもつが、じつはだれより感化されやすかった彼女。まっ黒にぬりつぶされた彼女の体と、逝きかかった彼女の魂魄。すんでのところで、したしい人の声が聞こえる。黒一色のダークな世界が、自身のなつかしい子○○時代の記憶と入れかわる。ブランコでぼっちの小さい彼女に、一人だけ声をかけてくれた、小さいあなた。二人でジャングルジムをまわし、たわむれあそぶ。やがて、なつかしいナカマたちの声が聞こえ、輪にもどろうとするも、のこされるのは小さきあなた、ただ独り。うつむくあなたに手をさし出すわたし。
「ほら、みんながまっているよ。あなたもう一人じゃない」
クスっ、とわらう主人公。
その笑みにのみこまれ、みもだえるあなた。
閉ざされた世界がはじけ、ひきもどされる二人。
とうとう、われに立ちかえった、われらのヒロイン!
おろかさ――ピュアネス、イノセンス、正しさ、主人公たる資格――を標榜するヒロインと、高齢者から若返ったすがたの敵、そしてナカマたちとの件。
「わたしは、あなたとはちがう」
「わたしは、ナカマをすてられない」
「私はあなたのようには、ならないわ」
「大事なものをすててまで、手に入れる強さなんていらない!」
「あきらめがわるいのだけが、私のとりえなの」
ホントの強さってなに? ホントウの強さとは「やさしさ」「やさしさ」とは強さ。じゃあどうしたら「やさしく」=「強く」なれるの?
「ミンナがいたから、私はここまで来れた(強くなれた)!」
力つきていたはずの少女たちが、フラフラ立ち上がる(イメージ)。
「あなただけには、負けられないわ!」
斗った、さいしょの敵であり、今やライバルけん親友。
「自分だけ、いいとこ持ってくんじゃないわよ!」
金髪セミロング、主人公より人気キャラ。親友ポジ2。
「ブワヵは死んでも、なおらないわね」
赤毛ショート。前期の主人公機後継者。親友ポジ1。
「やれやれ、ここまで来たら一蓮托生。さいごまでつきあうわ」
紫のロングヘアー、イベント時にのみ参加。キョリのあるキャラ。
「まったく、どいつもこいつも、もの好きなんだから」
かたをすくめ、りょう手をひらくポーズ。ミドリ髪の迷彩服。じみっ子キャラ。友だちポジ2。
「そういうあんたもね」
ウィンクするショートカット、アタマにゴーグル。とうしょ男の子とまちがわれた。けっこう人気》。友だちポジ1。
「ミンナ!」
ウルウルじゅるじゅるの、ヒロイン。じつは人気にとぼしい。
「キッタナイわね」
「泣くんじゃないわよ、ブワヵ」
親友ポジ1
アイコンタクト、以心伝心。
「もうなにも、まよわない」
することはきまった。
うしないかけていた光をとりもどし、ふたたびミンナのココロが一つとなった。さあ、いよいよモノガタリは佳境へ、というパターンをなんどもくりかえす、gdgdの引きのばしの連続。
すったもんだ二転三転四転と、ラスボス候補交代をへて、ようやくこれでさいごと思ったら、ポッと出の女のラスボス登場。古参のファンの、神経を逆なでする。
で、なんとか最終章。
ミンナを一方通行の設計主義(人間の理性を過信して、理想を打ち立てた思想)の未来からすくうため、なーんか色々あったみたいだけど、とにかくしんじる気もちがカギとなり、さいごの封印は、今ようやくときはなたれるのだ!
いきおいづく挿入歌(ヒロインの声優の曲)。はだかのシルエットのヒロイン。メタモルフォーゼの最終段階がはじまる。
体育座りのまるまった繭のポーズから、むねをはったエビぞりポーズへ。キラーンと、ネイルとペディキュアがきらめく。しぼんでたたまれた羽から、ピンッとはりつめた、かがやく白い羽へ。純白のながいドレスのオーラを身にまとい、アタマにティアラをいただく。花吹雪がまい、教会のチャペルがなりひびいた。
「カランコロン、カランコロン、カランコロン……」
ロボットのせなかにも、アンジェリークな白いツバサがのびてゆく、8本全部がひらききると、マスクの口が「パカッ」とあき「シューーーーーッ」と、いきおいよく空気をふきだす。にぃーと、むきだしの歯ぐきとキバをみせつけ、ダラダラよだれをたらし、ヒザをガクガク、ボディーこわばらせ、ガチャガチャ、カギヅメをかきならすと。
「ガォォォォォォォーーーーーーーーーーン」
研いだように鋭い二日月にむかって、怒髪天をつく咆哮を上げた。
まんをじして、最終形態「ウルティメット、ヴィクトリア、ニーケーΩ」となった。
ミンナのねがいをムネにたたえ、ちっちゃな二つのおムネは、もうはちきれそう。
「ドキドキドッキン、ドキドキドッキン」むねをかた手でおさえ、みもだえるヒロイン。もう、は~との限界値!
ルナスティック――羽つき棒で先端はハート型。ワンクールごとにグレードアップしてアイテムが代わる――にたくす、この愛のエナジー。あなたのコドクにとどけとばかり、ときはなつピンクの閃光。
「美少女デモクラティック、ハイパーエスカレェーション!(元気玉と同義、民主主義マンセー)」
ホワイト・アウト。
斗いは、おわった。きのうの敵は今日の友。また一人トモダチふえたよ(は~とマーク挿入)。美少女戦士149人目のナカマが、ミンナの前でモジモジしている。
エピローグ。ナカマたちの不完全だけどたしかな日常が、たんたんと描かれる。さんざんパワーインフレしまくった後、フツーが勝利をおさめたのだった。
To be continued.
作品の内容とむかんけいな、エンディングのタイアップのエンディング。紅一点のボーカルのバンド、ヴィジュアル系バンド、もしくは、年増の声優による熱唱。
CMに切りかわり音量アップ。二時間ドラマの常連だった役者による、健康ニンニクエキスのコマーシャル。
子らはさっきまでの動揺をわすれ、ぽけーと、さいごまで見ていました。
「ぽふっ」
紙風船をわったような、破裂音がしました。
ぷ~んと、異臭が、ただよいます。
すうーと、明かりがもどりました。
「ヒィヤァ!」
女子のカナキリ声。
「ざわざわざわ」
「なにしてんだよ」
「なにしてくれちゃってるワケ」
「キャッチャーか、コーディネーターよべよ!」
「おまえが、よべよ!」
「おまえが、よべよ!」
「いや、おまえが、よべよ!」
「おまえがな!」
「おまえがな!」
「だまれ!」
「いっつ、ショータイム!」
「ひゅぅー」
「おまえがな!」
「おまえがな!」
「おまえがな!」
「おまえがな!」
「おまえがな!」
「おい、ホントにだまれよ」
「おまえがな!」
「カッコつけんなよ」
「おまえがな!」
「なんで大人は、いつもこういうとき、いないんだよ!」
「子どもが、なんかいってるぞ」
「子どもは、おまえの方だろが!」
「おまえがな!」
「おまえがな!」
「おまえがな!
「あー、うるさい!」
「おまえがな!」
「もりあがって、まいりました!」
「どよどよどよどよどよどよどよどよどよどよどよどよどよどよどよどよどよどよどよどよどよどよどよどよどよどよどよどよどよ」
人が引いてポッカリできた空間に、男の子が一人たおれていました。全身を硬直させ、固まっています。彼をのせたエアバッグの空気が「ぷすぅー」と、じょじょにぬけていきました。しばらくすると、男の子の硬直が解けたのか、こんどはリズミカルに、手足を屈伸・伸展させはじめました。
あたりの空気は、ラベンダーの香りと異臭とがまじり合い、混沌としていました。