探索 1 アルトゥとイェレミー
ホルスは、こまっていました。ホルスはおいつめられていました。
「あれあれあれあれあれぇー」
アルトゥ。
「あれあれあれあれあれぇー」
イェレミー。
「いいのかな、いいのかなぁ?」
アルトゥ。
「いいのかな、いいのかなぁ?」
イェレミー。
「もってんでしょ? もってんでしょ?」
アルトゥ。
「もってんでしょ? もってんでしょ?」
イェレミー。
「なーに、かくしてんのさ、バレバレですけど?」
アルトゥ。
「それさ、いいと思ってんの?」
イェレミー。
ホルスは服の下に入れたりょう手を、どうしようか、まよっていました。
「さむいだけ、カンケイないじゃん」
モゾモゾするホルス。
「手を入れてるだけにしては、ずいぶん、おなかがふくれてますよ?」
あくまで、れいせつをうしなわない、アルトゥ。
「きみにはカンケイなくても、その下のモノにはカンケイあるの」
わらいをこらえながらのイェレミー。
「なんだって、カンケイないだろ」
みずからの不運を呪う、ホルス。
「アレ、みとめちゃうの、もってんの?」
くだけたちょうしの、アルトゥ。
「うん、みとめちゃったね」
えがおで反対側にまわって、道をふさぐ、イェレミー。
二人は終始、たのしそう。
ホルスは、ハラがたっていました。いいようもなく。でも、どうすることもできません。とにかく今、自分がアタマにきているのだけは、たしかなんです。
「それは、きみのものかな?」
アルトゥ。
「だれのものかな?」
イェレミー。
「おまえらのものじゃないさ」
「ぷっ」
文字どおり口にだし、わらいを頃して顔をみあわせる二人。
「いうねえ」
イェレミー。
「きゅうに、おりこうさんに、なったのかな?」
アルトゥ。
ホルスのなかの審級が一つとびました。彼のタガがハズレやすくなったのです。
もうなぐっても、よくね? でもけっきょく、そう思っただけ。それをわかってて、やってます、この二人。まだまだ、ぜんぜん、ダイジョーブって。
「それ、野生って、しってるかな?」
アルトゥ。
「じぶんかってなことしてると、タイーホされるぞ」
イェレミー。
「おいおい、いきなりかよ!」
アルトゥ。
「それは君のもんじゃないの、だれのもんでもないの、それは野生なの、やたらと拾っちゃイケナノ、かってに飼っちゃダメナノ、キチンと届け出なくちゃイケナイノ、そうしないと《《みんな》》にメーワクがかかるの、わかる?」
いっきにたたみこむ、アルトゥ。
「なーんにも、しらないくせに!」
ちょうしを合わせる、イェレミー。
「おいおい、しらないっていうなよ」
アルトゥは目くばせして、イェレミーをヒジでこづきます。
「ヤセーて?」
「ブゥー」
こんどは、すなおに大爆笑する二人。
「うわ、でたよ、マジだよ」
「しらないって、そりゃまあ、しらないよね」
二人でわらって、こづきあっています。
ホルスは、りょう手をおなかにいれっぱなしなのをわすれて、ちゅうぶらりんになった怒りと、いごこちのわるさに、さいなまれていました。
スモウ川のスーパー堤防の上に、白い花びらが散乱していました。ソルは花粉症用の大きなマスクとゴーグルに、それにうすでの白い手袋をはめ、手ぶらで歩いていました。カンオンがナビをするので、迷子を心配したことがありません。
川の見はらしがよくなりました。左右の樹木のカベが消え、かわって右がわに高いフェンスがそびえ立ちました。フェンスごしに、こんもりとした、サクラのこずえが見下ろせます。このあたりから、まだ区画整理が行われていない、基本計画地区に入りました。とりのこされた木々が、凹んだコンクリートに囲われ、開けた左がわでは、間のびするほど、ゆるやかなスロープがひろがっています。その緑のはてに、スモウ川の水面が輝いていました。
この間まで、彼は歩くのがキライでした。体をうごかすことがキライでした。最近の彼は、どこかせわしないです。休日となると日課みたいに、どこかをほっつき歩いていました。
まえの方で三人の男の子が、かたまっています。うち二人は、ソルのみおぼえのある、エリゼの子たちでした。彼は外で、しっている人とあうのがイヤでした。でもここで、踵をかえすことができません。とっさに決められない彼は、足どり重く、ずるずるとちかづいてゆきました。
一人より、他人といっしょは、自分が「いる」のをウキボリにします。「いる」は、彼を不安にさせます。不安とは、生の先どりです。未来に比重のかかったあり方です。今の彼は、ただ「ある」だけで、手いっぱいなのかもしれません。
だれも見ていません。彼一人です。監視しているものは、だれもいないはずです。今すべきは――しても、しなくても、どっちでもいいことですが――ただの方向転換でした。
「おやおやおや」
「おやおやおや」
「いやぁねぇ、ヘンなのがきたぞ」
「いやぁ、これは、めずらしい」
ヘラヘラ顔の二人。
「なかがいいんだな、あいかわらず」
ソルは知的洞察だけはできるので、二人の機先を制します。さいわい相手の小者臭をみてとり、心ここにあらずの、ういた感じはしませんでした。
「おや、おや」
杉下右京ふう(ドラマ相棒)でかえす、アルトゥ。
「いや、子のこがさぁ」
いいよるイェレミー。
「――しらないっていうからね」
ソルはしらない子のおなかのあたりに、目をうばわれます。モゾモゾ、シャツから白いモノがハミでていました。
アルトゥとイェレミーは、ソルと同じ色ちがいの服を着ています。ぱっと見、エリゼの子らの服は、かるく感じます。その素材のキメのこまかさは、まるでセンイを用いていないようでした。まぢかで見ても、糸を判別できません。それにくらべると、ホルスの服はどこかヤボッたく、カセンのウネが見えてケバだち、しめって重たく感じました。
エリゼの子らの服は新品のようでした。経年劣化がなく、よごれ一つみられません。そもそもエリゼでは、おなじ服を着つづけることが、できなかったのです。個の生理のレベルから、親の意向、社会的な条例、経済的な諸事情にいたるまで。
ホルスの方は、ふつうにこなれて見えました。そばで見くらべないと、気づかないかもしれませんが。それよりも、ホルスにはもっと大きなちがいがありました。
「もうメンドクサイからさー、だせよ」
「いやさ、この子がさ、もってんだよ、アレを」
アレアレと、かた方が、ホルスのおなかをさしました。
もともと他人にきょうみのないソルは、どっちがどっちかわからず、名前もウロおぼえでした。
「ムキョカ、なんだぜ」
「この子、カンオンがないから、しらないのさ」
「あ~あ、いっちゃった、サベツだぜ」
ひたいに手をあてて、アルトゥがいいました。
「キャベツ、キャベツウウ~」
そういわれて、やっとモヤモヤがハレました。たしかに、この子のまわりにはカンオンがいません。
「こいつらみんな、自由が好きなのさ」
「ピー、あぶなーい」
立てた人さし指を口にあてます。
いくら世間に疎いソルでも、それぐらいは知っていました。ホルスは自由民の子なのです。依存民ともいわれますが、それは不適切な表現でした。彼らはソルたち自立民とちがって、カンオンをもっていませんでした。
「どんだけジユーが好きで、ジョウホーがキライでも、《《みんな》》のメイワクになるっていうのが、わからないの?」
ホルスはただ、だまっています。
「キタナイな、野生のものなんかを、服にいれっぱなしにして」
「もう、ぼくらのカンオンが見てしまったからね、おあいにくさま」
「それは君のものにはならないよ、手おくれさ」
「どういうこと?」
ホルスから、なかば鳥は出てしまっていました。ソルの目はクギづけでした。そのまばゆい白い羽に。
「すぐに大人たちがやってくるのさ、そいつをとりにね、鳥だけに!」
「うわっ、こいつ、マジツマンネ~」
ケラケラわらう二人。
「フン、だれが来んのさ?」
「鳥、はっけん、だれ、くる、コーキョー、あんない」
ホルスを見たまま、やつぎばやにイェレミーがいいました。
現在、カンオンは対人にかぎっていうと、音声パターン、脈の振動、息のスペクトルによる分光分析、体表面温度等を、人間の五感以上のセンサーを駆使し処理しています。それらにもとづき、各自の行動パターン分析、防犯映像解析、動作測予測分析などを合わせ、情報行動科学的解釈により、未来予測を立てていました。人の一歩まえをゆくかのごときその働きから、カンオンは「心のつえ」とよばれていました。
それらすべてのビックデータを相互に鑑み、光のはやさで判断を下すと、イェレミーのおもわくが、空中に反映されました。
「ピンポンパンポ~ン」
首に黄色いスカーフをまいた、おねえさんがあらわれました。おなかに手をあて、深々《ふかぶか》とおじぎをします。市役所の、動物愛護課のあんないが、はじまりました。
おねえさんの左右では、ダイエット食品、ミネラルウオーター、ヒーローフィギュア、四人であそぶ格闘モンスターゲーム、ちょっとエッチなマンガ、添加物少な目をうたう原色のおかしと、ソフトドリンク等の画が、ぴょんぴょん、とびはねています。
映像が切りかわり、二人のキャラクターアイコンが登場しました。十代の女の子と、その半分の背丈もない、動愛護課の課長のコンビでした。二人からの提案「生物多様性の重要性の」インストリーム公共広告がはじまりました。これはスキップできない動画なので、みんなでまちます。いっせいに、みんなで直に、地ベタにしゃがみこみました。
やっとおわりました。水辺の画が、ホワイトからのフェード・インで、うかび上がってきます。「ヒトと動物たちとの共生、都会でも生きている動物たちシリーズその4。皇居の水辺、千鳥ヶ淵のおほりの水鳥たち」がはじまりました。
なかなか、ほんだいに入ってくれません。イェレミーとアルトゥが、むごんの間のわるさを、もてあましていました。
クスクスするホルス。
「いつになったら、はじまんだよ」
「しっ! だまってろよ」
いつもは冷静なアルトゥが、どなりました。
ホルスは鳥をすっかり出して、アタマをなでています。目のはしで、ソルはそれに魅入られていました。
カンオンとは、万能ではなかったのでしょうか? いいえ万能です。人間よりはるかに優秀です。ただし、自分がなにを知りたいか、しってさえいれば。
なぜかつぎは、カラス対策の映像にきりかわりました。
「……から晩秋にかけて……にミヤマカラスの大群がよく見られるのは、この場所で越冬をするためです。冬ちかくになると、彼らが大陸からやってくる理由は、つめたい気温のためではなく、冬になると減少するエサ事情からな……」
「……げんざいのカラス対策には、ハンターなどの駆除によらず、彼らの習性をよく理解した上で、それを利用するものが求められています。カラスは臭覚より視覚にすぐれ……」
「……ですから、このように出されたゴミの管理には細心の注意をはらい、さいごまできちんと収納扉の密閉を確認して……」
「ふぁー、おわった?」
あくびをするフリのホルス。
「まてよ、これだからジユーは」
にがりきって、イェレミーが答えます。
「鳥、見つける、ツーホー!」
アルトゥがどなります。
「……に飛来するハシボソカラス。四月から七月にかけての繁殖期をむかえ……さかんに…………ゴルフ場のツーホール目で見られ、ボールなどをもちさり――」
「いいよ、もう」
アルトゥが、イェレミーのカンオンをとじさせました。イェレミーは、だまったまま。カンオンが同意をくみとったのでした。
「あとで大人の人にいっとくから」
「でもどうせ、カンオンがジドーテキに、やってくれてるさ」
二人で交互に、はきすてました。
ホルスは少しつよがりつつ、
「へんっ、だ!」
そっぽをむき、いきかけました。
ソルがビクッとなって、ホルスに声をかけます。
「いいのかいキミは、このままで」
「?」
「ほら、アレだよアレ」
「アレだ、えーと、このままだと、だれかくるよ、だれか」
「まってていいの、キミは?」
「こまるよね、やっぱ」
「ちゃんとしときたいよね、やっぱ」
アタフタつづけるソル。
「……?」
とつぜんみしらぬ子に、いんねんをつけられたかっこうのホルス。
なにやってんだ、オレ? ソルは考えながらはなす、自分の行動力に、ビックリしていました。みしらぬ自由民の子の服をつかんでいるのを、頭のはしに隔離しながら。
「ほら、アレだよアレ」
「ト―ロクだよ、トーロク」
ソルは頭の中の検索で、この場をとっぱする、キーワード抽出に成功しました。
「ト―ロクってゆうのしたら、かってもいいの?」
「いや、よくわからないけど……、カンオンが……」
「カンオンが……」
ホルスを見ずに。
「カンオンが、なんとかしてくれるさ」
くるっと、むきをかえ、ホルスの服をひっぱります。
「とりあえず、むこういって、そうだんしようよ」
ソルも自分がなにをいっているのか、よくわかっていませんでした。
かるくひっぱる彼のうでに、ホルスの体重がかかっています。拒絶を確信したやさき、少しかるくなって、ホッとしました。
二人はぎこちなく、うごきはじめました。
「……」
「……」
しゃべらないアルトゥとイェレミー。二人ともだまっていました。さっきから、ソルはジャマ立てを警戒して、心の中で、からぶりをつづけていました。
慣性の法則がはたらくように、ソルをせんとうにして、じょじょに二両の電車が、スピードを上げていきます。やく二名をおきざりにして、とおざかってゆきました。