船上会議
船内の一室。一人がけソファにチェロキー。三人がけにダイとママ。大人三人だけの相談ごと。
「あのな、べつにおれだってやつらが、たかがガキ一匹、わざわざ頃すとは思っちゃいないさ。まあでも、用心にこしたことはないからな。そこで提案なんだが、トンネルを行くってのは、どうだ?」
チェロキーは、先ほど言いかけたはなしを、はじめました。
「トンネル? トンネルって、あのトンネル?」
ダイが聞きかえしました。
「そう、あの海底トンネルだ」
「行けんの? 封鎖されているんじゃないの」
「だれが車で行くって言った? 歩いてに決まってるだろ」
「歩いてって(笑)」
失笑するダイ。
「あんた、なに考えてんの?」
あきれるママ。
「なにを、そんなに驚く?」
「おどろいちゃ、いねえよ。呆れてんだよ」
半眼のダイ。
「なんで呆れる? しごくまっとうな意見だが? もちろん、行けるとこまでは、おれが車でつれていく。運が良ければ、そのまま向こうに着いちまうかもな」
「あ、そ」
鼻であしらうダイ。
「なんなら、お前のバイクでつれてくか? バリケードか土嚢で閉鎖されていても、オフロードなら乗り越えられるかもしれない。壁がビッチリ築かれていたら、徒歩でもアウトだが」
「あんたまさか、あの子一人で行かせるつもり?」
おこったように言う、ママ。
「ん? べつに、おれはそれでも構わんが、だれか行きたきゃ、一緒について行ってもいいんだぜ」
「どうせ、海の水で水浸しだ」
ダイは、なげやりに言いました。
「なら、帰ってくればいい。まさか、わたっている最中に、タイミングよく水が噴き出すとでも? (笑)」
「――わかってるだろ、海底ケーブルは通信も含めて、あの中を通ってるんだぜ。ある程度の防水機能はあるだろうが、おそらく、海面下60メートル以上の水圧と浸食に、長期間耐えうるほどのものではあるまい。それが今でも機能しているんだ。最低でも国がそれなりのメンテナンスをやっている、と考えてもおかしくないだろ? ばくだいな費用をかけて、つくったトンネルだからな」
たたみこむように、
「な、一見、無謀にみえても、そこまでのリスクはないってことさ」
「……」
むごんの二人。
「キケンよ」
「なにが危険なんだ?」
「なにがって……。だれもやったことないじゃない。保障がないじゃない」
「少しでも危ないと思ったら、引き返せばいい。なにがなんでも強行突破しろなんて、誰も言ってない」
「でも……」
言いよどむ、ママ。
「たしかに、たしかにな。リクツの上では危険は少ないかもしれない。でも、机上の計算でしかないことも、否めない」
あくまで、慎重派のダイ。
「いや、いや(笑)」
苦笑いするチェロキー。
「だから、帰ってくればいいと、なんど言わせる。あの中に魔物でも潜んでいるとでも思っているのか? かりに、水が溜まっていても引き返せばいいと、なんべん言わせるんだ?」
上体を前に出し、
「――いいか、水は龍のように襲ってこない!」
「……」
むごんのママ。
「そりゃまあ、そうだが……」
口ごもるダイ。
「どうやら、反対意見は出尽くしたな」
「早いだろ!」
「まだ決まってないわよ」
「じゃあ、今の内に対案をだせよ」
背もたれに体をあずけ、腕組してみせるチェロキー。
薄目を開けて、一通りまわりを見わたします。
「ふーっ」
と、息をもらすと、パンッと手をうちました。
「よし! 決まったな」
「よし、じゃねえよ!」
おわらせまいとする、ダイ。
「よくないのか? えーと、たとえば、どこらへんが? じゃあ対案は?」
とぼけたように。また、あたりを見わたします。
「――な、だれも答られないだろ? では、この話はこれで終しまい。後は実行あるのみ!」
「対案、対案ウルセーヨ。もっと、民主的にやれよ」
「民主的ってなんだよ? 民主主義のことか? ではダイくん、君の意見をどうぞ」
「ねーよ」
「あ、そう棄権ね。ママは?」
「あたしは……」
「意見がないのなら、このままグズグズしている方が、より安全であるという、合理的な根拠は?」
「……」
「つまり、ママも棄権ということだな」
「投票結果。おれ一票、他二票は棄権とみなし、多数決により、この案件は可決されました。パチパチ」
「もう、知らないわよ。アタシは」
「決まった体で、しゃべるなよ」
ママを、にらみました。
「いや、決まったんだよ。場外乱闘はナシ。スマートにいこうや」
ダイは、そっぽをむきました。
たしかにチェロキーが一方てきすぎる、きらいがありますが、それにしたって一番わかいダイの態度が、こうも保守的なのは、おそらく彼の過去からくる、大人への不信感が原因と思われました。「またなんか、裏がある」と勘ぐり、だまされる側の子への共感がはたらくのでした。
みずからの体験と、ソルをすかして見る弟のすがた、もしかしたらそこには、罪ほろぼしの意味合いも、ちょっぴり含まれていたのかもしれませんね。
なにより、ダイも他人のことはいえませんが、彼ら全員が、正体不明の「どこの馬の骨とも分からぬ輩」ばっかりであることに、ちがいありません。それゆえ、おたがいがおたがいを牽制しあうのは、とうぜんのなりゆきといえました。
チェロキーはヒジかけをつかんで、よいしょっと、立ち上がりました。
「さて、説明すると、ラインの全長は15.1キロ。その内のトンネルの長さは9.5キロだ。いいか、たった9.5キロだ」
みじかさを強調します。
「ただ歩くだけだと、大人で時速4キロだから、単純計算で15.1kmで約3.5時間だ。おれはトンネルの入り口まで行ったことがある。そこまでは車で行けるはずだから、ブリッジの距離4.4kmは分単位の誤差なので、計算にいれないことにする。よって、海上の道は、15.1-9.5-4.4=1.2km。かかる時間は、1.2(距離)÷4(速度)=0.3(時間)、これを分にすると18分。子度藻の足を考慮にいれると、25、いや28分くらいか?」
「――それにトンネルの全長分9.5kmの時間を足す。9.5(距離)÷4(速度)=2.375(時間)、トンネル通過にかかる時間は、2時間22分30秒だ。しかしアップダウンがある。海面下60メートルの下りと登り、それに子度藻の足を考慮して、う~ん、どうするかな。まあ、3時間いや4時間ぐらいにしておくか」
ダイがじりじりしています。それへ目くばせして、
「で、それへさっきのを足すと4時間28分、4時間半てとこだ。さらに余裕を持たせて1時間ほどの休憩を入れると、およそ5時間半。トンネル内をすべて歩いたとしても、朝早くに出発すれば、だいたい昼前には着けるだろう」
「つまり――」
「まだ、しゃべんのかよ!」
ダイをおさえて、
「まあ、まて。つまりだ」
「引き返さなければ日仕事、午前中いっぱいで終わるってことさ。たとえ最悪、トンネルの出口付近で引きかえすハメになっても、トンボがえりで、夕暮れまでには帰ってこられる。なんなら、一泊したっていい。それでも、翌日の午前中には御帰還できるって、寸法だ」
手でダイを制し、
「今、言ったのは、アホほど安全バイアスかけまくった結果だからな。おそらく実際は、こんなにかからんよ。以上」
手をダイにさしむけ、すわりました。
「なっげーよ」
足で床を鳴らしました。
「長々と長口上、ゴクローさん。だからなに? 机上の計算だっていってんだろ!」
「ん? その話の段階は、もう終わったが? それともなにか? お前があのガキの面倒、一生見るのか? 考え違いをするなよ。お前の立脚点の方が無責任なんだからな」
「じゃあ、むこうに着いたら、どうすんだよ」
「ハァ? 知るかボケ! そんなことをオレらが心配して、どうすんだ? むこうに着きさえしたら、後はなんとだってなるんだ。子度藻様だぞ! てめぇはそのドングリまなこで、ガキや女や重度のショーガイのホームレス見たことあるか? ないだろ? 大人がほっとく、わきゃねーだろが。ガキだって莫迦じゃねぇんだ。その辺の大人みつくろって、なんとかすらぁな。ガキのことより、てめぇの将来の心配でもしてろ、小僧!」
「身の安全は!」
怒鳴りかえすダイ。
「なんのためのカンオンだ? トンネルさえ抜ければ、後はすぐさま生体識別に引っかかって、カンオンがつくに、きまってんだろ。なんてったって、もともとカンオン持ちの、上級市民様だからな。問題なのは、それまでのカンオンフリーの空白状態だ。後のことなんか知ったことか!」
「……」
ぐうの音も出ず、ダイはだまるしかありませんでした。
チェロキーはトーンダウンして、
「まあ、いそぐこともないから、日をまたいだっていい。たいして必要なものはないが、それでも一応、準備は余裕をもってしておこう。というか、ここにあるものを減らして、持って行けばいいだけか」
ざっと、見わたし、
「そうだな、水は1リットル、ペットボトル2本だと、ちょっと重いか? 500mlを2本にするか。食料は多めに見つくろっても、せいぜい二日分だ。後いらんけど、一日分の着がえ、寒さ対策として、長ズボンとジャンパーだ。もっとちゃんとした、リュックも欲しいとこだな」
あれよあれよと決まっていく計画に、黙認せざるをえない二人。チェロキーは、ほんのり笑顔をうかべています。
「他になんかあるか? ああ、そうそう、ライトだ。カンオンがないからな。一番大事なものを忘れていた。そいつはおれの手持ちでなんとかしよう」
実質、完全なリーダー気どりで、彼は宣言します。
「いいか、このままなにもなかったら、出発は明日、未明あけてすぐだ。それまで各自、自分の分担だと思われる仕事にかかれ。以上」
まんぞくげなチェロキーをよそに、ウンザリ顔のダイと、心配性のママの顔とがありました。そんなこととは、つゆ知らず、外にいるソルは、まさに蚊帳の外でした。




