港にて
「あつまってるな。銀行屋がいなくて、つごうがいい」
開口一番、チェロキーはいいました。
「どこいってたんだよ」
「おまえと同じだよ。さがしていたのに、きまってるだろ。土砂崩れを迂回して、反対側からまわりこんでいたんだ。荷台にバイクもあったが、おろすのが面倒だっだし、おまえもいたしな」
「どうした? 子度藻を乗せないのか? やつを待っているのか?」
ダイがなにか言おうとすると、ママが腕を引っぱりました。
二人はだまりこみました。
「まあ、そんなこったろうとは、思ってたけどな」
うすら笑いをうかべる、チェロキー。
「なにがおかしい?」
「行かないんだろ?」
二人の顔色を見くらべ、
「船は出さないんだろ? 図星か」
困惑しつつ二人とも、まだ、おたがいの顔を見合わさずにいました。
「そう警戒するなよ。べつに、どうもしないぜ(笑)」
だまりこくったままの二人。
「どうするんだ? このまま、じっとしていても始まらんが」
制止するママをおさえ、ダイが口を開きました。
「なんか、いい手でもありそうな口ぶりじゃん」
「お、そだちのわりには勘がいいな」
ちょうはつてきな口ぶりのチェロキー。
「なんで今日にかぎって上から目線の、おしゃべりなんだ? その口ぶりからすると、あんたも自立民の出っぽいな」
「――もって、おいおい!」
とつぜん、大声を出すチェロキー。
「それじゃあ、ママもそうだと言わんばかりじゃないか! そんなこと、わざわざオレに教えてくれなくったっていいんだぜ、うたがわしい人間にさ。まあ、それを言ったら全員そうだが(笑)」
「え、なんで、そうなるの? 銀行屋だっているのに。そんな揚げ足とりでビビるとでも? あてずっぽうでも動揺をさそったら、めっけもんてとこか? いやだねぇ大人は。恥も外聞もなくなってさ」
怒気のこもった早口で、ダイはいいました。
「ふふん。教祖様も娑婆でもまれて、すこしは大人になったのかな?」
語気を強め、
「――いやしい依存民のガキのクセに」
あきらかにムッとするダイ。
「あいつが一度でも、自分の口からそんなこと言ったことあったか? だれも自分の過去なんて、話しゃしないのに。それに言ったところで、ウソかもしれないじゃないか。おまえは信じるのか? 信じられるのか? おまえのお頭はお花畑か? いったいこの中で、信用するに足る御仁なんているのか?」
「なんだよ、ごじんって。死語か?」
「さすが教養のある依存民はちがうな。スタンダードなコトバだが? そうかあれか、おまえらの世代だと、よゆう教育のシッポか。かわいそうに、生まれと育ちと共有のトリプルパンチだな」
声にだして、せせら笑うチェロキー。
「教育って、なんだよ」
負けじと失笑してみせるダイ。
「わざと言ったんだよ。なにが共有だ、くだらんゴマカシだ。わかれよ、よゆう(笑)」
「そっちこそ。いつの時代の人だよって言ってんだよ、おっさん(笑)」
「好景気のエランを知っているか、この、生まれたときから万年デフレの、しなびたうらなりの続編世代が。浅く広く金儲けってか。文化がテクノロジーのように時間とともに加算されて、日進月歩で進歩するとでも思っているのか? さすが退化した、よゆう世代は違うな。(笑)」
「生まれた時からって、――だったら、おれらに責任ないじゃん。むしろアンタら前の――」
ダイはとちゅうで、だまってしまいました。彼は、みょうに今日にかぎって、チェロキーが煽ってくることに気づきました。
「なんだ、きゅうに無口になったな」
「ま、いいか。そういうことにしとくか」
チェロキーは肩をすくめました。
「なんだよ、それ」
と、ダイ。
もとはと言えば、ソルによって引きおこされた騒動なのに、まるっきり、かやの外でした。彼はわれとわが身をもてあまし、大人たちの口げんかの行く末を、みまもっているしかありませんでした。
「ちょっとぉ、ケンカは終わったの? はやく本題に入りましょうよ」
小康状態に入り、やっとママは、口をはさむことができました。
チェロキーはあくびして、
「なんだったかな……ああ、そうそう。ガキのことか。で、どうするんだ? なにか良い対案でもあるのかな?」
「それより、あんたなんか、さっき言いかけたろ、そっちを先にしろよ」
トゲトゲしく、ダイが言いかえしました。
チェロキーにしろダイにしろ、だれにしたって同じことですが、ここでの「個人」に踏みこんだコミュニケーションは、好むと好まざるとにかかわらず、こうならざるをえませんでした。
ちょっと、ほほえんでから、チェロキーは言いました。
「この船はつかえないんだろ?」
ダイがなにか言いかけると、「まあ、まあ」と手で抑えるしぐさをして、
「べつにおれは、こんなガキどうなっても構わんが、なんにしたって、やっかいごとに巻き込まれるのはゴメンだ。それは、おまえらも一緒だろ?」
間をおき、
「そこでだ、一つ提案があるんだが――」
「おい!」
ダイが割って入りました。
「なんだ!」
怒声のチェロキー。
「うしろ」
ヘイタンな声で、ダイがアゴをつき出しました。
チェロキーがふりかえると、紺色のジムニーが、彼のジープの後ろにつけるところでした。
「チッ、見ろ! お前らがモタモタしているからだ」
「知らんよ!」
「とりあえず、ガキを船に入れろ。まだ見られていなと分かったら、しらばっくれろ、いいな!」
銀行屋が腕でバッテンをつくり走ってきます。
「出すな! 出すな! おーい出すな! まだ出すなよ! 船は出すな!」
息せき切らして走って来た銀行屋を、ダイとチェロキーの二人でむかえました。
「よかった。とにかく、このままにしておいてくれ。あの子がきても、しばらくは中止だ。計画は保留のままだ」
ダラダラ汗をたらしながらしゃべり、ぐっと、息をのみました。
「いいな、中止だ! 中止! とにかく、まだ船は動かさないでくれ!」
一気に言い終えると、銀行屋は、われにかえりました。
「なんでおまえら、ここにいる! 子度藻はどうした?!」
ダイとチェロキーは二人して、肩をすくめました。
「なにやってるんだ、聞いているのか!」
「聞いているよ」
他人ごとのようなダイ。
銀行屋は車から走ってくる間、船が動きだすことに気が気ではなく、人など見ていませんでした。
「お前も、なんでここにいる!」
こんどはチェロキーにむかって、どなりました。
「うるさいよ。なんかやらかして、年下の女の上司にでも、大目玉食らったか? 昼間っから酒くせえな。目ぇ血走ってんぞ、おい(笑)」
チェロキーは冷静さを失わせようと、銀行屋を煽りにかかりました。
銀行屋はジロリと、チェロキーを見すえました。口からツンとするあまい息がもれ、目は赤く、すわっていました。まともな人間なら、あいてにしたくない状況です。
「なんだとう、おい! なんでお前まで、ここにいるんだ! こんなとこで油売ってるヒマがあったら――」
ピタッと止まりました。
「おまえらが、ここにいるってことは」
銀行屋は走りだし、タラップに手をかけました。
「おい、どこへいくんだ!」
二人の顔色が変わり、ダイが怒鳴りました。
「べつに~」
ニヤニヤしながら階段を上がっていきます。
どん、とぶつかって、見上げました。
「なにやってんのアンタ! 酒クサイわよ! なに昼間っから飲んでんの!」
「どけよ!」
「まだ、準備すんでないわよ!」
「いいから、どけ!」
「ちょ、ちょっとぉ」
ママを強引におしのけ上がると、乱暴にドアを開けました。
ガランとした船内。ダンボールが片側の壁際に、山とつまれていました。
闖入者のように、あっちこっち、引っかきまわします。ふとんを上げ、ベッドの下をのぞきこみ、シーツを引っぺがし、イスをたおして机の下をのぞきこみ、くくりつけの棚の小さな抽斗から、冷蔵庫の野菜室のトビラまで、開くものはぜんぶ開けて調べました。
「ふーふー」と荒い鼻息で、たちまち、船内に酒気が充満しました。ダンボールの山をくずすと、ガムテープもはがさず、つぎつぎ上面を破って開けてゆきます。
「ちょっとぉ、荒っぽいことしないでよ!」
やっとそこに気づいたのか、ステンレス鋼のハッチを開け機関室にもぐりこみ、しばらくの間、モグラのように這いまわっていました。
「お~い。なにやってんだ(笑)」
上からダイが、よびかけました。
「うわっ、くっせぇ。あんたの息で充満してるよ」
首を引っこめました。
ややあって、おじさんは、ばつがわるそうに出てきました。
「水を一本くれ」
「備蓄よ」
「いいから。どうせあんたのことだ、腐るほど持ってきたんだろ」
そういって、ダンボールから水をとりだし、ごくごく飲みはじめました。
「ふん、いいさ。むしろ、いない方が――」
といったきり、空になるまで飲みつづけました。
ふーっと、一息つくと、ダイにむきなおりました。
「で、なんで、お前はここにいるんだ?」
「なんでって――」
答を用意しておくのを、ダイはすっかり忘れていました。ドギマギしつつ、
「イヤ、そっちこそ、なんで連絡をよこさないんだ? あてずっぽうに捜したって、そんなカンタンに見つかるわけないだろ」
逆キレぎみにいいました。
「だからって、なんでここにいるんだ?」
毒気がぬけたように、冷静になった銀行屋。
「あんたんとこに行く、より道だよ。二人とも」
チェロキーが、たすけ舟をだしました。
「なんだよ部下かよ。オレはあんたの僕かよ。こっちは善意で参加してんだぜ。あんたらとは、事情がちがうんだ。いやならやめようか?」
「お前は?」
ふりかえって、チェロキーにたずねました。
「だから、さっき言ったろ。オレの話はムシかい(笑)」
銀行屋はダイをにらむと、視線をチェロキーにもどしました。
「大荒れだな」
チェロキーは、ほほえみました。
うすい棚のでっぱった台に、あさく腰かけ、びどうだにしない銀行屋。不気味なほど落ち着いた彼は、まっすぐ、チェロキーを見かえしています。
ごうをにやしたチェロキーは、少し声をあらげ言いました。
「おまえは何だ? 何様だ? ――いや、よそう。ヨッパライと議論しても、はじまらないからな。それより、ガキはどこにいるんだ? お前が指示する役目だろう? 頭のお前がよっぱらっていたら、手足のおれらは埒が明かないんだが?」
銀行屋は大きく長い息を吐きだすと、空を見上げました。
「想定外のトラブルがおきたんだよ。今は、あの子の居場所は分からない」
間をおき――
「な~に、食うもんなくなって、腹がへったら、そのうち帰ってくるさ。そっちは気長にまてばいい……」
「そっち?」
よけいなことは言うなと、銀行屋の背中ごしで、ダイに目くばせするチェロキー。
「とにかく、子度藻のことはもういい。もう解散してくれ。ごくろうだったな」
力なく立ち上がると、おじさんは引き上げていきました。
「もう、いいわよ」
ママは海をのぞきこんで、いいました。
「あら、いないわ」
「だいじょうぶかよ、溺れたんじゃぁ――」
ダイがいうと、
「泳げるって、いったのに!」
キョロキョロする、ママ。
「あ、あんなとこぉ!」
ソルは、こちらにむかって、歩いてきました。彼は小さな船着場に、くくりつけられたタイヤを足がかりに、なんとか自力ではい上がったのでした。エリゼの必須共有で、着衣水泳をやらされたおかげでした。
「ホーッ、ホホ」
口もとに手をあて、
「アタシがもと男でよかったわね。水音立てないように、はいつくばって片手で海に落としたのよ」
「さすが、ゴリラなみの腕力」
「ちょっとぉ、よけいなこと言わないでよ。ここは褒めときゃいいの」




