島の中心部へ
ソルは港内にむかって歩き出しました。にもつは背負っていましたが、それほど重くは感じられませんでした。でも、あの海にむかって黒い鳥をなげた時みたいに、晴れやかな気ぶんには、なれませんでした。彼は「もともと自由だったんだ」と思う自由くらいは、手に入れたつもりになっていましたが、それも、ずいぶん昔のことのように思われました。
ほんとうは、フツフツ心配事が、とめどなくわいていました。でも、今はなんの役にも立たないので、あえて無視します。アニメやゲームの、ガラクタイメージで頭をいっぱいにして、恐れや不安に追いつかれないようにしていました。
「ゴチャゴチャうるさいよ、おまえは」
一人ごとをいって、キュッキュッと足をならし歩きました。
ふわっと黒い影が、肩口を横切りました。
蛾!?
思わずのけぞり立ち止ます。カンオンでした。
とうぜん船にのこっていると思っていたので、彼はビックリ。
「なんでいんだよ?」
困惑します。あきらかに優先順位がおかしいと、うろたえました。
もしかして、オレの方がキケンってこと?
「やばいな……」
よい、という意味ではありません。
それともあれか。まだ他のがうごいているとか?
さまざま可能性をめぐらしてみても、わかるワケありません。
今さら、どうにもならんし。う~ん……。どうすんの、コレ?
カンオンにむき直ります。
「今から、船にもどれるか?」
無反応。
まあ、そうだよな……。
おいつけたとしても、ほとんどエネルギーを使いはたした後でしょう。最悪、とちゅう落水も考えられます。聡明なカンオンが、そんな判断をするとは思えません。
「まあ、どうせクラランまで一直線だしな。だいじょーぶだろ」
と、反笑い。失敗の予感が影をさします。
気をとり直し、歩き出しました。
「な、けっきょく、こうなるだろ」
ゆがんだ笑みを、うかべてみせました。
一つだけ灯った、細い電柱の下につきました。コッコッと街灯から、かすかな音。ユスリカが一匹、ついたり、はなれたりしています。黄ばんだ蛍光灯カバーの底に、わずかに黒いツブがたまっていました。しばらくその下で、たたずんでいました。
さあ、いよいよ夜の街へ入っていきます。とうぜんカンオンが、前方を照らしていました。侵入を前に、ソルはカンオンにはなしかけます。
「あのさ、いいんだけど。もうちょっと、はなれてくれるかな?」
「まぶしくて、まわり見えないんだけど」
「もっとさがってよ」
「もっと、もっと」
「もーっと、もーっと」
「イヤもっと!」
「そんなんじゃダメだよ、ぜんぜん」
「だからもっと、はなれろよ!」
カンオンは二メートルほど前にいました。ゲーム空間の限界域みたいに、空気のささいな段差をふみこえられず、言われるたび、カックンカックンしています。キョウレツな直進光が周囲をとばし、ホワイトアウトさせていました。その真空に、なにかの可能性が、不安要素がしのび入ろうとするのでした。
微調整に入るカンオン。前後左右の光量を微妙に変え、なんパターンかのローテーションをくりかえしています。
「なにやってんだよ。かってにやんなよ!」
じぶんでもビックリするくらい声をあらげると、うごきが止まりました。
「あーいいよもう、それで」
なげやりに言いすてました。
さっきより直進光が弱まった分、横にひろがっただけでした。前を落とすだけでよかったのに、これじゃあ、ほとんどいっしょ。ただ暗闇に目をならしたかっただけなのに、なんでいつも、こうなるのか。
「チッ、つかえねーな。あいかわらず」
わるいのはメーカーの責任回避か、タダになれた消費者のみがっての方なのか。
大通りに出ました。
道はだだっ広く、うっすら砂をかぶり閑散としています。むかしの共産圏の道路みたいに、プチ軍事パレードでも、できそうに見えました。片側背二車線の道路に潮風が吹き抜け、サァーと、砂が舞上がりました。
バタバタと、ほぐれかかった幟旗がはためいています。サビついたガソリンスタンドのホースに、ヒモのようにからまったネナシカズラの緊縛プレイ。クルクルまわる、スカスカの万国旗。ガラーンとした中古車展示場には、車一台ありません。たおれてアスファルトにへばりついたアーチ。うす黄緑色の円形台。事務所のガラスは割られ、ヒビわれたアスファルトの上には、照明のポールがのびているだけ。一転、隣接する砂利の更地には、パーツのない車がビッシリ止められていました。
色あせ古くなった建物群がならびます。太い鉄柱にのった、パチンコ店の巨大カンバン。レンガ調のサイディング外壁にかかった、ボロボロにはげた白人女の顔。鈍く黒ずんだUFO型ラブホテル。玉ねぎ擬宝珠をのせた、赤のひろばの聖ワシーリー大聖堂みたいな佇まいの、むかしは秘宝館だったドンキー・ホッティー。
でっかい鯉をくわえたホンドギツネが、ゆうぜんと通りすぎました。側溝と道路の境目から伸びた、オオアレチノギク、もしくはヒメムカシヨモギ。葛の蔓が、ななめに這いのぼって絡まり、巨人の体をなす電柱。
バサバサと頭のすぐ上で、街路樹がゆれました。人の手が届こうが届くまいが、おかまいなしに、低い梢に巣をつくったハシボソガラス。そのつがいが、子そだてにはげんでいます。
時間の浸食をうけるがまま朽ちていく人工物と、あちらこちらで盛り返す、緑の復讐劇。観客のいない演目が、無言のまま上演されているかのよう。国道は開け放たれた廃墟と化し、見わたすその景色から、人くささが漂白されています。自然が勝りはじめていました。
「で?」
「とりあえず、どうすんだ?」
カンオンというより、空気にむかって問いかけます。
「鳥よ、オレの鳥よ(笑)」
さしずめ、カワセミみたいにホバリングする、黒い鳥でしょうか。カンオンいがいノーリアクション。
「じゃあとりあえず、水でものめるとこ」
「スソ・ガウラー・シティ、北サツマ通り1209」と、マップにしめされました。カンオンが先行しつつ、後ろに地図を照射。そのままナビゲートをはじめました。後はカンオンまかせ、気ままによそ見をしながら、ブラブラ進んでゆきます。掘るための、なんの道具もないのが気がかりですが、ナップサックの中のものを埋められる、地面を物色しながら歩きます。
「まった!」
「人いる?」
青白く点滅するカンオン。ライフの可能性として、あるエリアが表示されました。
「なんだよ、かのうせいって?」
認証のない、生活反応が出ていました。ここはあるシーズンをのぞき、ほんらい無人のはず。それはローカル情報で、ソルもしってはいました。
「えー、いんのかよ……」
よろこぶべきなのに、なぜか、がっかりするソル。赤い点々《てんてん》が、ほぼ島の中心部にあつまっていました。
「う~ん」
「じゃあ、そのちかくまで」
「ちかづいたら明かりけせよ」
ふつうなら、調査目的でワザワザこんなとこに来るような人間なら、むこうにもカンオンがある可能性、大なんですけどね。
島の中心部。
ソルはアーケードに入りました。敷石調のタイルに、色とりどりの短冊が散乱しています。ぬれたことはなさそうですが、さすがに色はあせていました。天井から千切れてブラ下がった、金銀の色紙鎖。つるされた玉からのびた、たて長のヒラヒラ。つらねた提灯と折鶴。原色のはなやかな飾りが、ときおり吹くスキ間風のような微風に、サラサラ音を立てていました。
とうじの世相を反映したオブジェ人形の数々。萌え化した織姫と彦星。ピーナッツのボディとトウモロコシの背ビレの、とぼけた恐竜は、ごぞんじ、ご当地ゆるキャラ「ガーラ―」くん。七夕かざりの大半が、まだ落ちずに空中にとどまっていました。
このアーケード商店街は、さいしょから事実上シャッター街だったものが放置され、さらに時間がたったものと思われます。そのおくまった細い路地から、人の声が聞こえてきました。
「心凍らせて~、愛を凍らせて~♪」
ちかづくにつれ、それが機械で増幅された、カラオケの絶唱だとわかりました。ニューアダルトミュージックの演歌が「まさか、まだやってるの?」と思うほどの外観のお店から、とどろいてきていました。
小さい三階建てビルは、四半世紀はおろか、半世紀ごしをうたがう古さ。その一角に「ニューアンカー」と、サンセリフの書体で書かれたカンバンが、煌々《こうこう》と灯っていました。道に面してななめのドアと、お店なのになぜか窓がない奇妙なつくりで、外から中をうかがう、すべはありませんでした。
「心流されて~、愛に流されて~♪」
あきらかに大人の声が、あられもない大音量で、あたりにコダしています。ソルは恐怖心をおぼえました。彼にとってカラオケとは、防音設備のととのった大きなアミューズメント施設で、子らが遊ぶものだったからです。音はまわりにダダもれでした。
「ヤバイよ……」
色んな意味でそう思いました。
拍手の音をのこし、そこをはなれようとして、彼はドキッとしました。コンクリートの上に止められた、サビサビのママチャリのおくに、白黒のブチ猫が二ひきいました。そのさらにおくに、もう一っぴき。二ひきはたたきにベッタリねそべっていました。ペダルの下には、ヤマギシ春のパンまつりの景品みたいな白いひら皿がおかれ、それへ、なみなみと白い液体が満たされていました。皿と同化した液体の上に、小つぶの黒い虫かゴミがういていました。
ピッタリ、背中を壁にはりつけるソル。ソロソロなるべく、とおまわりして、うかいしようとします。二ひきは目をつむって、くるりと耳をまわすだけ。まぶたは重たいままでした。
さらなる中心部へ。
かつての小さな新興住宅地の中にある、小規模な流通センターに入りました。沼地を造成した住宅地で、その碁盤目の東側にオフィスビルや、工場、運送会社などがありました。モヌケノカラといった感じの家々と、ティッシュ箱みたいなビル群がならんでいました。
「消せ!」
なぜか、きゅうにハッとなっていいました。いっしゅんだけ暗闇につつまれると、すぐまた同じ光量にもどりました。
「チッ」
かつて地方銀行だったその玄関正面に、コマ犬のようなグリフィンだかドラゴンが台の上に鎮座し、あたりを監視していました。そのウラの駐車場には、一台の車が止まっていました。ところどころサビて紺色の塗装が割れた、ルーフキャリアーつきの四角くばったジムニーでした。
となりには、おなじようなクリーム色になったカーテンの下りた、特定郵便局がありました。ポスターの白いアヒルは、クチバシの黄色が消えそうなほど、色あせていました。
カンオンが銀行の駐車場はじにある、水道を照らしました。ホルスの家で見たのと、おなじタイプのハンドルがついているヤツでした。彼はダイがやったように、ハンドルをまわそうとしますが、ビクともしません。
「かってー」
なかなか、まわってくれません。手がいたくなったので、上着のスソを当てがって、つかみました。
シャーッと音がして、どこかでポンプがまわり、ぐぐぐっと水道が震えました。ホースの山がブレ、あわてて口先をたどります。バシャバシャ暗闇に音はすれども、先っぽにたどりつけません。やっと見つけると、青いホースをもち上げました。
「ブワッ、わっ」
山なりの弧に対し近すぎ、首まわりから胸にかけて、ビショビショになりました。どうせすぐ、かわきますが。
船からペットボトルもってくりゃ、よかったな。と思っていたやさきでした。
「おい、なにやってんだ」
心臓が口から出そうになってふりむくと、まぶしい光のむこうに、かくれた人影がありました。
「まぶしいよ」
ふるえる足と早鐘の《どうき》。血の気がうせているのに、なぜか冷静な口調でこたえるソル。
手の中の懐中電灯が下をむくと、そこには、おじいさん立っていました。ふつうの30代か40代のおじさんでしたが、ヒゲを生やしているせいで、ソルの目には、そう見えるのでした。
もうこうなったら、開きなおるしかありません。こまった人モード、彼は遭難者を演じようとします。というか、はなから遭難者なんですが。




