祭りの当日
「パンッ」
「ダン!」「ダン!」「ダン!」
「パンッ」
「ダン!」「ダン!」「ダン!」
「パンッ」
「ダン!」「ダン!」「ダン!」
三雷の轟音が、 早朝の空気をふるわせました。白いけむりが、まだ上空にとどまっています。
「ピンポンパ~ン」
「キィーイィーン!」
「みなさん、おはようございますぅ」
「キイィーン!」
「あ、あぁ、今日はぁ、クララン盆踊り大会の日ですぅ」
「チッ」
ソルは舌打ちをしました。かれは自主参加のボランティア清掃を、今終えたばかりでした。
「なんだよ、今日にかぎって!」
「本日ぅ、午前十時からぁ、フォロ・クラランズ広場 ぁ、フェスティバル会場におきましてぇ、クララン・カートゥーン・コンテンツゥ、振興会主催によるぅ、クララン・レンジャー・ショーが開かれますぅ」
「またぁ、午後一時からはぁ、ごとうちアイドルゥ、Cラっ娘のミニコンサートォ、あくしゅかいぃ、 グッズ即売会がぁ、開かれますぅ」
「またぁ、午後三時いこうからはぁ、フリーマーケットなどぉ、さまざまなイベントがぁ、めじろおしでございますぅ」
「ご近所ふるってぇ、ごさんか下さるようぅ、おねがいもうし上げますうぅ」
「またぁ、夜の部につきましてはぁ、またおってぇ、ごれんらくぅ、もうし上げますぅ」
「なおぉ、今日はぁ、粗大ゴミィ、あきカンあきビンン、バッテリー電池などのぉ、もえないゴミの回収はぁ、おこないませんん」
「みなさまにつきましてはぁ、ごりょうしょうのほどをぉ、おねがいもうし上げますぅ」
「なおぉ、次回 のぉ、回収日につきましてはぁ、またおってぇ、ごれんらくもうし上げますぅ」
「お出しのさいはぁ、日にちをまもってぇ、お出し下さいぃ」
「なおぉ、今日のすくすくお子さまクラブゥ、シルバー元気クラブにつきましてはぁ、お休みとさせていただきますぅ」
「なおぉ、無料市営巡回バスゥ、今日が定例日のぉ、無料弁護士相談会につきましてもぉ、お休みとさせていただきますぅ」
「また再来週のぉ、弁護士相談会の開催日つきましてはぁ、またおってぇ、ごれんらくぅ、もうし上げますぅ」
「みなさまにつきましてはぁ、ごりょうしょうのほどをぉ、おねがいもうし上げますぅ」
「なおぉ――」
「いつまで、やってんだよ!」
今日にかぎって、彼はイラだっています。おまつり当日といっても、日曜の朝は、だいたい、いつもこんな感じです。大事を前に、彼の神経は過敏になっていました。
日記を「したことの、かじょう書き」で終わらせると、彼はベッドのある休息ルームから、プレイルームのある階下へ下りていきました。
階段のおどりばで空気の異変に気づくと、彼の胸中に翳りがさします。ざわめきの正体が人声だとわかると、たちまち心がコンクリと化しました。やっぱりオレは運がわるい……。そう思いつつ下りてゆくと、そこには、予想外のにぎわいがありました。
ガヤガヤとそうぞうしい、人でごったがえしたフロア。夏休みの中間共有は終わっていましたが、はなやかな出で立ちの子らが、ろう下にあふれていました。
あいかわらず、彼は世間音痴でした。年中行事と、それをとりまく人々。その世間に日ごろから無関心な彼は「いつも自分だけが、おくれをとっている」ような気がして、なりませんでした。その原因が世間への関心度や、知識だけが問題とは、思えかったからです。
その空気に対する、彼の不全感と不思議さ。たとえるならそれは「彼のキャッチできない独自な電波があり、みんなは意識せずとも、常時 それをとばし合っている」みたいな感じでした。今様にいえば、世間のブルー・トゥースから疎外されている。といったところでしょうか?
プレイルームからあふれ、ろう下にたむろっている子らの、はなやいだすがた。ふだんは、ゆるやかな統一感のある友服(エリゼの制服)をきている彼らにとって、私服は女の子でなくても、神経をとがらせるものです。ソルのような友服にまじって、はやばやと浴衣や、ドラゴンの扮装をしている子らがいました。
女子の浴衣はスソ丈が異様にみじかく、生足風ストッキング。ヘアピンほど太さの、つけまの先っちょに、水滴を意識したカラフルな玉ビーズ。首という首に、ジャン宝石のアクセ。二十通りのネイルと、でっかいキャンディ指輪。光沢のあるメタリックの高下駄(ヒールの太い和柄ハイヒール)で足もとをかため、頭一つぶん高くなっていました。
また中には、大きすぎるマスクとサングラスで顔半分をかくし、さらに巨大な無音ヘッドフォンを装着した、メンヘラ女子もいました。
キグルミを着ているのは、おもにやんちゃな男子です。女子の中では例外的に、とくにカワイイ子だけが、大きな顔出し穴のキグルミをかぶっていました。メディアでたまに目にする、男の娘は見かけませんでした。
フロアに下りず回れ右したソルは、自分のベッドへ引きかえします。ベッド下の棚を引っぱり出し、ナップサックをすばやくとると、それを背負いました。手には、れいの布袋。わすれものがないか、ベッドまわりをキョロキョロ見まわします。彼は予定より早く、うごきはじめました。
しった顔にあわぬよう、 早歩きで子らのわきをかすめ、玄関ホールをめざします。失敗が彼の背後にピッタリはりつき、期待より不安が先行しています。
ざわめきがコダマする階段に立つソル。一気に一段とばし二段とばしで、かけ下りていきます。なぜかフワフワした体と、それにのった、ガクンガクンひびく頭。
「キケンだよ、徐行して、キケンだよ」
「キケンだよ、徐行して、キケンだよ」
赤い足あとの波紋がステップにひろがり、赤い手がアドブロックみたいに、壁にうかびます。つづらおれの空間が、うすピンクに身もだえていました。
一階につくと、かたを怒らせ、ズンズンろう下をいきます。個室横の、大鏡のある角をまがれば、玄関ゲートです。
「どこいく気!」
ピタッと止まりました。わきからジュリがとびだしてきました。
ソルは、ゆっくりむきなおります。
「……」
「また一人で、フラフラどっかいく気でしょ」
「……なに? ずっとオレのこと監視してんの?」
「ハっ、バッカじゃない」
「カンオンマスターにきまってるでしょ、自意識カジョ―(笑)」
だれがそうセットしたんだよ。と思いました。
「あんたが不穏なうごきをしたら、アラートしてくれんのよ、じょぉーじゃくぅ」
だから、だれがそう設定したんだ?
「ああ、そぅ」
といったきりソルは反転して、あっさり玄関を後にしました。足早にとおざかりながら、彼は自分自身にいい聞かせていました。「もっと、自分勝手にならなきゃ」と。
ごかいされるであろう、このwillは、ソルにやどった小さな燠火でした。
彼は公正さを求めるのは、もうやめました。正しささは他人にたいする期待です。なんの担保もない、あまえです。この世に前提をもとめても、他人にキリキリまいさせられるだけ。彼はしったのでした。じつは思っていたいじょうに、みんなの方がワガママだったのを。
ソルはターマ川ぞいのちか道をとおって、変電所にむかっていました。ナップサックをしょい、こわきに布袋のつつみをかかえています。道すがら、すれちがう人々の声が、ちょっとだけシャープ気味(高め)に感じられました。週日の根を持たぬ空が、いつにもまして高くすんで見えました。
変電所のそばまでくると、入口のスロープに、一台の車が見えました。彼の心がにわかに曇ります。どうやら、タクシーのようでした。
彼の到着をまっていたようにドアが開くと、高齢者みたいな小柄な人たちが、ゾロゾロおりてきました。高齢者かと思ったら、さいごに下りたのが、ジュリでした。
虚空にうつされた請求内訳には目もくれず――
「ママにまわしといて」
ぱっと、画面が赤から青へ、ファンファーレのチャイムがなり、個別認証確認がおわりました。
「おそかったわね」
「……」
「で、ここでなにするの?」
「……」
「みんなをさしおいて、自分ばっか一人であそぶの、不公平でしょ?」
「……」
ジュリの他にニコライ、マリもいましたひさしぶりに見た、マリのおなかの大きさ。その異形にソルはおどろき、だまりこんでしまいました。なんで、つれてきた? 彼はしばらく、ジュリをにらみつづけていました。
「でもよく見たら、なにここ?」
「こんなとこで、今までなにしてたの?」
「マリになにかあったらどうするの、ニコライだって」
自分より一回り小さい、マリと手をつないだまま、ジュリが立てつづけにいました。
「やぁ!」
とつぜん、ジャンプするニコライ。なれっこなので、だれも彼の方をむきまません。
当然のように話すジュリの笑顔 。彼は、自分とはべつの生きものを見るみたいに、その対象を見ていました。
前回ソルは、0と12、amとpmを、考慮せず設定してしまいました。今回にあたって、少し早めにくり上げた時間を、船に送信していました。
ぬけぬけとうまくゆくとは、彼の性格上、思っていませんでした。でも一度ならず、二度三度うまくいったがために、かなり期待もしていました。じっさい船のドアが開いたり、エンジンがかかったり、ここまでやって来たりと、ありえないことが何度もおきたからです。しないですむ安心と、できるかもしれないワクワクが、彼の水面下で、せめぎ合っていました。
とうとう彼は、まちきれなくなって金網のやぶれにちかづき、ナップサックを下ろしました。それをみんなの見てる前で、穴のむこうに投げ入れてしまいました。
「チョッ、なに自分だけやってんのよ」
ジュリがあわてて、彼を制します。
「みんなといっしょでなきゃ、だめじゃない」
「てか、ダメでしょ入っちゃ」
もはや、時間内にみんなを帰すことはムリとさとり、かまわず、いこうとするソル。
「ちょっとぉ!」
「きたければ、かってにくれば?」
つっけんどんなソル。
「入るんなら、まずマリが先!」
「マリを優先的に入れてあげなきゃ、ダメでしょ」
つづけざまに、ジュリがいいました。
「だから、入ればいいじゃん。かってに」
ソルはもう、穴の中に足を入れています。
「なにかあったらどうするの?」
「ジコセキニンでおねがいします」
ソルみたいな子でも、しるコトバとなりました。
「マリ一人で入らせるつもり?」
「つもりって……」
体半分つっこんだままのソル。なにをあせっているのか。自分でもわからないジュリ。
「キケンと思うなら、入らなきゃいいだけじゃん」
あおむけのソルの上を、白黒の小鳥が二羽横切りました。
「マリが一人でのこされたら、かわいそうでしょ」
「えー、いいよぉ」
マリがいいました。
「いいの、あなたはだまっていて」
すかさず、だまらせるジュリ。
「ぼくが、さきにいく!」
とうとつにニコライが口をはさみ、マリがにらみつけました。
「どうすんだよ……」
うっすら白い小さな雲が、形をかえず彼方にありました。
けっきょく、すったもんだのおし問答のすえ、タンカの要領で、マリを運ぶことになりました。ムダに大きいマリのストールに彼女をのせ、穴を通過させるのです。どう考えても非効率的で、ソルには、うまくいくとは思えませんでした。
金網の外側でジュリがストールのはしをもち、内側からソルが引っぱりこみます。上半身の力だけで、マリを土から浮かそうとするソル。自然と重心をちかづけるため、体勢がくずれていきます。ほじられた地面に、しりもちをつきました。穴の両端に足をかけ、ズルズル引きずっていきます。
足から入ってゆくマリが、手で目かくしをかくしました。
「ヒジがじゃまだよ!」
「どならないでよ!」
「ヒジがジャマなんだから、しょうがないだろ!」
「もうぅ、いいよぉ」
マリは手をのばしてわきにつけ、目をつむりました。
重い方から入れりゃいいのに、まったく……。さっきの問答でジュリにおし切られての、この体勢でした。
ほとんどソル一人で、マリを引いています。とちゅう「もう、ムリゲー」と、なんどもであきらめかけましたが、とうとう頭まで入りきりました。おわってみれば、上着が乳首までまくれ上がり、ソルはマリの下じきになっていました。ストールはヨレヨレの紐状になって、わきに落ちています。予想していたよりも、五倍は重く感じられました。
「あーあ、よごれちゃったねマリ」
ストールをパタパタしながら、ジュリが金網のむこうでいいました。氏ねよと思い、なげやりにソルは言います。
「で、ニコライはどうすん――」
「キャッ!」
マリがひめいを上げました。
「なに? どうしたのマリ」
「ヒッ!」
びっくりしてたずねたジュリが、マリの指さす先に見た赤いもの。ソルの太腿から伝って落ちる、一すじの血でした。
みんなが固まるのを見てソルは動転、血の半分を失くしたような、貧血的めまいに襲われます。はっきりした意識と、うせる意識の混濁。
――直後、ソルの時間が正常に連結され直されました。
もうカンオンが、紫外線照射殺菌をはじめています。ソルはあらためて、キズ口を見なおしました。やぶられた金網の先端を引っかけたのでしょう、さいわいキズの幅はせまく、血のわく勢いも鈍そうでした。つたった痕が乾ききる前に、出血は止みました。
青ざめた顔のソルは、ひえた体をおこします。手のふるえがバレないようにナップサックをあさり、中から半透明のバンソウコウと、ぬれティッッシュを出しました。
力の入らない手でぬれティッシュをひき出し、キズ口におそるおそる当てます。そのまま、つたった痕もふきとります。あたらしいもので、二回おなじことをくりかえしました。また、あたらしいのをとると、今度はそれで手をぬぐいました。順番が、まったく逆でした。
かわいたティッシュで水分をふきとると、半透明のバンソウコウをとり出します。力の入らない指先で剥離紙をはがし、粘着面同士をくっつけないよう注意して、ナントカはり終えました。バンソウコウが膚の肉色と一体化して、さかい目が見えなくなりました。ゴミをまとめてレジ袋に入れます。
「ふぅー」
ためいきをつく、ソル。
なみだ目のマリとジュリ、そしてニコライは……。ニコライは変電所の前で、しゃがみこんでいました。石コロかなんかを、集めているようでした。
「おい、なにやってんだ!」
「こいよ!」
彼はいそいで小石をかきあつめ、それをわしづかみにして立ち上がります。ひらき気味のテイクバックでふりかぶり、金網にむかってなげました。
「カッ、ボチャ、ボチャ、ボチャン」
その後、二人をなんと金網の中に引き入れると、ソルはしばらくボーとしていました。
ふいに立ち上がり、レジ袋をもって、池の傍まで歩いていきます。ニコライと同じようにしゃがみこみ、石コロをひろって袋に入れ、口をむすびました。つかんでいるところを軸にして、ブンブン小さく回し、大きくアンダースローでほおりました。
「パシャンッ」
「なにやってんの!」
ジュリがおどろいて問うと。
「いいんだよ」
そっけなく、ソルはかえしました。
「えー、よくないよー」
「いいんだよ」
「えーなんでー…」
「いーの」
そういった後、ソルはだまってしまいました。
「えー……」