進展?
こんなシチメンドクサイことする気は、サラサラなかったのですが、先日のはらいせ(?) まぎれにソルは、羽ばたき機をつくりはじめていました。
ちょっとがっかりというか、きみょうだったのは、紙箱のパッケージに、鳥とも飛行機ともつかぬ黒いものが、えがかれていたことでした。
箱絵に描かれた、正体不明の鳥飛行機。青空の地に筆あとあらい白い雲。画面中央を、不当にしめる黒い物体。アンバランスな左右の翼。
一般的にいって、遠近法のかかる飛行機の画像は、手前より奥の翼の方が、大きく見えがちです。でもこの絵は、見るからに奥側がみじかい。手前の翼とはちがうパーツのように、暗色で引きつり、ちぢみ上がっています。
はるか下方にひろがる緑野で、手をかざし見やる、黄色い《《やきう》》キャップの学童。その彼の顔は、だいだい色の平面につぶれていました。
絵柄はライトな二流の小松崎茂風タッチで、すでに発売時点において、なんちゃってレトロフューチャーでした。――SFほど「なつかしさ」を想起させるモノはありません。その作品の世界観は、描写された各時代の、最先端技術のデフォルメだからです。感性とは、おくれた技術への感傷のことです。ゆえに、ノスタルジーの作家ブラッドベリは、究極のSF作家なのです。もし本当の未来を記述する作家があらわれたら、彼はナンセンスと無視されるでしょう。
つくりはじめると、なんだか人がよく、ちかよってきました。かれは用心しつつも、ちょっぴり、うれしくなりました。彼が一ばんびっくりしたのは「わざとやってる」と言われたことでした。まさに青天のヘキレキ。あまりに以外だったので、ハラを立てるのをわすれました。むしろ、こんな小さな高みから、社会をしる機会をえたことを、自分に警戒しながら感謝していました。こういう学習をつみ重ねていけば、いつか自分も、人なみになれるかも? という、あわい期待をもちました。
「なんか、やってる」
ジュリがヘイタンな目で、ソルの横に立っていました。
まわりがガヤガヤして、なんかうるさくてイヤだなと思っていたら、今日は夏休みの一時顔見せ、中間共有日でした。しらぬ間にみんながそろい、母親のところにいたジュリも、エリゼにかえっていました。毎年毎年のことですが、いつも彼は、わすれてしまうのでした。来年もきっと、わすれていることでしょう。
「さいきんやけに、おとなしいそうね」
「今までカゲで、な~んかコソコソ、やってたみたいですけど」
「……」
「おなじハン(班)なんだから、あんまり他の人に、メーワクかけないでよね」
「……」
「きいてんの?」
「おとなしいだろ?」
「……」
こんどはジュリが、だまってしまいました。
しばらくだまっていると、ジュリはおこったそぶりで、どこかへいってしまいました。
ソルはキットと、格闘していました。「ああ、メンドクサ」「こんなのやっぱムリだわ」「べつに今やるひつよう、なくね?」彼は心の中で、なんどもぼやいていました。手作業の経験がないので、じぶんが道具に不自由していることも、気づけませんでした。
「♪ユー・ガッタ・メール♪」
「♪ユー・ガッタ・メール♪」
手紙が宙をとびかい、ヒラヒラ、白いハネが落ちては消えます。自分にはめったにこないから、ソルは他人のだと決めこみ、むしして作業をつづけていました。
しつこく鳴りやまない音声と、ふりそそぎつづけるハネ。キャラクターアイコンなし、BGMなしのデフォルト構成に、自分のだと気づきました。かくにんすると、ホルスからでした。
「ふぁー!」
「なんだよ、今ごろ?」
そのないようは、れいの鳥がなくなったことをしらせる、メールでした。
「いや、だからなに?」
「だから、なんなんだよ?」
しばらく一点を見つめて。
「しらんわ!」
ベッドの上ですわったままジャンプして、さけびました。
「なんだよ、今さら」
「なんなんだよ、まったく」
「今さらあいつは、ブツブツ…………」
「あっ」
重大なことに、今気づきました。わすれていたのです。メールの通知をOFFってたのを。タイムスケジュールで起動したそれは、一月ちかく前のメールだったのです。
「ヤバイ!」
「あ~」
「そういう、ことかよ」
彼は「後でしらせる」の時間幅 の目もりを、最長に合わせていたのでした。
「もぉー」
「もぉー」
「がっかりだよ」
「えー、どうすんだよ、これ……」
じつはソルのかんちがいは、これ一つきりで、すまなかったのですが。
メールが来ていたのは、鳥を見つけた日から、半月ほどたった後でした。ソルはなやんだすえ、とりあえず、ホルスの家にいくことにしました。どのみちホルスは、すぐにおりかえしの返事をせず、鳥をなくならせてしまったのですから。
玄関ホールに下りていくと、ジュリがいました。
「また、どっかいく気ぃ」
「もう、あんまりメーワクかけないでよね、他人に」
「はぁ、もうソウルメイトじゃないだろ」
「おなじハンでしょ」
「おなじだから、なに?」
「わたしはハンの、れぇぷれぜんてぇてぃぶなのよ」
「れ、れ、なに?」
「わたしには、代表されるものとしての、責任があるの」
「なにかってに、されてんだよ。わからんコトバつかってるじてんで、ねーよ」
まったく浸透していませんでしたがRepresentativeとは、リーダーのことです。ただリーダーというより、ナカマウチの代表といったニュアンスが強いようです。ふだんめったにつかわれない、さいきん作られた役割概念でした。この手の新しいコトバは、つぎからつぎへと導入されましたが、気がついたら、ほとんどがアワのように消えていました。おそらく、彼女はソルのしらぬ間に、キャッチャー(教師)から任命されたものと思われます。
「で、そのナンチャラナンチャラが、どうしたの?」
「かってに動きまわると、みんながメーワクするっていってるの。わかんないの?」
大げさに、ためいきをつくしぐさで、こたえるジュリ。
「ホントに、単独行動がすきねぇー」
「ほんとうにメーワクだと思ってるヤツ、今すぐ、《《ここ》》につれてこいよ」
イラつき、人さし指でゆかを指すソル。
「はぁ~い、ここにいまぁーす」
げんきよく、手をあげるジュリ。
「他には?」
あたりを見まわす、ふりをするソル。
「けっきょく、なにがめいわくなの?」
もうめんどうくさいので、だまっていってしまおうかと、そろそろ思いはじめていました。でもなんとなく彼は、ふみとどまっていました。
「どんっ」
くぐもった音が、彼の内部から起きました。つぎの瞬間は、エアバックの上。もうろうとした意識で、記憶の欠落をうめ合わせようとします。
理性ともつかぬものが、背後からの衝突と断定し、のっそりと体のむきをかえました。
見上げると、ニコライがニヤニヤしながら、つっ立っていました。ソルのきらいなラベンダーが、鼻の内にしみこんできます。
「――てめぇ!」
今すぐ、とびかかりたいソル。しぼみかけのエアバックに体をとられ、立ち上がろうと、もがきます。
ニヤつき顔で、しばし、それを観察するニコライ。ソルの体勢がととのいかけると、せなかをむけ走りだしました。
センターラインをまたぎ、右側通行を逆走するニコライ。けっこうなスピードです。おくれをとったソルも、立ち上がり、追撃開始!
「ドタドタドタ……」
「ドタドタドタ……」
「キケンだよ、ゆっくり歩こうね」
「キケンだよ、ゆっくり歩こうね」
「おともだちが、めいわくしているよ」
「おともだちが、めいわくしているよ」
「ゆずり合いの心で、ルールをまもって、みんなでなかよく歩こうね」
「ゆずり合いの心で、ルールをまもって、みんなでなかよく歩こうね」
カンオンが音声と矢印で注意をうながし、子らに避難誘導します。ピンク色に紅潮した壁と床が、小刻みに震え、おなじメッセージと避難エリアを表示していました。
「チヤチャン」
「チヤチャン」
「緊急危険速報です」
「つよい衝突に、警戒してください」
「これは訓練では、ありません」
「これは訓練では、ありません」
「チヤチャン」
「チヤチャン」
「緊急危険速報です」
「つよい衝突に、警戒してください」
「これは訓練では、ありません」
「これは訓練では、ありません」
不気味な諧調のチャイム音、成人男性の声が、むやみに子らを刺激させぬよう、おちついた口調でかたりかけます。
「ドタドタドタ……」
「ドタドタドタ……」
無人の野をゆくみたいに、センターラインを交互にまたぎ、走りぬける二人。緊急車両通過時に、交差点から間をおき停止する車のように、子らが行儀よく、はじに退避していました。
「ドタドタドタ……」
「ドタドタドタ……」
走りながら、なんどもふりかえる、ニコライ。そのたび見せつけられる、あのニヤつき顔。さっきから、ほとんどソルを見っぱなしです。
とつぜんソルのうでが、グングン、のびてゆきます。ニコライを射程にとらえると、巨大なハンマーになったコブシで、ブンなぐりました。ホルスの頭が壁につきささって、壁から足が生えています。ケムリがモウモウとあたりをつつみ、パラパラとコンクリの破片が落ちてきました。ソルのあたまの中では……
「ドタドタドタ……」
「ドタドタドタ……」
こっちを見っぱなしのホルス。「あいつ、前見ろよ」と思ってたやさきでした。
「よけろ!」
さけぶソル。前方ろう下のまん中で、立ちすくんでる女子が!
空中に射出されたエアバックをはさみ、反動でたおれゆく二人。先にまちかまえる、特大エアバック二つ。そのせつな、ソルによぎったのは「おれのせいになるな、これ」でした。
ことのてんまつ。
二人にたいしたケガはありませんでした。カンオンと壁は、注意喚起をおこたらず、衝突をやわらげるための三つのエアバックは、りっぱに開きました。射出されたもの一つと、下でうけ止めたもの二つ、ともに正常にはたらきました。
被害少女は、ふいをつかれたのではなく、立ちすくみ力んでいました。彼女は体の病院へはこばれた後、すみやかに、心の病院へと引きわたされました。PTSDという診断名がつきました。
多角的な映像音声記録があることは、今や空気でした。しかし、ある現象の記録物があることと、それを解釈し価値づけることは、べつなのです。証拠と公正さは、ツンデレ以下の関係だからです。
ニコライの方はしりませんが、ソルには、加害性の心の病「行為障がい」という診断名が下りました。これから長期にわたって、彼は心のケアを、うけなければなりません。おまけに共有要項にもとづき、毎日しばらくの間、日記(反省文)を書く権利(義務)あたえられました。週末には、自主(強制)的なボランティア(徴集)にも、コミットメント(従属)しなければなりません。今はセカンド・バイオレンスでだめですが、おちついたら、ぶつかった(?) 少女にも、あやまりにいかなければなりませんでした。
エリゼを管轄下におく、これらのルールをさだめジャッジするもの。そのドーナツの中心の、市民代表を「カンオンを見るものら」といいました。「カンオンを監視するものら」ではありません。それより上位(?) にあるものは「カンオンと、ともにあるものら」といいます。
未発達行動をおこなった子にたいし、カンオンがあたえた発達権利(使役義務)を、「カンオンを見るものら」は、広義の共有(授業)と見なします(あくまで見るのが建て前です)。それらはカンオンにしたがい、人にしかできない細やかな援助(管理)を、当該する子らに提供(指導)しました。
それらは一員未満の状態にある、特定の子の保留期間を「少年のためのwill」とよび、巣の中のヒナドリのアイコンであらわしました。また特定の子らを支援する団体名も「少年のためのwill」であり、そのアイコンには、カッコウがえらばれていました。
くだくだしく言ってきましたが、ようするに、うすめてのばした社会の制裁、復讐です。もっとていねいに言えば、だれも手をよごさないソフト懲罰です。
ちなみに、もとからあった彼の方のうすい個性(発達障がいの境界域の境界域)は、なんの考慮もされませんでした。
今からまちうけているものに、ソルは目の前がまっ暗になりました。彼は「さっさと、ホルスん家にいっとけばよかった」「おとなしく、オーニソプターでも作っとけばよかった」と、こうかいしどおしでした。