遠い町で
「冒険者登録お願いします」
王都から馬車で二週間。魔族との戦いの影響もほとんどないような辺境の小さな町ユイザに俺と瑞穂はいた。
「……名前は書けるか?」
「はい」
「なら、このリストに名前を書け。それで終わりだ」
「はい」
受付に座っていたおじさんに言われるまま、リストの一番下に『ワン』と偽名を記入した。文字は当然この世界の文字だ。こちらの世界に召喚された時に言葉や文字がわかるようになっていたので召喚の影響なのだろう。
おじさんは俺が書いた名前を一瞥した後、壁に貼ってある依頼表を指差して言った。
「新入りが受けられるのはあそこの依頼だけだ。仕事をきちんとこなせばもっと割りのいい依頼を紹介してやる」
「はい、わかりました」
「精々死なないように頑張りな」
「はい、ありがとうございます」
おじさんにお礼を言って受付を離れ、依頼を確認する。
この世界には冒険者組合という組織が町々にあって、そこで仕事を請け負って金銭を稼ぐことができるシステムになっている。
冒険者の基本的な仕事内容は採集と討伐。魔物が闊歩する町の外に出て依頼された品物を持ってきたり、危険な魔物を間引いたりするのが仕事だ。
信頼度が上がると町から町への配達や商人の護衛などの割りのいい仕事を紹介してもらえることもある、とこの町に来るまでに仲良くなった冒険者の人に教えてもらった。
壁に貼られている依頼表を確認するが、やはりここに貼られているのは採集と討伐がほとんど。
・薬草採集。状態によって減額あり。 報酬:百ドム(良質)~
・森にゴブリン討伐。必ず魔石を提出すること。 報酬:千ドム
・森の狼討伐。必ず魔石を提出すること。毛皮も買取可。 報酬:三千ドム
・トレントの討伐。必ず素材提出すること。 報酬:五万ドム
ぱっと見て確認したが、ほとんどの依頼は町の近くにある森での依頼だ。
受付に一々言わなくても薬草や討伐証明の魔石を持ってくるとそのまま依頼達成扱いになるらしい。
(魔石や素材の提出って書いてあるし、これって素材の買取額ってことなんだろうな)
報酬のドムというのはこの国の通貨だ。つまり、ゴブリンの魔石は千ドムで買い取ります、狼の魔石は三千ドムで買い取ります、という常設依頼なのだろう。
魔石は魔物の体から手に入れることができる素材で、この世界では一般的な燃料として使われているので常に需要がある。
この魔石の値段が高い魔物ほど強い魔物だと聞いたことがある。そう考えるとゴブリンより狼の方が強い、ということになるのだろう。
トレントは素材買取なので魔石の値段が分からない。なんとなく強そうな気がするが後で確認した方がいいかもしれない。
他にも森に出てくる魔物の種類や、お金になる薬草などの名前を確認して冒険者ギルドを後にした。
薬草については追々覚えていくとして、まずは魔物討伐を試してみる予定だ。こちらの世界で俺たちがどれだけ戦えるのか――倉田君たちは普通に四天王相手に善戦していたし、兵士たちの訓練の様子も確認していたが、俺と瑞穂がこの世界の魔物相手に実際に戦ったことはまだなかった。
瑞穂の狐火や幻術、俺の使う回復魔術や補助魔術がこちらの魔物にどれだけ通用するのかで、今後の行動変えていく必要がある。
その為の試金石としてゴブリンを探して戦ってみるつもり。
◇
――ゴブリンと戦うつもりだった、のだが。
森に踏み入れてしばらく後、俺たちは狼の群れにすっかり包囲されていた。
灰色の毛並みの大型犬サイズの狼が五匹。いつの間にか接近されていたらしく、俺たちが気がついた時には完全に包囲網が形成されていた。
(しまった! 狼は群れる動物、魔物になっても群れをつくるのか!)
ギラギラとした獣の視線に背筋が冷たくなる。これだけの数を相手に俺たちで対処できるだろうか。
だが、このまま大人しく食料になってやるつもりは欠片もない。精一杯の抵抗をさせてもらう!
「瑞穂! 狐火!」
「こん!」
俺の隣から瑞穂が姿を見せた。他の人間を混乱させないように馬車の中からずっと幻術で姿を消していたのだ。
その瑞穂の九本の尻尾の先にいつものように青白い炎が宿り、狼たちに向かって飛んでいく。
(これで少しは弱ればいいのだが……)
青白い狐火は『吸収』の効果がある。倉田君には全く効果がなかったが、この狼たちなら多少は弱体化するはず。もしも効果がなかったら完全に詰みだ。
緊張にのどが渇く感覚を覚えながら狐火の行方を見つめる。
幸いにも一発も外れることなく、九発の狐火が五匹の狼たちに直撃した。
「キャイン!!」
瑞穂の狐火が当たった狼たちは悲鳴を上げ――その場に倒れた。
「え?」
「こん?」
バタバタと倒れていく五匹の狼に、俺も瑞穂も困惑してしまう。
(あれ? ただの弱体化のはずなんだけど……なんでだ?)
演技というわけでもなさそうだ。というか……二発の狐火が直撃た狼はもう息をしていない。
一発だけ当たった狼も息も絶え絶えで今にも死にそうな状態だった。
「……瑞穂、もう一発だけ、狐火」
「……こん」
瑞穂の尻尾の先に一つだけ青白い狐火が宿り、倒れたままの狼に向かって飛んでいく。
「きゃん……」
身動きできない哀れな獲物に狐火が直撃し、そして最後の一匹も力尽きた。
「……これで、終わり……なのかな?」
「……こん」
思わずお互いの顔を見つめてしまうが、応えてくれる者は誰もいない。
ただ、傷一つついていない狼の死体が五つ転がるだけだった。
プロローグ 終わり
とりあえずプロローグはここまで。
次章からは主人公と瑞穂のまったりセカンドライフの始まりの予定です。