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崩壊

「それじゃ行ってきます」


 いつものようにベッドの上で昼寝をしている瑞穂に声をかけて、練兵場へ向かう。

 明日には王子たちも帰城する予定で、城内の様子は普段より物々しい。

 魔族の奇襲で王都が被った被害を考えれば厳重な警備も当然だろう。王も姫も殺され、生き残っている唯一の王族が城に戻ってくるのだ。二度と同じ過ちを繰り返さない、という強い思いがあるのだろう。

 今日も回復魔術の出番は多そうだ。重傷者が出た時に魔力切れで魔術が使えない、なんてことのないように気をつけよう。

 俺も気合を入れなおした。


 ◇


「行ったな」

「この時間が練兵場で治療だ。しばらく戻ってくることはない」

「相手は精神操作の能力持ちだ。確実に殺せ」


「――では、作戦を開始せよ」


 扉が押し開き兵士たちが室内になだれ込む。すでに抜剣済でいつでも切りかかれる状態である。

 兵士たちが室内を探すとすぐに目標――ベッドで昼寝中の九尾の狐を発見した。

 一番近くに立っていた兵士が即座に寝ている瑞穂に刃を突き立てる。


「――っ!?」


 剣が突き刺さった瞬間、瑞穂の姿が揺らぎかき消えた。


「幻覚!? 本体はどこだ!?」


 慌てて兵士たちが部屋中を探すが、黄金の毛皮の輝きはどこにもない。


「隠れているに違いない! 手当たり次第に切りつけろ!」

「は、はい!!」


 ベッドを、花瓶台を、箪笥を、兵士たちの持つ剣が切り裂いていく。

 天井や壁ギリギリまで振り回し、なんとか隠れている九尾の狐を見つけ出そうとするが、影形も見つからなかった。ついにめちゃくちゃに破壊された部屋の中で兵士たちは茫然とたたずむだけになってしまった。

 魔物に逃げられてしまった、という事実を認めたくなかった。


「――何をしているんですか」


 そして、彼らが次の行動に移る前に、部屋の主が現れてしまったのだった。



「……ん? 瑞穂か?」


 練兵場について間もなく。

 定位置となっている隅に腰を下ろし怪我人を待っていると、覚えのある気配がした。

 幻覚を身にまとっているのか姿は見えないが、瑞穂の気配で間違いない。


「こん!」

「やっぱり瑞穂か、どうしたんだ?」


 姿を消したまますり寄ってきた瑞穂を撫でてやると、俺の服を咥えて引っ張り出す。

 どこか連れていきたい場所があるらしい。


「わかった。案内してくれ」

「こん!」


 瑞穂がこんなことするなんて通常ならあり得ない。何か問題が起こったのだろう。

 姿を消したまま廊下を進む瑞穂の気配を頼りに後を追いかけると、なぜか俺の部屋に到着してしまった。


 無人の部屋の中から複数の人間がいる気配がする。

 もしやまた魔族が……と一瞬思ったが、そんな場所に瑞穂が俺を案内するはずがない。室内の気配からはほとんど魔力を感じないし、大丈夫だろうと思って部屋のドアを開ける。


 扉を開けた先に広がっていたのは、むき出しの剣を片手に持ち、部屋中をめちゃくちゃにしていた兵士たちの姿だった。


(ああ……ここも結局、そう・・なのか……)


 俺の中の何かが、崩れ去った。



 ――そして、この日のうちに俺と瑞穂は城を出た。

 旅費として一か月分の生活費を工面してもらい、残っていたクラスメイトたちへの挨拶もそこそこに、逃げるように旅立った。

 倉田君たちとは最後の挨拶すらできなかったのが残念だが、王子とやらが戻ってくる前にさっさとこの城から、この世界の人間たちから距離を取りたいという思いの方が強かった。

 瑞穂には幻術で姿を隠してもらい、魔族との戦争が行われている方向とは真逆の方向に向かう馬車に乗せてもらう。


 無責任で申し訳ないが、魔族との戦いはクラスメイトたちに任せよう。俺と瑞穂はどこか遠い場所でひっそりと暮らさせてもらうことにした。

 瑞穂のことを蔑ろにする人たちと接するのは、もう、疲れた。

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