九尾伝説
倉田君たち主力メンバーが旅立った。
お城の人たちに聞いたところ、ここ王都から離れた場所が魔族との主戦場だったらしい。この国の主戦力となる騎士団もそちらで戦っていて、王太子である第一王子が率いていたそうだ。
そうして王都の防衛戦力が手薄になっているところに四天王の一人、龍魔将――――倉田君が戦った相手――という敵将が精鋭部隊を率いて強襲。奮闘虚しく防衛の為に残っていた近衛騎士団は壊滅、国王と姫殿下が殺され王都に火を放たれるという惨劇が起こってしまったのだ。
この情報はすでに第一王子のところに伝えられていて王都に撤退してくる準備をしているらしいのだが、勢いに乗った魔族の攻撃に離脱もままならない状況。
そこで倉田君たちが応援として前線に向かったというわけである。
「みんな無事に帰ってきてくれるといいけど……」
俺と瑞穂は王都防衛の為に残ったクラスメイトたちと一緒に彼らの帰りを待つことになった。
魔族との激戦で殺気だっている軍の中に、魔物と見まごう九尾の狐である瑞穂を連れていけば諍いの原因の成りかねない。
見慣れてきているはずの城の人間だって未だに瑞穂に忌避の目を向けているのだ。この世界の人間に瑞穂の存在を認めてもらうのはまだまだ時間がかかるだろう。
「すみません勇者様、治療をお願いしてもよろしいでしょうか」
「あ、はいはい。いいですよ。傷口を見せてくださいね」
今は瑞穂にお留守番をお願いして、一人で治療魔術のボランティアを行っているところだ。
王子の帰還も間近ということで兵士たちも練習に気合が入っているのだが、そのせいで普段よりも怪我をする人間が多い。傷口を浄化して、打撲程度なら軽い痛み止めくらいの簡単な回復魔術に抑えておく。一々全快させていたら魔力がいくらあっても足りないからだ。
「すみません! ついやりすぎてしまって……!」
「ああ、額の出血ですか……では傷口を抑えたままで……」
傷口そのものは浅いけれど、顔の傷は派手に出血する。しっかりと傷口を塞いで血を止めた後、頭の中を打っていないか魔術で診察しておいた。脳出血とか怖いからね。
「ありがとうございます、勇者様」
「頭の怪我は怖いですから気をつけてくださいね」
『治療科』の人たちと比べると児戯に等しいような俺程度の回復魔術でも、兵士の人たちは感謝してくれるし、距離も縮まってきたような気がする。
少しずつだけど、手応えを感じる。
この調子でコツコツ頑張って、みんなと信頼関係を築いていけば、きっと瑞穂のことも受け入れてもらえる日が来るだろう。
◇
「なあ……」
「なんだ?」
「あの狐の魔物なんだけどさ……」
「……あの治療の勇者様の魔物か?」
「俺、聞いたことがあるんだ……」
「……なんだよ」
「……狐の魔物は、人は騙す……幻術や幻覚で人を惑わして操ることができるって」
「……なんだと……!?」
「あの勇者様も、もしかしたら……」
「……分かった。隊長に報告をしに行くぞ」
「――というわけで、もしかしたらあの勇者様は狐の魔物に操られている可能性が……」
「……万が一勇者様が操られているのなら大問題だ。分かった、調査してみよう。すぐに隊員を招集しろ」
「「はっ!」」
兵士たちから報告を受けた隊長は、すぐに調査を開始した。
人を操る狐の魔物、そんな魔物が存在するのかどうか。
城の書庫を調べ、魔物に詳しい経験豊富な兵士たちに聞き取りを行い……。
「僕たちの世界の魔物の話? いいですよ。こちらの世界でも何かの参考になるかもしれませんから。
え、九尾の狐についてですか? あの子は伝説に残る凄い大妖怪で、昔、僕たちの国の――」
……そして、異世界の勇者たちから、九尾の狐の伝説を聞き出したのだった。