表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/21

帰還不可能、できないことは偉い人に丸投げ

 異世界に召喚されてから数日。

 みんな退魔師見習の一員として妖魔(こちらの世界でいうところの魔族・魔物)と戦うことに賛成したが、それとは別に日本に帰還できるかどうかの調査も同時に行われた。

 もし日本との往来が可能なら日本政府の指示を仰ぐことも応援を呼ぶこともできる。未知の魔物との戦争が迫っている状況で、これ以上に頼もしいものはない。


 だが、数日の調査の結果、日本への帰還も連絡も不可能、という結論が委員長たち調査チームから発表された。

 転移魔術の術者である魔術師長が死亡していたこともあり、魔法陣の解析が上手く進まなかったのだ。

 『戦闘科』の人間しかいかなったことも災いしていた。『研究科』の人間がいれば……あるいは、せめて召喚術や転移関係の詳しい知識を持っている人間がいれば攻略の糸口を掴めたかもしれないが、結局、そんな都合のいい人材はクラスにはいなかった。


「とにかく、今は俺たちのできることをやりながら救助を待とう」

「あれだけの大魔術だもの、絶対に国の魔術機関が動いているから大丈夫よ」


 帰還できないと聞いて沈んだ空気のクラスメイトたちを倉田君や委員長が励まして回り、ここ数日は周辺の魔物討伐や戦闘訓練に明け暮れることになった。




 瑞穂が地面を駆ける。

 異世界に転移してきて体調を崩したりしないか心配したが、むしろ動きのキレはとても良い。

 対戦相手の剣と盾を持ったクラスメイトは、先ほどから瑞穂の動きに翻弄されていて反応が追い付いていない。

 軽やかなステップとフェイントでするりと滑るように走り抜け、ついに瑞穂がクラスメイトの後ろを取った。無防備な背中に向かって瑞穂が飛びかかろうとする。


「危ない、勇者様! 後ろです!」


 外野からの声。クラスメイトが慌てて後ろを振り向く。瑞穂の体がほんの一瞬だけ止まったが、そのままクラスメイトに飛びかかる。

 なんとか反応したクラスメイトが、左手に持った盾を振り向きざまに振り回した。


「――きゃいん!?」

「やった!! 今です勇者様!」


 クラスメイトが苦し紛れに振るった盾に運悪く瑞穂がぶつかり、そのまま体重の軽い瑞穂が弾き飛ばされてしまう。

 地面を転がった瑞穂が慌てて立ち上がろうとするが、その目の前にクラスメイトの剣が突きつけられた。

 残念ながら、試合は瑞穂の敗北だ。


「さすがです勇者様! 素晴らしい試合でしたね!」


 俺たちの試合を先ほどから見学していた兵士が、興奮した様子でクラスメイトに近寄って褒めているのを尻目に、俺は地面に倒れたままの瑞穂に駆け寄り抱き上げた。



 異世界から来た俺たちはこの数日で『勇者様』と呼ばれるようになった。

 魔族四天王の一人をあっさりと撃退した俺たち(戦ったのは倉田君と委員長だけだけど)は、遥か昔の伝説に出てくる魔王を倒す勇者の再来と思われているらしい。

 実際にこの世界の人たちと模擬戦もしたけれど、ベテランと言われる騎士でも魔術師でも誰一人クラスメイトたちには勝てなかった。

 そのことで尊敬を集めたらしく、どこに行っても勇者様、勇者様と持ち上げるのだ。


 ――ただし、瑞穂は除く。


 瑞穂は九尾の狐――こちらの世界でいう魔物とそっくりの姿をしている。そのせいで普段から魔物との戦闘を行っている兵士たちから嫌われ、恐れられ、避けられているのだ。

 俺も瑞穂は魔物ではなく妖怪だと何度も説明したのだけど、結局は『異世界の魔物』としか思われず、この世界の人間たちからは露骨に嫌われている。

 先ほどの試合で外野からのアドバイスがあったが、あれも瑞穂が嫌われているのがその理由。

 勇者様を襲う邪悪な魔物と、魔物を成敗する正義の勇者、という風にこの世界の人間には見えているのだ。非常に残念で不快なことに……。



「瑞穂、お疲れ様。今治してやるからな」


 練兵場から自室に戻り、瑞穂をベッドに寝かせてやる。

 幸い骨折などの重傷はなかったので、簡単な回復魔法だけで事足りる。砂が毛皮について汚れていたので一緒に浄化魔法を使ってやると気持ちよさそうに瑞穂が鳴いた。


「ごめんな……せっかく初めて勝てそうだったのにな……」

「こんこん……」


 気にするな、という風に瑞穂が俺の手に頭を押し付けてくる。


 先ほどの模擬戦、あのままだったら勝っていたのは瑞穂だ。クラスメイトが振り返るのが間に合うはずはなかった。

 だけど、外野からの声で瑞穂が一瞬が動きを止め、その結果、クラスメイトのシールドバッシュが間に合った。俺にはあれが瑞穂がわざと負けた結果に見えたのだ。


「他の連中なんて気にしないでいいんだぞ……? お前は大切な仲間なんだからな……」

「こぉん……」


 瑞穂は頭がいい。自分が魔物扱いされていることを知っている。

 だからこの世界の人間たちに自分のことが『勇者に勝った恐ろしい魔物』と思われるのを恐れている……のだと思う。

 魔物だけど勇者には勝てない雑魚だから大丈夫。そう思わせるためにさっきの試合もわざと負けたのではないだろうか……。


「こんこん……」


 瑞穂は何も言わない。

 金色の毛皮を撫でてやると気持ちよさそうに目を細めて、そのまま眠ってしまった。


「……ごめんな、お前にそんな苦労させちゃって」


 寝息を立てている瑞穂をベッドに残して、再び練兵場に戻る。

 俺は直接的な戦闘は苦手だが回復魔術は多少使える。元々は模擬戦で傷だらけになった瑞穂の怪我を治すために習得した魔術だが、戦闘訓練には怪我はつきもの。

 ここの兵士たち相手に怪我の治療を行えば好感度も稼げるし、瑞穂への風当たりも少しは弱くなるかもしれない。

 大事な友達にこれ以上苦労させない為に、俺も頑張ろうと思う。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ