歓迎は血しぶきと共に
視界が一瞬で切り替わり、俺たちは石造りの大きな広間に立っていた。
「ちっ、召喚を防げなかったか。面倒な」
目の前で一人の老人が崩れ落ちた。豪華なローブを着て手に杖を持っていた老人が、生気の失せた顔で床の上に倒れる。重い音が響き、手から離れた杖がカランコロンと転がっていった。
その老人の後ろに黒い甲冑の大男が立っていた。全身を返り血に染め、右手に持った大剣からポタポタと血が垂れていた。
「お前ら、言葉は通じるか? こちらはお前らと戦う意図はない。その場で大人しく待っていろ。半日もしたら元居た場所に帰してやる」
やる気なさげに説明する甲冑男の後ろには大きな両開きの扉があり、そこから続く通路には何十という人間の死体が転がっていた。
廊下中が真っ赤なに染まっていて、濃厚な血の香りが俺たちのいる場所まで押し寄せてきていた。
扉の向こう、遠くの方から悲鳴や戦闘音が聞こえていた。
「……目の前で虐殺が行われているのに見逃せるはずがないだろう」
クラスメイトの一人、倉田君が刀を手に前に出た。
幸か不幸か、こちらの言葉も甲冑男に通じているらしい。気乗りをしない様子で甲冑男が大剣を持ち上げた。
「なんで首を突っ込む? お前らはこの世界とは無関係の人間だろう? 事情も知らないのにしゃしゃり出ても馬鹿を見るだけだぞ?」
「後悔は後からでもできる! けれど目の前の人を助けられる機会は今しかない!!」
部外者は引っ込んでいろという甲冑男に倉田君が啖呵を切る。
「お前たちの凶行は止めさせてもらう! 今素直に引けば見逃してやるぞ!」
「ほざくな、若造がっ!!」
甲冑男が振るった大剣と倉田君の持った刀がぶつかり――質量差を無視したように大剣がはじき返された。
「っ!? そんな細い剣で俺の一撃を防いだだと!?」
「よく覚えておけ! 折れず、曲がらず、よく切れる! これが日本が世界に誇る日本刀だ!!」
「ふざけるなよ、どんな強度してやがるんだ!?」
ガギン、ガギンと両者の武器がぶつかり合うが、倉田君の振るう日本刀には刃こぼれ一つ、ヒビ一本入らない。それに対し、甲冑男の振るう大剣は打ち合うたびに細かな破片が飛んでいるのが見えた。
倉田君が振るう日本刀はただの鉄の塊ではない。元は倉田家に代々受け継がれていた霊刀だったのを、その霊力を失わないまま現代の最新技術で強化し直した逸品だという話だ。数打ちの量産品とは違う、由緒正しき名刀である。一見ただの細長い金属の棒に見えたとして、その強度も刃も計り知れない。
「倉田君、援護するわ!」
大男と倉田君の戦闘を思わず見入っていたクラスメイトたちの中から委員長が躍り出る。手にした杖の先から魔力の輝きがこぼれていた。
「ちいっ、面倒くせえな! 仕方ねえ!!」
倉田君の相手で手いっぱいの甲冑男が、首元から何かを引きちぎった。
沢山の飾りがついたネックレスのようなアイテムがバラバラになると、その飾り一つ一つがうごめきだし、形を大きく変えた。
「竜牙兵! 他の連中の相手をしていろ!」
竜牙兵。竜の牙(あるいは高位の魔獣の牙)を素材に作成される式の一種である。
武器と防具を身に着けた骸骨のような姿に変形した十数体の竜牙兵が、委員長たちに襲い掛かる。
「銀虎! 蹴散らしてやりなさい!」
だが、竜牙兵の剣が届く前に、阿部君の呼び出した銀虎が襲い掛かった。
まるで小枝を砕くように太い前足で竜牙兵をへし折り、牙でかみ砕いていく。
「防御はお願い! 行け、氷の魔弾!!」
委員長の目の前に直径五十センチほどの冷気の塊が出現し、周囲の空気を凍らせながら凄まじい速さで甲冑男に飛んでいく。
倉田君を弾き飛ばし、慌てて避けようとした甲冑男だったが完全には避け切れず、左手から肩の付け根まで一瞬で白銀に染まった。
「どいつもこいつもっ!! くそがぁっ!! 撤退だ、撤退! 全軍撤退しろ!!」
バキバキと音を立てて凍った鎧を砕きながら、男が引き下がる。
砕けた甲冑の下からは黒い鱗がビッシリと生えており、その表面に霜が降りているのが見えた。
「餓鬼どもめ! 大人しく従っておけばよかったと後悔しても遅いからな! 覚えておけ!!」
人外の左手を晒した大男の背中に黒い翼が広がった。右手の大剣を振るい、通路の天井を崩しながら逃げて行った。
「待て!!」
倉田君が追いかけようとするが、通路の崩壊によってそれ以上進めず、足を止めた。
異世界最初の戦闘はこうして敵の逃亡で終わりを迎えた。
◇
「どうか皆様のお力をお貸しいただきたいのです……」
戦闘終了後、なんとか崩落した通路の瓦礫を退けて外に出ると、周囲はひどい有様だった。
城らしき建物は半分ほどしか残っておらず、外壁に大穴があいていたし、住宅地らしき場所も見える範囲では無事な建物の方が少ない。
混乱で火事が起こっているらしく黒い煙が何本もたなびいているし、崩れた建物を掘り起こして生き埋めになった人間を助けようと必死に働いている人たちがあちらこちらにいる。
「我らの力だけでは魔族どもの脅威を払いのけること敵わず……陛下も姫殿下も騎士団長も、召喚の儀を執り行いました魔術師長も、先の襲撃ですでに……」
先ほどの甲冑の男だけでなく、無数の魔族と魔物が王都を攻め込んでおり、召喚の時間を稼ぐために王族や騎士団長は戦死。召喚儀式を行っていた魔術師長という人は広間で切りこされたあの老人だったらしい。
激しい戦いで高位貴族や騎士も軒並み戦死しており、目の前で頭を下げて助力を願っている男性も顔の半分が痛々しい包帯に包まれ、満身創痍の大怪我。
それでも俺たちを『勇者』と呼び、どうか力を貸してほしいと頼むためにベッドを抜け出してきたらしい。
あまりに痛々しい姿にみんなが声を失っている中、倉田君が口を開いた。
「わかりました。俺たちもまだ学生が、日本では退魔師見習として勉強していた身です。このような状況を見過ごすことなどできません、微力ながらお力添えいたします」
「おおおおお……あ、ありがとうございます……これで、みなが救われます……ありがとうございます、ありがとうございます……」
退魔師見習として入学した時点ですでに妖魔との戦いは覚悟している。
人々を害する妖魔を討ち祓うことは退魔師として当然のことである。
倉田君の言葉に反論をする者はおらず、こうして俺たち退魔師見習――退魔師養成学校2年1組の生徒十五人と一匹は異世界の人々を守り、魔族と敵対する道を歩むことになった。