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どんな耐震建築でもダンプカーには勝てない(強制転移)

 夢を見ていた。

 母と兄弟たちに囲まれて、生まれ育った山野を駆け回る夢。他の兄弟たちも妖狐だったけれど、九尾に生まれたのは自分だけ。

 生まれつき妖力が強く、賢かったので母からとても可愛がられていた。他の兄弟たちからも頼りにされた。


 ずっと続くと思っていた生活は突然終わりを迎えた。

 見たこともない生き物――人間が住処を襲った。

 最初の襲撃で兄弟の半分が捕まった。反撃したけれどまったく効果がなく、母に連れられて全員で逃げ出した。

 それまでの縄張りも捨て、森を抜け、山を駆け、必死に逃げ続けたけれど人間たちは諦めることはなかった。


 兄弟たちの足が止まった。限界だった。

 母が兄弟たちに寄り添い、私を見つめた。


 ――あなた一匹だけでも逃げなさい


 自分たちを囮にして逃げろという母の視線。

 賢い私は理解してしまった。

 そして、理解したから走り出した。一匹だけで逃げ出した。


「おい、あいつら二手に分かれたぞ!」

「他のは放っておけ、九尾の狐はどっちだ?」

「あっちの方だ! 一匹だけで逃げてやがる!」


 追いかけてくる人間たちは母や兄弟には目もくれず、私を追いかけ始めた。

 わかっていた。

 あの人間たちの狙いは私。

 九尾の狐を目当てに集まってきた人間の群れだから、私は逃げればそちらを追うのが当たり前。


 母も当然、それがわかっていた。

 わかった上で、自分と他の子どもたちが逃げるために私を囮にしたのだ。

 あの時、母に見捨てられたことが、わかってしまった。

 だから逃げた。


 逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて……ただひたすら、私は走り続けて――捕まった。



「山本君。私ね、その子を使うの辞めた方がいいと思うの」


 疲れて膝の上で眠っている瑞穂を見つめて、委員長が険しい顔で言った。


「さっきの模擬戦見ていたけど、阿部君の式に手も足も出なかったじゃない。式にすら勝てないんじゃ使う意味ないでしょう」


 式というのは言ってしまえば使い捨て前提の兵器だ。

 必要な時に呼び出し、壊れたら次の式を使い、維持費もメンテナンスもほとんど必要ない。

 常に連れ歩き、怪我をしたら治療をする必要があり、面倒を見たり色々と費用がかさんだりと手間のかかる使い魔よりも、はるかにコスパがいい。

 その上さらに使い魔よりも式の方が性能がいい、となれば使い魔がいらない子扱いされるのも仕方なのないことだろう。


「そもそも、私たちは戦闘で勝利することを目標にしているのだから、勝てない子は邪魔なだけだと思うの。あなたもこの戦闘科の一員なら理解できるしょう?」

「……勝つことの重要さは、わかっているつもりだよ」


 俺たちが所属するこのクラスは『戦闘科』――退魔戦で妖魔と相対する実践部隊の候補生を育てるクラスだ。『支援科』や『治療科』といった後方支援のクラスと比べ、より実践に即した戦闘能力を求められるクラスである。

 重要なのは勝つこと、生き残ること。どんな手段を使ってでも、敵を倒し、自分が生き残り、周囲の被害を抑えることができれば評価される。

 逆言うと、どんなに希少で貴重な存在だろうと、『弱い』ものは無価値だと断じられる場所だ。

 瑞穂の九尾の狐というネームバリューも、このクラスにおいては何の意味もない。まったくもって委員長の言うことが正しく、戦力を考えるなら俺も今すぐ瑞穂から式に乗り換えるべきだろう。


 ただ、その正しい選択とやらをした場合、瑞穂は研究所送りにされる。

 俺が使い魔として使役しているから瑞穂はこの場所にいられる。ここで契約を解除したら、即座に国の研究機関が手を回し、その日のうちに瑞穂と一生の別れを迎えるだろう。

 幼少のあの日。十年以上も昔、うちの裏山でズタボロの状態で見つけてからずっと一緒に過ごした瑞穂をそんな場所に送るつもりはない。

 膝の上に丸まるフサフサとした毛皮を撫でながら、俺は委員長にその旨を告げようとした。


 ――次の瞬間、いきなり教室の床に魔法陣が出現した。


「魔法陣!? なんで学校に!?」


 委員長が驚きの声をあげる。

 俺も同感だ。学校などの公共の建物は外部からの干渉を跳ね除ける結界が設置されているのが常だ。特に、未来の退魔師の卵が通うこの学校には通常の学校よりも強固な結界が施されており、こんな魔法陣なんか発動する前に潰されるはずなのだ。


「――なんだこの魔力は!?」

「無駄だらけの魔法陣なのに、使われている魔力が大きすぎる!? 無理だ、解除できない!」


 だが、本来なら潰されるはずの魔法陣はこうして発動した。

 そして解除をしようとした生徒たちの干渉すらことごとく跳ね除けた。

 技術的に優れているわけでもなく、解除方法がわからないわけでもなく、ただ単純に込められている魔力が大きすぎて、手のつけようがない。

 山火事を消すのにコップ一杯の水でなんとかしろと言われているようなものだ。

 圧倒的な物量の前に小手先の技術など無意味。学校に敷かれている結界も魔力量に物を言わせてごり通したに違いない。そう確信できるほどのバカげた魔力だった。


「みんな、これは転移の魔法陣だ! 転移に備えて! 体勢を低くして何が起きても対処できるように準備を!」

「魔法陣が発動するわ! 5、4、3――!!」


 魔法陣の内外を隔てる魔力の壁が構築され、俺を含めた教室内にいた生徒たちが全員魔法陣の内部に閉じ込められた。

 委員長のカウントダウンに合わせて足元の魔法陣が点滅し、魔力反応が急激に増大した。


「――0!! 転――」


 こうして、俺たちは日本から異世界へ拉致られた。

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