ep 6
家に帰ったすぐに手紙を読まなかった。
まずはシャワーを浴びて昼間の走行でかいた汗を流し、まずは体を清潔に。
これは別に手紙を読む前に身を清める……というわけではなく、習慣のようなものだ。ロードバイクで走っている時は案外気づきにくいけど、思った以上に汗をかいている。アスの家に寄ったから、汗は引いていたけどそれでも浴びる。
出たら、今度はストレッチを。軽めの走行だったとはいえ体のケアが必要だ。こういうのを疎かにしていると故障に繋がる。
それを身をもって知っている。
その後もなんだかんだあったり、飯を食べたりで手紙のことがちょっとの間頭の中から抜け落ちていた。
そしてそのままベッドに入って就寝というところで手紙のことを思い出す。
帰宅後すぐに机の上に置きっぱなしにしておいた叔母さんから手紙を手に。
それにしても何でおれに手紙なんか書いたんだろ?
不思議に思いながら封から手紙を出して読み始める。
弱々しい細い文字で書かれた手紙。
長い。それに意味不明だ。
けど、最後の方で俺への感謝が綴られていることだけは分かった。
けど、俺は叔母さんに感謝されるようなことをしただろうか?
頭をひねって考えてしまう。
謎だ?
だけどそれ以上に謎は、やはり意味不明の部分。
小説を出版したこともある叔母さんがこんな意味不明の手紙を書くなんて。
けど、中身はともかく文章はしっかりしているし。
もしかして久し振りに書く新作のアイデアだったのだろうか。
いや、それだと最後の俺の感謝がおかしくなってくる。
混濁して意識の中で書いたのだろうか?
なら、俺なんかじゃなくて、アスか叔父さんに書けばよかったのじゃないのだろうか。それとも二人にも書いていたのだろうか。
分からない。
もう一度初めから読み直す。
本当に何だこれ?
学校に怪談話に幽霊。
その上その幽霊が俺に憑く。
それに願いが叶う井戸。
……。
……。
……。
……。
あれ……。
……。
……。
……。
……。
何か大事なことを忘れているような。
何か大切なことを思い出しそうだ。
……。
……。
……。
……。
思い出した。
……夢の内容を。
高校の怪談話の幽霊が俺に憑いた夢を。
けど、あれはただの夢のはず。
でも、夢の中の幽霊の名前は響子。叔母さんと同じ名前だ。
もう一度手紙を最初から読み直す。
断片的だった記憶が明確に、より鮮明になっていく。
思い出した。
夢じゃない。
あれは現実にあったことなんだ。
高校で俺は幽霊になった響子と出会い、それから憑くことを容認して外に連れ出した。そして数日間一緒に過ごした。
なんで今まで忘れていたんだ。
というよりも、あの時とは全然違うことになっている。
志摩先輩とは付き合ってなんかいない。先輩との出会いは高校に入学した以降、名前も少し違うし。初体験は悠とだし、それに飛鳥という従姉は存在していなかった。
……そうか。
俺は響子と一緒に井戸へ行った、そしてそこで願ったんだ。響子の願いがキャンセルされるように、と。
その願いが叶ったんだ。
だからこそ、響子は幽霊にならずにその後に人生を送れた。叔父さんと結婚し、そしてアスが生まれたんだ。
響子はあれから幸せな人生を送れたんだ。
平均寿命よりははるかに短いけれど、それでも幽霊になって高校に閉じ込められ、誰にも認識されずに、俺が見つけるまでずっと孤独に過ごすということなく、人生を終えることができたんだ。
亡くなったのは残念だけど、それでも大切な人達に看取られて逝ったんだ。
……良かったんだよな、これで。
響子も手紙で、幸せだった、と書いていた。
なのに……。
それを喜べない俺がいる。その理由も分かっている。
嫉妬のようなものだ。
俺は響子を好きになっていた、初恋だ。それが報われなかったのだ。
だけど、生まれて初めて好きになった人が幸せな人生を送れた。
涙が勝手にこぼれ落ちる。
その涙の理由は、うれし泣きなのか、それとも失恋の涙なのか、自分のことだけだけどよく分からなかった。
了




