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ep 4


 気がしただけだ、気のせいだ。

 第一髪が全然違う。向うは長くて、こっちはショート。まあ色が同じ黒なのは認めるけど、それを言ったら悠も先輩も同じだし。

「なんだ、アスも来たのか」

 わざと素っ気なく言う。

「竜ちゃん、私のことはちゃんと先輩って呼びなさいよ」

 高々一月ひとつき早く生まれただけで先輩面をするなよ。

 先輩と一緒に来たのは俺の従姉の明日香。俺にロードバイクをくれた叔父さんの娘、つまり従姉。

「それよりも何の用だ?」

 お前の相手をする体力はない。俺の中のエネルギーはまだ枯渇している。

 多分、一時限目に余計なことを考えていて脳みそを使用したせいだな。

 そういえば悠が補給食を持ってきてくれるんだったよな。

「お待たせー。……あ、先輩方来てたんだ」

 タイミング良く悠が。

「もう悠ったら、朝も言ったけどそんなか呼び方をしなくてもいいんだから。以前のようにアスちゃんで構わないから」

 もしかして朝来たのは先輩ではなくてアスなのか。

「……でもこの前、竜ちゃんにこれからは先輩と呼ぶように言っていたから、あたしもそうしたほうが良いのかなって……」

 ああ、確かに入学式前に言っていたな。その時は悠もいたな。

 俺と幼馴染である悠は、またアスとも小さい頃から交友があった。

 小学生になる前からの長い付き合い。

 それに悠はどういうわけかアスに懐いていた。

 アスもアスで、悠のことを妹のように可愛がっている。

 その可愛がり方は、少々スキンシップが過ぎるのではと思うこともある。

「それはこの馬鹿に世の理を教えるために言っただけで、素直な悠にはそんなことは求めないから。ほら、前のように呼んでみて」

「えっとアスちゃん………先輩」

「まあ、それでもいいか」

 芝居がかった仕草で肩を落とし、それから悠を抱きしめながらアスが言う。

「それよりも何をしに来たんだ?」

 目の前の百合百合な光景をいつまでも観ていても仕方がない。

 俺にはその手のものを愛でるような趣味はないし。

 それよりも悠が持っている補給食を早く食べたい。

「ごめんなさい、大島くん。明日香は勘違いしているみたいなの。私が説明しても全然聞いてくれなくって」

 これまでずっと黙っていた先輩が言う。

「だから、竜ちゃんは文芸部の活動をしなんでしょ。それってズルいよ」

 悠を抱きしめたままでアスが。

「ズルって何だよ?」

 何を言っているんだコイツは。

「だってさ、去年同人誌を創るのすごく大変だったんだから。それでも卒業生した先輩達がいたから無事に出せたけど、それが今年は私と志摩だけ。これじゃ部の創設以来ずっと刊行してきた同人誌を出せないし、それにこのまま二人だけじゃ部から同好会に格下げされて、それで私達が卒業する時には消滅しちゃう。パパとママが設立した部を、娘の私の代で終わりにしてしまうなんて末代までの恥よ」

 アスが一気に語る。

 けど、そこに俺がズルいという理由は語られていなかったような気が。

「だから今年は竜ちゃんを絶対に入部させてこき使ってやろうと思っていたのに。私が去年体験した創作の苦しみを味あわせてやろうと画策したいのに。それなのに逃げるなんて卑怯よ。……あっ、もちろん悠も入部してくれるわよね」

 ズルいという理由はそこか。

 確かにこいつ、志摩先輩の話を全然聞いていないな。

 それにしても作家の娘のくせに、そういうの子供の頃から苦手だよな。

 それはともかく、

「あのな、一応文芸部に籍を入れる。多分掛け持ちになると思うけど」

 そう、複数の部活を掛け持ちすることは許されている。

 それに……。

「そうなの」

依然悠を抱きしめたままで、アスはキョトンという表情に。

「だから何度も言ってるのに。大島くんも八木さんも文芸部に籍は入れてくれるって。それに活動を手伝ってくれると言ってくれたけど、私が断ったって」

 志摩先輩がアスに。

「そうだったけ?」

「そうよ。せっかくまた走れるようになったんだから、こっちのことなんか気にせずに思う存分陸上競技を楽しんでもらいたいって。……それに……大島くんの走っている姿はちょっとカッコいいし」

 先輩は実際には俺の走っている姿を見たことはない。観ているのは過去に撮った映像。それでも褒められて悪い気はしないし、照れてしまいそうになる。

 だけど、俺よりも言った本人が赤面するのは。

 こういう姿はすごく可愛い、愛らしいと思う。……それなのに、どうして明確な好きという感情が俺の中にわいてこないのだろう。

「愛されてるわね。……ホント、大事にしなさいよ。私の大切な友達なんだから、泣かせるようなことをしたら承知しないんだから」

 そんなことは言われるまでもない。

 けど、それを口に出しては言わない。恥ずかしいから。

「用件はそれだけか。それならもう教室に戻れよ」

「あ、もう一つ大事なことを忘れるところだった」

「何だよ?」

「アンタさ、今度の休み暇?」

 一応暇だけど。先輩との約束はないはず。

 けど、アスがこんなことを聞くとは。何か厄介事を手伝わせるつもりかもしれない。

 用心しないと、うかつに返事をすると危険だ。

 それに志摩先輩がなんか複雑そうな顔をしているし。

「パパが久し振りに一緒に走りに行こうって。そのついで竜ちゃんに渡すものがあるんだって」

 俺が返事する前にアスが理由を。

「了解、それならOKだ」

 去年の秋、あんなことがあって、それ以降一緒にロードバイクで走りに行っていない。

「じゃあ、詳細はまた連絡するから」

 アスはそう言うと、名残惜しそうに悠から離れて教室から出ていこうとした。

「それじゃあね」

 志摩先輩も後に続いて。

 そんな先輩の背中に、

「帰りに一緒に図書館か本屋でも行きませんか?」

 ご機嫌取りというわけではないが、提案を。

「うん」

 はにかんだような笑顔で承諾してくれた。

 ああ、でもロードバイクで先輩と一緒に帰るのはちょっと大変だな。



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