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「えっと、……響子が言うには、昔々都からとある位の高い人が妃の佐々ささら姫と子供を連れ、山を越えてこの地へと逃げてきた。その時佐々良姫は強行軍がたたりこの地で病に倒れ伏せてしまう。夫である位の高い人は、佐々良姫と子供を残し、さらに進みそこで兵を集い都へと反撃に打って出た。残された佐々良姫は逃げる時に一緒に持ち出した仏像に毎日熱心に夫の勝利を祈り続ける。その願いが通じたのか夫の軍は勝利し、さらには病の癒えた佐々良姫は子供と一緒に夫の待つ都へと帰っていった。その際、熱心に祈った仏像は新たに建立された建物に祀られて、人々に願いの叶う仏様として信仰された」

 響子の言葉を一字一句違えずに言ったわけじゃない。

 それに響子もこんなにスラスラと言葉が出てきたわけじゃない。思い出しながら、途中で記憶があいまいになったり、止まったりと。

 だけど、だいたいこんな感じで。

 へー、しかし知らなかった。生まれてからずっとこの市にいるけど、こんな昔話があったなんて。

 それに願いの叶う仏像か、それも初耳だ。

 まあ、俺が知らないだけで案外先輩は知っているかもしれないな。後で聞いてみようかな。

 ああでも、これは響子の家に伝わる秘密の話か。それを外の人間に漏らしてもいいのだろうか?

 あっ、でも俺も部外者か。

 それよりも井戸が出てこなかったけどいいのか?

 と、思っていたらまだ続きが。

「それから時は流れて戦国の世に信長がこの地へと攻め込んできた。歴史の上では領土拡大、京への進路の平定と邪魔になる一向一揆の壊滅。この辺りの村は全部信長によって攻め滅ぼされて壊滅状態に」

 信長は知っているけど、俺の知っているイメージとは全然違うな。

 けど、それが関係なんかあるのか。

 響子の言葉を、通訳、というか伝えながら、考える。

「信長の真の狙いは一向一揆の壊滅でも領土の拡大でもなく、社の祀られている佐々良姫の仏像」

 ちょっと待った。社って神社のことだろ。なんで仏像が神社に。

 疑問を口にする間もなく響子の話は進む。

「その狙いに気が付いた人達は佐々良姫の仏像を山の中に持って行き、そして井戸を掘って絶対に見つからないように沈めてしまう」

 願いが叶う仏像なら、信長の死を、もっといえば平和な世の中を願えばいいのにと思ってしまうが、まあ昔から伝わる言い伝えにそんなことを求めるのは理不尽なことなのかもしれないなと思い直す。

 しかしまあ、ここで井戸が出てくるわけか。

「その後仏像を隠した人たちの中で何人かは信長軍に捕まり尋問されたが、誰一人として口を割らなかった。そしてかろうじて生き残った人達も隠してある山のことを秘密にするために佐々良姫の仏像を沈めた井戸の前で、この地に隠した記憶を失うことを願い、その願いは成就される。しかし、只一人を除いて。その人は佐々良姫の仏像を沈めた井戸を守る役目を担い、その後高い井戸を守る役目ということで高井という姓を名乗り、子孫がその役目を担ってきた」

 へー、そうなんだ。

 響子の話を聞き、それを響子のお父さんに伝えながら、思わず感心してしまう。

 けど、これは響子の記憶。

 もしかして間違っている可能性だってある。

 俺は正面に座る、年老いた響子のお父さんの顔を見た。

 驚愕の表情、そして顔面蒼白とはまさにこのこと、というぐらい響子のお父さんの顔は白色に。

 それが一瞬後は真っ赤に。

「そっ……そんなはずはない。……あの子が、響子がその話を知っているはずなんてないんだ。あの子が成人したら、いや高校を卒業したら秘伝を伝えるつもりだった。……けど、あの子はその前に、幼いのに逝ってしまったんだ。……さっきの写真だって幻覚だ」

 目の前で大人が俺に向けて怒りを発している。

 普通ならば、ビックリしたとか、恐れおののいてしまうとか、またはいきなり怒られたんでコッチもキレてしまうとか、まあ色々と反応があるとは思うが、自分でもよく分からないけど意外と冷静だった。

 冷静な頭の中で、そんなに急に怒ったりなんかしたら血圧が上がってしまうのに思ってしまう、下手したらという悪い想像をしてしまう。そして響子のお父さんだからそれなりの高齢、心配になってしまう。

 さあだけど、この事態をどうやって切り抜けよう。どうやったらさっきの言葉が俺に憑いている響子、貴方の娘さんのものだと信じてもらえるのか。

 そうだ、さっきの響子の部屋の中にあった物や、服を見せれば、成長していたことを理解してもれるかもしれない。

 けどな、そんなことを口に出しても、この様子じゃ信じてもらえるかどうか。

 さあ、どうしよう。

 さっきの写真の変化でも信じてもらえなかったみたいだし。

 横にいる、今この場では俺しか見えない響子に相談してみようか。

いや、止めておこう。なんか、火に油を注ぐような気がするし。

 どうする? そんな矢先に、

「お父さん、アナタ大変なのー」

 二階から響子のお母さんの声が聞こえた。



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