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「……ちょっと、こちらへ」
そう言いながら響子のお父さんはゆっくりと立ち上がり、俺を隣の仏間へと。
その一方で、
「母さんは悪いが、ちょっと響子の部屋を見てきてもらえるかね」
「……ええ」
少し戸惑っているような響子のお母さんの反応。
「それじゃあ、私達ももう一度行きましょうか。もしかしたらさっきのが見間違い、在り得ないとは思うけど集団幻覚にかかっていたという可能性も無きにしも非ずだから」
「了解しましたー」
場にそぐわないような悠の能天気な返事。
「それじゃ今回は俺も一緒に行こうかな。膝の痛みも治まったし」
そんなやりとりはともかく、俺は響子を連れて仏間へ。
仏間の響子の写真は小さな、あどけないものになっていた。
「佐々良姫の話はどこでお聞きに?」
小さな潜むような声だったのに、俺の中ではきつく強い言葉のように聞こえた。
「さっきも言いましたけど、横にいる響子が言っていたのを声に出してだけで」
気圧されたわけではないと思うけど、早口で答えてしまう。
「それはもういいんです。……あの子が佐々良姫の井戸の話をしているはずがない。その話を伝える前に逝ってしまったのだから」
「……ううん、ちゃんと聞いたよ」
響子の声。
だが、その声は俺しか聞こえない。
「なあ、その話を俺に教えてくれ。それをお前のお父さんに言えば……信じてもらえるんじゃないかな」
小さい声で、響子にだけ聞こえるような音で。
「……うーん、いいのかな? たしか教えてもらった時に家長にだけ伝える秘伝とか言っていたような気が。……でも、もう残すべき人間もいないし、まあいいか」
秘伝とか言っているわりには軽い反応だな、と心の中では思っても口には出さない。
「あんまりよくは憶えていないけど、話しながらなら思い出すかな。でもちょっと自信ないし。まあいいか、いくよ……」
響子が俺の耳元で話し始める。




