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「何か、見つかりました?」
階段下では響子のお母さんが待っていた。
「ええ、色々ありました。でも、その前に大事なお話があるんですが」
「・・・・・・部長、俺が言います」
この件については俺が話さなければいけないような気がしたから。
そう、意気込んでみたのはいいが、何をどう話せば、どうやって説明をすればいいのか皆目見当もつかない。
そもそも考えてみれば、俺って他人に説明するはあんまり得意じゃないよな。
やっぱり、先輩に話してもらった方が得策なんじゃないかと今更ながら思ってしまう。
どうしよう。
……頭の中が急速に真っ白になっていくような感覚に。
「……竜ちゃん」
心配そうな響子の声が俺に耳に。
声だけじゃなくて心配そうな表情も。
その声で頭の中の白さが一瞬で消し飛んだ。
安心しろ。お前が今、ここにいることをちゃんとお前のご両親に伝えるから。
腹が決まるというか腹をくくる。
「あの、すごく大事なことを話さないといけないんです」
「そうなの? それじゃお父さんと一緒に」
響子のお母さんを先頭にして、俺達文芸部一同は再び居間に。
さっきは胡坐で座っていた俺だけど、今度はキチンと正座をする。
説明下手は自分で承知している。だから単刀直入に……。
「あのですね、実は響子は、響子さんは今俺の横にいます」
情けないぐらいに震えた声が出てしまう。
いくら単刀直入に事実を伝えるとはいえ、もう少しくらいキチンと説明をすべきとは頭の片隅では分かっているのに、こんな言葉しか出てこない。
これではいくら何でも信じてなんて貰えないだろう。
質の悪い、いやそれよりも悪質な悪戯と思われてしまうんじゃ。
もっと理路整然と話さないと。
そうは思うのに、言葉が出てこない。
「……ありがとう。こんな年寄もためにそんな嘘をついてくれて」
笑いながら感謝されてしまう。
いえ、嘘なんかじゃないです。
現に響子は、貴方がたの娘さんは、今ここで二人の間で浮いています。
ああ、でも見えないのに、いきなり死んだ娘さんが幽霊になってこの場にいますなんて言う言葉、まともな人間なら絶対に信じないだろう。
ならば、もっと説明をしないと。
それなのに、全然言葉が出てこない。
「いるよ、響子ちゃん」
悠が助け舟を出してくれたけど、援護射撃にもならない。
これが社会的な信頼のある叔父さん、あるいは理知的な先輩の発言ならば多少は効果があったかもしれないけど、俺と同程度の悠の言葉じゃ。
それもすごく短い一言だし。
案の定、響子の両親は全然信じようとはしてくれない。
ただ、寂しそうな笑みを浮かべているだけだ。
こんな事なら先輩に素直に任せておけばよかったと今更ながらの後悔。
「いいんですよ。……若い人達の間であの子のことが幽霊になって存在している。……それだけで」
「そうですね。ずっと語り続けていってほしいですね」
「ああ、でも願わくば大人になったあの子を一目でいいから見たかったな」
深い溜息と一緒に出た言葉。
「……そうですね」
響子のお母さんが相槌を打ちながら。
「家の古い言い伝えなんか気にせずに、あの時あの山を売っていれば助かっていたかもしれないのに。……あの子がいなくなった時点で、あんなのを守る人間なんかいないのに」
「……あなた」
肩を落としながら話す響子のお父さん手に、響子のお母さんが手を乗せる。
「……どうしてあの時に決断できなかったんだ。そうすれば、あの子は助かっていたかもしれないのに」
語り口は静かなのに、その奥には慟哭が潜んでいるような気がした。
人生経験の少ない俺がそんなことを思うのはおこがましいかもしれないけど、そう感じたのは紛れもない事実。
「……お父さん」
「あんな井戸を後生大事に守るよりも大切なものがあったのに」
井戸?
あれ、なんか聞き覚えがあるような気が。
「佐々良姫の井戸だ」
響子の声が俺に耳に。そうだ、たしか響子は井戸で願ったから幽霊になったとか言っていたような記憶が。
それがその井戸なのか。
「……それは佐々良姫の井戸ですか?」
俺の言葉に響子のお父さんが目を見開き驚いた顔を。
「どうしてそれを? それは家の者しか、家を継ぐ者しか知らないことなのに」
驚愕な表情のままで響子のお父さんが言う。
「今、横にいる響子が俺に言ったんです」




