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俺達は階段を上り、響子がかつて暮らしていたはずの部屋に。
部屋に入ったのは俺と響子、それから先輩と悠。
学習机にタンス、本棚、それから今では見かけないような縦型のエアコン。壁と天井に色褪せたポスターが貼ってある。
全てモータースポーツのものだ。
後は女の子らしくヌイグルミが数点。
「これのどこが恥ずかしいんだ」
恥ずかしさを感じる意味が分からない。
「えー、女の子は男の子を自分の部屋に入れるのは恥ずかしいもんだよ」
悠が響子をフォローする。
同意するかのように先輩が肯く。
「でも、俺は悠の部屋にしょっちゅう行ってたぜ」
「それは竜ちゃんは幼馴染だし、……それから、その……だし」
最後は聞き取れなかった。まあ、昔から入っていたので免疫があると考えていいのかな。
「それよりも、探すわよ」
「はい」
部長の掛け声に三人一斉に返事をした。
俺は机の上、部長は本棚、悠はタンスの中。分担が決まる。今日子は部屋の中を観察して思い出したことを随時報告することになった。
机には教科書がきれいに整理され並んでいた。一見普通だがおかしな教科書が存在した。いや、教科書自体がおかしいわけではない、問題はない。でも大きな問題を俺に投げつけていた。それは高校三年生の教科書だったから。
「部長、これ見て下さい」
「私のほうも変なのがあったわ」
部長は一冊の小説を俺に手渡した。
「これのどこが変なんですか?」
見た感じは普通の文庫本だ。
「奥付の日付を確認して」
言われた通りに確認する。そこには平成八年の文字が。
「この本も教科書も生きていなければ無いはずの物よね」
「はい。でも……響子、この本と教科書に見覚えあるか」
静かに首を振って否定した。
「ね、ね、こっちもあったよー」
悠が呼ぶ。
タンスの中には響子が着るのにはちょっと大人っぽい服が並んでいる。
「それと、これ」
悠が両手で広げて見せたのは黒色のセクシーなブラだった。
「わたし、そんなの持ってないー」
響子が叫ぶ。
いけない想像が俺の脳内を駆け巡った。見たことのない今日子の下着姿を。上はさっきの黒いブラ、下は何故か紺のブルマで白いハミパン。豊かな胸が俺に迫ってくる。あれ、でも、なにかおかしい。
「これさ、響子ちゃんにしてはサイズ大きくない?」
悠の言葉が俺の違和感を吹き飛ばした。響子の胸は見事なまでの洗濯板だ。
こんなセクシーなブラをつけても様にはならない。
「だから、私のじゃないって。……こんなに胸はありませんから」
最後は僻みっぽく言った。
「余計に謎が増えてしまったわね」
「はい」
解決の糸口を探すために行動しているはずなのに、どんどん深みにはまっていくような気がする。
けど、当の本人はあまり気にしていない様子だった。
「いたという証明はあったから。私はこれで十分だよ」
そもそも高井響子が実在していたことの証明から始まったのだから、もう目的は果たしたといえる。
でも腑に落ちない。中途半端のような気がする。
「まだだ。ちゃんと何歳まで生きていたのか証明してやる」
「……竜ちゃん」
「私も大島くんの意見に賛成だわ。ここまで調べたのに、諦めてしまうのうは嫌よ」
「あたしはみんなといっしょがいい」
「……ありがとう」
「そこでね、この際今日子さんのご両親にも響子さんのことを話したらどうかと思うの」
ここに来る前の相談で響子がいることは内密にしておくと決めていた。話しても理解してもれないだろうし、それに響子自身もそれを望んでいた。
「部長、それは……」
「理解している。でもね、こんなに大きな齟齬が生じているとは想像もしていなかった。本人が思い出している記憶とご両親の記憶を互いに話し合うのよ。そうすれば矛盾点が解消されるかもしれないわ」
「それだったら響子の存在を知らせなくても俺が伝えればいいんじゃ」
「その情報をどこで仕入れたと聞かれたらどうするつもり、上手く誤魔化せる」
おそらく無理だ。
「いいよ、竜ちゃん。わたしは大丈夫だから。お父さんとお母さんに伝えて。わたしはいるって」
「……分かった」
響子が決めたことなら、俺はそれを尊重する。




