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「うわー、お母さんも老けたなー」
出迎えてくれた妙齢の女性を見て響子の感慨深げな一言。
お前が幽霊になって四半世紀、そりゃ歳もとるだろう。当時の姿そのままのほうが驚くだろう。
と、待て。お前、憶えているのか。
それを口に出して問い質してみようと思ったが、止めた。
この場で声に出して響子に聞くということは、響子のお母さんにも聞かれてしまうから。
玄関を潜って土間があり、その向うの和室には老人が。
「お父さんも年取ったなー。昔は大きいと思っていたけど、こんなに小さかったんだ」
父親のことも憶えている、というか思い出したのか。
俺達一行は、響子の父親と対面するように座る。
「ああ、すいませんね。膝が悪くて、こんな格好で応対することになってしまって」
響子の父親は椅子に腰かけ、俺達はあらかじめ敷かれていた座布団の上に。
こんな時はどういう座り方が良いのだろう?
普通に胡坐をかくのは流石にまずいよな。
チラリと左右を見てみる。
さすがに年の功なのか、左隣の叔父さんは一応正座をしている。右側の先輩は、叔父さん以上に綺麗な姿勢で正座している。その向うの悠は……アイツも一応正座している。
となると、やはり正座か。
だけど正直苦手なんだよな。
「好きに座って頂戴」
お茶を乗せたお盆を手にした響子のお母さんが。
それじゃお言葉に甘えて好きに座らせてもらいます。正座で座れないこともないけど、長時間は多文無理なので無理せずに胡坐で。
お茶が出される。
「どうぞ、お構いなく」
お辞儀をしながら叔父さんが言う。
「あら、もしかして大島くん?」
「ああはい、大島ですが」
「あなた。ほら、響子お見舞いによく来てくださった大島くんよ。こんなに立派になってー」
「ああ、あの時の青年か」
「ご無沙汰しております」
あれ、おかしいぞ。
響子が入院していて、そのお見舞いに行ったことなんか叔父さん一言も話していないぞ。
俺の疑問は先輩も思ったみたいだった。なんか変だぞという顔をしている。
どういうことなんだ?
この前は単に言いそびれていただけ、それとも忘れていたのか。
この際だ、響子のご両親の前だが聞いてみようと一瞬思ったが止める。それに肝心の響子は俺の傍を離れて部屋の中を漂いながら見て回っているから。
大人しくしていろよ。
懐かしいのは分かるけどさ、それよりも……。
あちらこちらへ移動し続けている響子を目で追っている俺の前に、響子のお母さんがお茶を出してくれる。
「あら、この男の子は大島くんの若い頃にそっくりね。息子さん?」
俺、叔父さんの若い頃に似ているのか。
「いえ、甥でして、それに私は恥ずかしながらこの年まで独り身でして」
「そうなの。……縁がなかったのね」
「ええ」
しばし出されたお茶を飲んで、そらから響子の父親が切り出した。
「それで今日は響子の戸籍についてのお話だとか。……娘と面識があり病院に見舞いに来てくれ、そのうえ市役所にお勤めの大島さんは分かりますが、そちらの学生さんたちはどういったご用件で。まあ、こんな年寄りの二人暮らしですから、若い子らが来てくれるのは嬉しいのですが」
「……そのことについての説明なんですが長くなるけど構いませんか、それと、この子達が一緒に来ている理由も合わせて説明します」
「ああ、構わないよ。年寄りには他にすることなんかないからね」
「ええ、若い子とお話できるのは楽しいことですからね」
お茶を一気に煽り叔父さんは響子のご両親に説明を始めた。
学校の怪談話に響子が出てくること。
それに興味を持った俺達文芸部が調べていること。
そこで叔父さんと響子がかつて同級生だったこと。
基本は叔父さんが話すが、時折先輩が細かい個所を補足する。
俺と悠は横に座ってただ聞いているだけ。
そしてこれが大事なことなのだが、響子がこの場にいることは秘密にしておいた。
これは事前に話し合って決めたことだった。
「正直、私もこの子達に言われるまで響子さんのことを忘れてしまっていました。それで今でも連絡を取り合っている同級生連中に聞いて回ったのですが、誰も憶えていない。卒業アルバムに載っていない。完全な勘違いかとも思いました。その矛盾を解消する為に、失礼ながら戸籍を調べさせて貰いました。記憶が正しいのか、それとも間違っているのか。戸籍の死亡届をこの目で確認すれば事態は解決すると思ったからです。でも、死亡届は提出されていませんでした」
「そんなはずはない。・・・・・・たしかに今日子を葬式で送り出して。それから・・・・・・母さん、今日子の葬式は何時あげた」
「えっと、あれは。……何時でしたかね」
二人は顔を突き合わせ考え込んでいる。
「たしかにちゃんとした。遺影も位牌もある。この部屋の向うが仏間だから。うん、確認をしよう。ついでに皆さんにもお参りしていってもらおう」
声が震えていた。
膝が悪いと言っていたのに響子の父親はさっと立ち上がり、響子の母親と共に襖を開けて隣の部屋へと。
「お墓の時も思ったけど、自分のことをお参りするのってなんか変な気分だよね」
妙に明るい口調で響子が言う。
さっきまでずっと黙っていた反動か。
とにかく行かないと。
「竜ちゃん、引っ張ってー。足痺れて立てないー」
悠が情けない声で助けを求める。
無理して正座で座っているからだ。
「悪い、俺も立てない」
叔父さんもか。まあその体型では膝に負担がかかるもんな、正座はきついよね。
「なにしているんですか」
おお、部長は平然と立っている。
「これっ」
「ああ」
仏間から驚く声が聞こえた。
「先、行くね」
今日子が両親の元に飛んでいく。この距離ならなんとか入ることができる。
立てない二人をこのまま放置していくのも気が引けるので手を貸す。
「・・・・・・竜ちゃん」
息を呑むような響子の声が聞こえた。何があるんだ、仏間に。
まだ足の痺れて動けない二人をその場に残して俺は隣の部屋に。
大きな仏壇があった。そして欄間には多くの遺影が飾られていた。その右端に響子の写真もあった。
しかし、それは俺の知っている響子ではなかった。子供の響子でもない。知っている響子よりも成長した写真があった。
「竜ちゃん、これって」
「・・・・・・お前だよな?」
「……多分」
「どうしたの?」
部長が悠に肩を貸して入ってくる。叔父さんも後ろにいた。
「・・・・・・これ」
俺はそれだけしか言えず、後は響子の遺影を指差した。
「大人の響子ちゃんだー」
「これは、どういうことですか?」
墓石の享年が正しいとしたら、こんな年齢での写真なんか残せるわけないのに。
それともよく似た別人か?
「響子は小学生の時に亡くなったはずなのに」
「ああ」
日頃からこの部屋で、それこそ毎日のように見ている響子の両親が二人とも困惑している。
どうなっているんだ一体?
再度写真を見る。そこにはさっきまでとは違う響子の遺影が飾られていた。
「変わった」
「見間違いかしら」
「でも、たしかに大人だったよ」
「耄碌してしまったのか」
「でも、確かに・・・・・・」
五人の目撃者がいる。間違いはなかったはずだ。この場所で幽霊の響子を含む集団幻覚を見たという可能性は無いに等しいはずだ。
「何だったのかしら、今のは?」
「・・・・・・さあ」
そう返事するしかない。何が起きているか理解できない。
「ね、ね、アルバムかなんか見たら解決するんじゃにいの」
悠が珍しく良い提案を。
「そうですね。アルバムを確認すればいつごろまで生きていらっしゃったのか写真で判断できるかもしれません。ありますか?」
「ええ、響子の部屋は昔のまま残してありますから」
「見せてもらってもよろしいですか?
「ええ」
「だめー」
突然悲鳴を上げる。
「何で駄目なんだ。何かまた見つかるかも知れないだろ」
「だって恥ずかしいよ」
ちょっと待て。お前は散々人の部屋を探索したよな。エロ本を探していたよな。
「却下だ」
「分かった。竜ちゃんはいいよ。それから、部長さんと悠ちゃんも。でも大島くんは御遠慮願います」
響子の声は叔父さんにも聞こえる。駄目と言われた瞬間落ち込んだのはいうまでもない。
「あの、俺達だけで見てもいいですか?」
「ええ。部屋は……」
「二階だよ。この部屋の真上」
「ここの上ですね」
「……はい?」
「それでは失礼します」




