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家に帰り着くまでずっとペダルは重たいままだった。
けど、何でだろ?
途中に山道はあるけど、それ以外の道は平坦路。強い向かい風が吹いているわけでもないし。それに途中まで一緒だった悠は全然疲れたような様子もないし。
理由も原因も分からないまま。
いつものならこの何倍の距離を走っても全然苦にならない、は言いすぎだとしてもほとんど疲れないのに。
けどまあ、これ以上重たいペダルに苦労する必要はない。このまま部屋のベッドの上に倒れこもう。することもないし。
「ねえ、竜ちゃん。あの部屋にあるかもしれないから覗いてみようよ」
自転車を降りてもまだ重たい脚で階段を上る俺に響子が。
響子の言葉を上手く理解できなかった。
疲れているせいなのか、それとも重たい脚で階段を上るために俺の体内のエネルギー全てが脚に集中して脳内には循環していないせいなのか分からないけど。
鈍くなっている頭がようやく正常に稼働して、響子の言葉の意図が理解できた時、
「だから、卒業アルバム」
俺が反応しないのに焦れたのか響子が先に答えを。
かつての叔父さんの、現在は物置になっている、部屋。
叔父さんの中学の時の卒業アルバムがそのまま置かれている可能性はある。なにしろ高校時代の部活で創った同人誌が保管されていたのだから。
「……ああ、分かった」
本当は自分の部屋でベッドの上に転がりこみ疲れた体を休めたかったけど、まあいいか。
段ボールの中から一冊の本を探し出すのは結構な手間だけど、別にこれからすることなんてないし。それに響子がそれを望んでいるのなら。
けど、探すのは結構大変だぞ。同人誌の時もそれなりの時間がかかったし。
と、思っていたのに割合簡単に見つかった。
それというのも本棚の中に件の卒業アルバムがあったから。
同人誌の時と同じように自分の部屋へと持って帰り、響子と一緒に閲覧。
「あ、いた」
数ページ捲ったところ、二つ目のクラスの集合写真を見た瞬間響子が声を出した。
もう見つけたのか。さすがに自分のことはすぐに発見できるみたいだ。俺はもっと時間がかかると想像していたのに。
「大島くんだ」
見つけたのは響子自身ではなく叔父さんの姿だった。
紛らわしい。思わず糠喜びをしてしまったじゃないか。
「本当に叔父さんなのか?」
疑うわけじゃないけど、この写真の生徒が叔父さんへと成長するとは到底思えない。
が、確認すると間違いない。
それにしてもよくこれが叔父さんって分かったな。今の姿と全然違うのに。確かによく見ると顔に面影はあるけど言われないと絶対に分からないぞ、これ。縦と横のサイズがまるで違うのに。よくもまあ、ここからあの姿になったものだ。
けど、本当によく分かったな。
ああ、そうか。響子自身の記憶によれば高校時代の叔父さんを知っていることになる。中学の卒業アルバムだから、高校時代はさほど変わらない姿形だったのかも。
「それよりも探すのは叔父さんじゃなくてお前だろ」
「うん、そうだった。でも、昔の大島くんの写真を見つけたらなんか嬉しくなって」
ニコニコと笑顔になっている響子をよそに俺はページを捲る。
うーん、いない。
叔父さんと違って姿に変化はないはずだから見つかるだろうと思っていたのに。響子の写真はこの卒業アルバムのどこにも写っていない。
記憶違い、思い込み、やっぱりあの墓石に刻まれて享年が正しいのか。
また、暗く重たい空気になってしまうのか。
「……ねえ……」
黙ってしまった空間で先に口を開いたのは響子だった。
「……何だ?」
「これってもしかしたら……心霊写真かも」
写真がないことへのショックの言葉じゃないのか。こんな場面でそんなもの発見するなよ。状況が状況ならば、幽霊が心霊写真を見つけというある意味シュールな光景だったけど、こんな時はどんな反応していいのかさっぱり分からない。
「ねえ、ほらここ。なんかぼやけて写っていない」
響子が指示した写真の一部は確かにぼやけていた。
昔のだから、今よりも写真の解像度が低いんだろ。ああ、この当時はまだデジカメはなくてフィルムで写真を撮っていたのか。そんなことを叔父さんが言っていたような気が。
ぼやけた写真はそれ一枚だけじゃなかった。他にも何枚も。というか、集合写真でも一枚、背景というか、欠席者の顔が入る箇所が不自然な感じに。
おかしな具合に消えている。
まるで、同人誌のように。
存在していたのに、抹消されてしまった。
「これって……」
言葉には出さないけど、どうやら響子も俺と同じようなことを思っているみたいだ。
確証を得る写真はなかった。だけど反対に、いたかもしれないという思いを強くしていく。
消えていたのは写真だけじゃなく、文字情報も。
後尾に記載されている卒業生の連絡先の一部が一人分だけ、そこだけ白色で修正したかのように不自然に消えていた。
いや、それにしても恐るべし昭和。いや、もう平成に入っているけど。個人情報をこんなに堂々と公開してもいいのか。
いや、それよりも……。
「なあ、これって」
「うん、もしかしたら」
二人で顔を見合わせる。革新が深まっていくような気が。
これは絶対に叔父さんに確認しないと。




