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理由は依然判明していないけど、響子のことが悠にも見えるようになった。それだけでも驚くべきことなのにさらには会話まで可能になっている。
突然目の前に幽霊が出現したというのに少しも物怖じせずに悠は響子に積極的に話しかけていく。自分が今どんな姿なのかも忘れて。
最初は戸惑っていた響子も徐々に悠のペースに乗せられていく。
あっという間に同性同士の盛り上がる会話に。
そんな中で俺一人だけ取り残さてしまう。なんか疎外感を覚えてしまう。
俺以外に話せる相手ができた。響子にとって喜ばしいことのはずなのに、素直に喜べない自分がいる。なんで? 俺って意外と独占欲が強かったのか?
二人の会話を聞きながらそんな自己分析をしてみるけど、本当のところは、自分のことだけど分からない。
ああ、それよりも、
「響子。悠。ちょっといいなか」
会話の中に割って入る。確かめないといけないことがあるから。
「何? 竜ちゃんまだしたいの?」
いや、一度出したから落ち着いた。けど、まだ事後のままの悠を見ていると下半身が反応しそうになるけど、そうなったら自体がややこしくなりそうなので目を明後日の方向にずらして用件を伝えることに。
「……悠にも見えるってことは、もしかしたら憑く対象が変化したんじゃないのか?」
もしかしてという可能性を口にする。
「どうかな? 分からない」
「とにかく、まずは俺から離れてみろ。対象が変わったのなら、離れられるはずだから」
俺に憑いているから、俺からは離れられない。
「どういうこと?」
悠が疑問の声を口にするけど返さない。説明するのが面倒くさい。
「……じゃ、行くよ。……うーん、これ以上は無理」
以前と、悠とのエッチ前と変わらない行動範囲だ。
つまり、憑く対象は俺から変わっていないと。
それが分かった途端、なぜだか少しだけホッとした気分に。
まあ、それは少し置いておいて。響子が高校に通っていたことを証明してやると昨日宣言したけど、その証明に取り組む前に、また一つ謎が。
謎か? 原因は、というか理由は、悠とのセックスしかないよな。
ていうことは、俺が誰かとセックスをするたびに響子のことが見える人間が増えていくわけなのだろうか。
それとも別の理由があるのだろうか?
「なあ……お前、俺達のを見ていただけなのか? それとも他に何かしたのか?」
赤面して下を向く響子。何も答えない。
やめてくれ。見ていて恥ずかしいかもしれないけど、見られている側はもっと恥ずかしいんだから。
悠は知らないけど、俺には他人に見られながら性行為をする趣味なんかないから。
「竜ちゃん、せんぱい今からうちに来るって」
思考中に突然悠の声が。
相変わらず事後そのままの格好でスマホを片手に。
「はあああああああ」
何で先輩は突然来るんだよ?
「響子ちゃんが見えるようになったからせんぱいに電話した」
俺の心の声が聞こえたのか先輩が来る理由を説明してくれる。
「あたしの説明じゃよく分からないから、今から来るって」
というか、先輩の番号をよく知っていたな。俺は交換したけど、お前がした記憶はない。いつの間に交換していたんだ。
いや、それよりも。先輩の家が何処あるか知らない。どれくらいの時間がかかるか分からない。けど、二人そろってこんな格好でお出迎えなんか絶対にできない。
「とりあえず、シャワー借りるわ」
悠がどれくらい話したか知らないけど、さすがにセックスをしていたとは伝えていないはず。
親しき仲、と言ってもまだよく先輩のこと知らないけど、にも礼儀あり。自分では気が付かないような匂いをまとったままで出向かるのはちょっと。
とにかく、洗い流さないと。
「それじゃ、一緒に入ろうよ」
屈託のない笑顔でこともなげに言う。
「駄目だ。一人ずつ交替で。二人で一緒に入っている時に先輩が来るかもしれないだろ」
「そっか」
納得してくれたらしい。けど、もっともらしい理由を口にしたけど本心はちょっと違う。
たしかに一度出して少しは落ち着いた。けれど、一緒に入ったりなんかしたら見慣れているとはいえ一糸まとわぬ姿に愚息がまた制御不能に陥り歯止めがきかずに第二ラウンドに突入してしまう可能性がある。
いや、その可能性は大だ。
だからこそ、一人で汗を流さないと。それでなくとも、まだ出し足りない気がするし。
「それじゃ、どっちが先にする?」
「俺が最初。すぐに出るから我慢していてくれ。そんでもし、先輩が来たらとりあえず事情を簡単に説明しておいてくれ」
いつ来訪するか読めないけど、今すぐということはさすがにないだろう。
先輩は悠の話が要領を得ないということでやって来る。ならば、俺の口から一から説明をした方がいいはず。
「了解。それじゃ竜ちゃんが上がるまで、竜ちゃんの残り香に包まれて待っているから」
真顔で恥ずかしいこと言うな。ほら見ろ、響子も赤面しているだろ。
さっきの悠の言葉を聞かなかったことにして勝手したる浴室へ。
ついでに、響子もついてくる。
「なんで入って来るんだ」
いつもはドアの前で待機しているじゃないか。それなのに今日は一緒に脱衣所に。
「……あんな場面を目撃しちゃったから、もういいのかと思って」
たしかに行為の一部始終を見られてしまった。でも、それは故意に怒ったことではなく、ある種の不可抗力だ。それに何度も言っていると思うが、俺は他人に見られて興奮を覚えるような特殊な趣味は持ち合わせてはいない。
今から行うのはシャワーを浴びること。
その程度ならば別に見られていても多少の恥ずかしさをおぼえるだけで案外平気なのかもしれない。もうすでに響子には俺の全てを見たんだし。
だけど、浴室でするのはシャワーだけじゃない。
二人には言っていないけど、まだし足りない、発散しきれていない性欲を一人で処理しようと、他人の家なのに自家発電に励もうと、つまりオナニーをしようと考えていた。
響子が一緒に入るのならば、昨日夏服に衣替えしてから露出した性欲を掻き立てる部分をおかずにして励めば捗るかもしれないけど、何度も言うようだが、見られながらするような高尚な趣味は持ち合わせてはいない。
「いいから、出ろ」
「はーい」
なんか残念そうな声を残して響子はドアの向こうへと去っていく。
よし、これでようやくできるはず。
……そう思っていたけど、肝心な部分がいつの間にか萎えてしまっていた。




