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通学用の自転車であっという間に悠の家に到着。いつものようにチャイムを押すとインターフォンから声が返ってくる。
でも、いつもとは違った。
大体においてスピーカ越しに聞こえる声は小母さんのだけど、今日は悠の声。
ものぐさで面倒くさがりのアイツが対応するなんて。
開いているから入ってと言われ、勝手に知ったる悠の家に。
「お邪魔しますー」
聞こえないのに律儀に響子は挨拶をする。
いつものように玄関で靴を脱ぎ会談を上り悠の部屋へと向かうとしたら、リビングから悠の声が。なんで、そこにいるんだ。
まあ、悠の家だから何処にいてもおかしくはないんだけど、今からするのは課題だろ。そこじゃ邪魔になるものがたくさんあるだろ。
ついでに祝日だから小父さんもいるだろ。あの人がいたら楽しいけど、宿題が絶対に捗らないはずだし。
「行かないの?」
階段の前で躊躇していた俺に響子が言う。
まあ、呼ばれたからには行かないとな。それを無視して悠の部屋に行くのもなんだし。
リビングのドアを開けると悠がいた。
まあ、そこから俺を呼んでいたわけだからいるのは当たり前なんだけど少しだけ戸惑ってしまう。
「ああ、悠ちゃん可愛いー服」
その理由は俺にしか聞こえない声で響子が説明をしてくれた。
そう、格好というか、服だ。
ついこの前までは中学の小豆色のダサいジャージがお前の定番の家での格好だったのに。どうしていきなりそんなのを身に纏っているんだ。
「でも、ちょっと露出多いいよね。なんかエッチな感じだし」
これまた俺の内心を響子が口に出す。思っていることは同じだ。
モコモコの上はいい。けど、下のパンツは短すぎるだろ。というかほとんど太い足のほとんどが露出しているだろ、それ。
只でさえ昨日のヤバイ状態が継続中なのに、そんなのが終始目に入るのは危険だろ。
理性をちゃんと保たないと。大きく一つ深呼吸をする。
「……小父さんと小母さんは?」
思考を働かなさないと本能に負けてしまいそうになる。響子の目がなければ今すぐに襲い倒して溜まっている欲求を放出したいという衝動を無理やり押さえ込み、悠に聞く。
「いないよ。今日はデートだって言って、朝早くから出かけて行ったよ」
仲良いよな、あの人達。でも、今日は居てほしかった。
俺の中で溜まり続けているものが暴発しないように見張っていて、いや見える範囲にいなくても居てくれるだけで抑止力になってくれてはずなのに。
本当にヤバイ。
このままじゃ絶対に悠の誘惑に、本人は多分そんなことを考えていないと思うけど、負けてしまう。
これまでの経験からいって俺がしたいと言えば、悠は簡単に開いてしてくれるはずだし。
「……悪いけど今日は帰るわ。……用事を思い出したから」
適当な言い訳をしてこの場から逃げ帰ろうとした。
「えー、竜ちゃんいないと宿題できないよ。こんな量あたし一人じゃ絶対に無理だよ」
身長差があるから必然的にそうなるわけだけど、意図的な、あるいは媚びているような上目遣いで悠が迫ってくる。
それは分かる。お前の力じゃ、出された宿題全てを自力で片付けるのが不可能ってことは。
けど、今はすごく危ない状態なんだ。
「用事なんかないでしょ。一緒に宿題しようよ。解らない問題があったら教えてあげるから」
響子が言う。
そうしてあげたいのは山々だが、
「ねえ、いいでしょ」
悠がすり寄ってくる。響子が纏わりついてくる。
分かった。分かったから、今すぐに俺から離れろ。チラチラと見えたり、あるいは大胆に見えているものが俺の欲情を掻き立てるから。
「離れろ。それよりもさっさと課題を終わらせるぞ」
悠を強引に引き離して宣言する。課題に集中すれば余計なことを考えなくてもすむだろう。
「はーい」
思いのほか、簡単に悠は引き下がった。いつもなら駄々をこねるというのとは少し違うけど、ダラダラしたりして始動が遅いのに。
「それじゃ、こんなところにいつまでもいないで悠の部屋に行くぞ」
「今日は誰もいないから、ここでしようよ」
ここには宿題の進行を阻害するものがあるけど、それはまあ悠の部屋も同じだし。それなら別にここでもいいか。
大型のテレビの前に置かれている座卓でさっそく課題に取りかかろうとする。
と、その前に。
「悠、お前向うに回れよ」
俺の横に座らなくてもいいだろ。反対側に座ったほうがいいんじゃないのか。
「だって、反対に座るとノートが見難くなるし」
まあ、言っていることは理解できるけど。少し邪魔だ。こんなに広いリビングで肌が触れるほど近付かなくてもいいだろ。
俺が今大変危険な状態でいることを察しろよ。幼馴染なんだから。
そんな俺の想いなんか全然気にしないで悠が俺へと体をくっつけてくる、密着させてくる。
本当に危険だから。響子の存在がなければ、今すぐにでも押し倒したいくらいなのに。
離れようとするけど、離れない。
ならば、引き離そう。両手で悠の体を押し返そうとした。掌に柔らかな感触が。
できない。
無理に押し返そうとすると、そのまま勢い余ってしまう可能性が。
躊躇してしまう。その隙に悠は俺へと四つん這いで迫ってくる。
目の前には悠の顔、俺が来る前に髪を洗ったのか、甘い香りが鼻腔をくすぐる。
「ねえ、課題しないの?」
こんな状況なのにのんきな口調で響子が言う。
したいのは山々だ。理性では課題をしないといけないとちゃんと認識している。だけど、その理性を本能が駆逐しようとしている。
近いのに、さらに悠は顔を俺へと近付ける。
俺か悠、どっちかがあと少し身を乗り出せば互いに唇が触れ合うような距離。
熱い、熱のこもったような瞳が俺を見ている。
駄目だ、ここで誘惑に負けてしまったら。響子が見ているのに。
残っている理性でこの状況から脱する方法を模索する。
「……ね、しようよ」
悠の言葉が終わらないうちに、俺は悠の口を自分の口で塞いでしまった。
まだかろうじて繋がっていた最後の理性の糸がプツリと音を立てて切れた。




