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俺の言葉に気をよくしたのか、それとも自分が本当は高校生活を送っていたかもしれない可能性があるということに喜びを感じたのか、その辺は聞いていないから定かではないが、あきらかに響子の雰囲気が今朝に比べてすこぶる良くなっていた。
ついさっきまでは俺の後ろに憑いている、じゃなくて付いてくるだけだったのに。
それが、今は俺の前を気持ちよさそうに飛んでいる。
本気を出さなくても、もう少しケイデンスを上げれば簡単に追い抜くことができる速度だったけど、あえて軽いギアでゆっくりとペダルを回す。
そういえば、こんな風に響子の後ろに付くことなんかほとんどなかったよな。
なんか新鮮な気分だ。
まるで空中を泳ぐかのような。
けど、マンガやアニメなんかでは優雅で涼しげなイメージがあったのになんだか違うような。
すぐに、その理由に気付いた。
響子の格好だ。
黒系のセーラー服。まだ四月とはいえ、この陽気の中では暑苦しく感じてしまう。
「なあ、その恰好しかできないのか?」
別にそのままでもなんら支障があるわけでもない。しかし、思わず聞いてしまう。
「……恰好って、制服のこと?」
振り向きながら響子がセーラー服のスカートの裾を持ち上げて言う。
いつもは隠れている部分がチラリと見えた。
ああ、と言いそうになったけど止める。響子の制服は昔の高校のもの。自由に変えることできるのなら、今と同じ制服で出現していただろう。
「できるよ」
あっさりと返事が返ってくる。なんだったんだ、俺のさっきの葛藤は。無意味じゃないか。
「だったら、何で昔の制服を着ていたんだ?」
さっき思ったことを今度は口に出す。
「うーん、別の服に着替えることもできるけど、それって昔の夏服と体操服だけなの。本当は私もブレザーを一度くらいは着てみたかったんだけど駄目だった」
それは残念だな。
「じゃあさ、体操服に着替えてくれよ」
体操服で飛ぶとどんな映像になるのだろう。
「竜ちゃんのエッチ」
思いもしない言葉が飛んできた。
「はあ? なんで俺がエッチなんだ?」
たしかにそうだけど、今のやり取りからどうしてそんな言葉が出てくるんだ。
「だって、私のブルマ姿を後ろからじっくりと見るつもりなんでしょ。お尻を鑑賞するつもりなんでしょ」
お尻を隠すように押さえながら響子喚く。
ああ、そうか。ネットで得た知識だけど昔はブルマとかいう女子用の体操服があってお尻の形が分かるということで大変不評だったんだよな。それで今ではハーフパンツに。
響子もそんなものを穿いていたんだ。
「今、エッチなこと考えていたでしょ。私のブルマ姿を想像していたでしょ」
違う。着ていたんだなとは思ったけど、想像なんかしていない。世の中にはブルママニアと呼ばれる、あるいは自称している人達もいるけど、俺にはそんな嗜好はない……はず。
「考えていない」
「それじゃ、どうして突然着替えろなんて言うの?」
「いや、後ろから見ていると暑苦しく感じて、涼しげな服の方がいいかなと思って」
「だったら夏服でいいのに」
「そうだけど、体操服の方が運動しているって感じだろ」
こうやって一緒に走っているんだ。まあ、走っているのは俺だけど。
「ふーん、じゃあそういうことにしておくよ」
誤解だ。けど、反論でいても無駄なような。
「それで、夏服でもかまわないのかな? 竜ちゃんが望むのならすぐに変えるけど」
「ああ。……でも、どうやって着替えるんだ?」
というか、すぐに着替えが可能なのか?
「その辺は乙女の秘密ということで、それじゃ……」
いつの間にか響子の服は涼しげな白のセーラー服、薄手の紺色のスカートへと変貌していた。
「着替え完了」




