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 離れた場所に建っているあのラーメン屋のことを知っている。

 だったら、この辺りの土地のことももしかしたら記憶にあるかもしれない。そう考えて、開店時間までの間、ラーメン屋の付近をロードバイクで散策した。

 狭い、おまけに交通量も多い。つまり、走り難い。土地勘が皆無なことを差し引いてもあまり積極的にロードバイクで通りたいと思わないような場所。

 それでも、もしかしたら響子の記憶にひっかかるような場所が、あるいは建物が出現するのではという淡い期待なようなものがあった。

 だけど、そんな期待は大体の場合は見事に外れてしまう。

 この場合もそうだった。

 開店時間までの時間つぶしと思っていたけど、道に迷い、結局二時間程走ったけど、響子はどの景色を見てもあのラーメン屋と同じような言葉は一言も漏らさなかった。

 やはり、単なる勘違いなのか。

 それとも偶然、あの店のことだけを思い出したのか。

 その答えをもうすぐ知ることができるかもしれない。

 けど、その反面知りたくないような気持もある。もし、間違っていたら。まあ、違っていても仮定を響子に告げたわけじゃないから別に問題なんかあるわけないのに、それでも経験したことのない怖さのようなものがあった。

「急がないの。もう開店しているよ」

 迷っている間に開店時間が過ぎていた。

 行かないと、そう思っているのにペダルが重たい。これは単なる空腹で力が出ないのか、それとも気持ちがそうさせているのか判別はできないけど、前に思うように進まないのは事実。

 それでも漕ぎ続けて、ようやく到着。

 予定では開店と同時に入店するはずだったのに、昼前に。それでも時分前だから、すんなりと入ることができた。これであと三十分も遅れていたら、きっと待つことになっていたはず。

「わー、全然変わらない」

 店に入ると同時に響子の声。

 記憶にある店と内装も一緒なのか。たしかにこの店は外も中も古いけど。

 アルバイトの女の人に案内されたのはカウンター席。いつもは叔父さんと一緒だから、だいたいテーブル席だったのに。

「いらっしゃい。あれ、大島さんは? 何、今日は一人なの?」

 厨房から店長が声をかけてくれる。

 ああ、そうか。響子のことは見えないから一人での来店と思われてカウンター席に案内されたんだ。

「えっ、ああ。はい」

 俺のことを知っていてくれたんだ。よく連れてきてもらっていたけど、食べてばかりで話した記憶がほとんどないのに。

「うわー、藤本さん老けたな」

 俺にしか聞こえない響子の声。

 何回もこの店に来ている、何度もここでラーメンを、担々麵を食べている。だけど、今の今まで店長の名前を知らない。

 それなのに響子は一目見て、店長の名字を言った。

 ああ、でもまだ人違いの可能性もある。それに仮に正解だったとしても、俺が気付いていないだけど店のどこかに名前が書いてあって、それを偶然響子が発見した可能性も。

「で、何にする?」

 ああ、そうだ注文しないと。

「えっと担々麺。あ、大盛りで」

「了解」

「懐かしいなー」

 懐かしそうな声。本当にここはお前の記憶にある場所なのか。

 頭の中がパニックを起こしそうになっていた。考え中と葛藤と、その他諸々で。

「はい、担々麺大盛り。それからライスと餃子」

 ストップをかけたのは店長の声。

 あれ? 俺が注文したのは坦々麺だけなのに。

「これサービス。小さい頃から来てくれていた子が一人で来店するようになったんだから」

 サービスは嬉しいけど、本当は一人での来店じゃないんです。見えないけど、本当はもう一人います。  

「ありがとうございます。……えっと」

「ああ、俺の名前知らなかったか。まあ、いつも店長としか呼ばれていなかったし。俺はね、藤本っていうの。覚えておいてね」

 響子の記憶と符合した。

 記憶違いなんかじゃない。

 ということは、俺の過程は正しいのか。

 正直味がしなかった。いつもは辛いけど美味しいと感じるのに。それでも出されたものを全て綺麗に平らげて、ごちそうさまとサービスのお礼を藤本さんに告げて、店から出た。



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