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いつもは遅刻してしまうようなギリギリの時間まで布団の中にいるけど、今朝はそれよりもかなり早い時間に目が覚める。
休日なのに。
どれだけ寝ていても遅刻の心配はないのに。
昨夜の響子の様子が気になったから早く目が覚めたというのも理由の一つであるが、それ以上の訳が、眠りに落ちる前に浮かんだ妙案を実行するためだった。
それを行う前に、まず朝食を。腹が減ってはなんとやら、ではないがエネルギーが、カロリーが不足しているとこれからの計画に支障をきたしてしまう。
準備を開始する。風がはらまないような服を選び、ズボンは裾を捲り上げる。一応用心のために日焼け止めを顔と露出してる部分に塗り、部屋の隅に置いてある叔父さんのお古のヘルメットとグローブを着用、後は諸々の必需品を詰め込んだリュックを背負う。
よし、これで出かけるための服装はOK。
お次は自転車の準備。いつもの通学用の自転車じゃない。久し振りに乗るロードバイク。
空気圧をチェック。案の定減っている。これでも走れないことはないけどパンクが心配なので叔父さんから言われたエア気圧よりも若干少なめにして。
ついで、チェーンに油も少し差しておく。
「出かけるぞ」
背後に憑いている響子に宣言する。
返事は帰ってこない。昨日からずっとこの調子、見事なまで落ち込んでいる。
これを打開すべく思いついたのがロードバイクで走りに行くこと、出かけること。
せっかく高校の外へと出られるようになったのに、初日に寄り道したくらいで後はずっと家と学校の往復。気分転換というか、気晴らしでもしたら、響子の気持ちが少しでも回復するんじゃないだろうか。
これが功を奏するとは絶対に言えないが、それでも俺としては暗い雰囲気をまとった幽霊と一緒に部屋の中で鬱々と過ごすは嫌だし。
それに、これは俺の事情だけど、高校に入学してからろくに走っていない。このままでは体が鈍ってしまう。
トップチューブに跨り、右足をペダルの上に乗せる。
さあ、これでいつでも出発できる。
「響子、今日は出かけるからな」
もう一度声をかけるけど、やっぱり返事は返ってこない。
それなら勝手に行くまで。ペダルの上に乗せた右足に体重をかける。その重みでクランクが周り、チェーンが動く。チェーンの動力は後輪に伝わりロードバイクは走り出す。
俺が動くと響子も動く。
憑いているのだから俺からは離れられない。
膝を抱えた格好で宙に浮いているセーラー服の少女。
俺以外に響子のことが見える人間がいたのならば、この光景はすごくシュールに映るだろう。だけど、そんな人はいない。
ついでを言えば、俺も最初にちょっと確認しただけで後はほとんど見ていない。というのも、よそ見運転は事故のもとだから。
この辺りは住宅街。休日でいつもよりも人の数は少ないけど、それでも注意をしないと。
安全運手を心掛けながら俺はペダルを漕ぎ続けた。




