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「今日は来たんだ」
部室に入るなり先輩の一言。
文字にすると何気ない言葉のように思えるけど、その裏にはなにか棘のようなものを感じてしまう。
「昨日は竜ちゃんとデートしていました」
一緒にやって来た悠が言う。こら、誰がデートなんかした。昨日の学校帰りは、俺とお前、それから響子の三人で一緒に行動しただけだろ。
「それから奢ってもらいました」
たしかに祝杯を挙げるためにファミレスで奢ったけど、それは今言うことじゃないだろう。もう少し空気を読もうよ。先輩なんか心なしかピリピリしているような感じだし。普段のお前はその辺りをちゃんと読めるだろ。それなのになんでベラベラと喋るかな。
「そう」
ほら、機嫌が余計に悪くなったような気がする。
ああ、こんなことなら響子の要望を無視して今日も部活に来ずに帰ればよかった。
俺が帰れば、響子は自動的について来るしかないし。
昨日までの校内を自由に行動できるのとは違い、今は俺の半径約二メートル弱の範囲でしか動けない。
悠は読書をしている先輩に昨日ことを報告している。
しなくてもいいのに、そんな火に油を注ぐような行為。
「ねえ、竜ちゃん。先輩に謝ったら」
「何を謝るんだよ?」
別にやましいことなんかした覚えなんてないし。
「だって昨日は無断で部活をサボったでしょ」
昨日は水曜日じゃないんだから、サボりじゃないだろ。入部する時に先輩言ってたじゃないか、水曜日以外は自由にしていいって。
「寂しかったんだと思うな」
響子の一言で合点がいった。
そういえば入部して以降は毎日部活に来ていたな。それが突然連絡もなしに来ないじゃ心配してしまうのも無理もない話かもしれない。
機嫌が悪そうなのも理解できるような気が。
「……分かった」
制服のポケットからスマホを取り出し、先輩の方へと歩き出す。
「昨日はすいませんでした、無断で休んで」
「……別に、来る来ないは君の自由だから」
視線を俺の方へは向けず、本に落としたままで言う。
「今後、こんなことがないようにするんで先輩の番号とアドレス教えてもらえますか」
「あ、あたしも知りたい」
悠もスマホを取り出す。
「……そうね、互いに連絡先が分かっていたら昨日みたいにずっと待ち惚けを食らうようなことはなくなるから」
いつもよりも少し早口に言いながら先輩は横に置いてあるバッグから、携帯電話、スマホじゃない折り畳み式のガラケー、を取り出す。
手間取りながらも連絡先の交換。
さっきのこといい、機械に弱そうなこといい、硬そうで、真面目そうな印象があったけど、意外と可愛いところあるな、この先輩。




