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 いざ決戦の時。

 大げさな表現かもしれないけど、それくらいの心構えだった。

 それは響子も同じみたいで、いつもは授業中でも時折俺にちょっかいを出したり、悪戯したり、真面目に聞いていなければいけない場面で笑わそうとしてくるけど、何もしてこない。

 ただ、ジッと窓から外の様子を見ているだけ。

 緊張している様子だった。

 そんな響子を見ていると俺にまで緊張が伝播してくる。昼休みにはダメ元と言っていたけど、これで上手くいかなかったらと考えてしまう。

 

 継続した緊張は体を硬くする。

 思うように動かない体で帰るための準備を。と言ってもバッグを肩にかけるくらいだけど。

 無言のままで階段を下りる。

 言葉が無いのは響子も同じ。

「竜ちゃん、今日は帰るの?」

 背中に能天気な声が。声の主は悠。

「……ああ」

 見事なまでの声が掠れている。情けないな。

「それじゃ、あたしも一緒に帰る」

 いや、今から大事なことがあるから。お前は部活に行けよ。

 最近は先輩とも仲が良いみたいだし。

 後をついてくる悠のことは放っておいて、俺と響子は下駄箱に。口を履き替えて、駐輪所に。

 この間ずっと無口のまま。

 まあ、周りには悠を含めて誰かの目が絶えずあるから響子と話すわけにはいかない。だが、それにも増してこの先の未来のことを考えると言葉が出てこないというのが正直なところ。

 それは、響子もおなじだった。

 響子の声は俺にしか聞こえない。だから、周囲に誰がいようとお構いなしに話したい時には、俺の都合なんか関係なく話しかけてくる。それにこんな風に悠が横にいて色々と喋っていると、向うは見えないのに相槌を打ったりして反応しているのに。

 駐輪所へ。

 後は自転車に乗って校外へと出るだけ。

 さっきまでも緊張していた。けどその緊張がより強くなっていく。

「待ってよー」

 悠の声が聞こえたような気がしたけど。

 自転車のカゴの中にバッグを入れる。いつもならここから自転車に乗って下校するけど、今はそんな気になれない。

 自転車を押し歩く。

 一歩、また一歩と校門に近付くにつれて心臓の鼓動が大きく、速くなっていく。

 校門前に到着、あと一歩踏み出せば結果が分かる。

 それなのに、その一歩がなかなか踏み出せない。

 成功するという淡い期待はこの段階でほとんどなくなり、失敗してしまうんじゃないのかという不安が俺の中を占拠してくる。

「待ってって、言ったのに」

 遅れていた悠が追い付いてくる。

「いっ、行くぞ」

 いつまでもこうしているわけにはいかない。

「……うん」

 俺同様に緊張している声が返ってくる。

 そうだよな、ずっと出たかったんだよな。外の世界を見たかったんだよな。

 けど、怖い。

 自分のことじゃない。だけど、だからこそすごく怖いと感じた。

 目を瞑る。そのままで思うように動かない右足を一歩前と踏み出す。足の裏に地面の感触を感じると、今度は左足。

 これで学校の外に出たはず。……響子は。

 閉じていた目を開けて確認するよりも先に答えが。

「出られた。……竜ちゃん、外に出ることができたよ」

 本当に嬉しそうな声が耳へと入ってきた。


 声が出なかった。

 横に悠がいるから、他の下校の生徒が周りにいるから、歓喜の声を張り上げるなんてことはできないけど、それでも喜びの感情が心の底から沸き上がり、自分でも制御がきかずに、周囲のことなどお構いなしに爆発するような喜びが声になって飛び出てくるかもしれないと想像してけど、実際にそんなことは起きなかった。

 それは響子も同じようだった。

 あの、嬉しそうな声の後は一言も発していない。

 まあでも、そうかもしれない。俺でさえこうなんだから、当事者である響子はもっと。

 それとも積年の想いがこうもあっさりと叶ったから案外拍子抜けしてしまったのだろうか。

 ともかく、学校から出られた。これは俺に取り憑くことに成功した証だろう。

 喜びに打ち震える俺と響子。

 そこに事情を全然知らない悠の声が。

「ねえ、竜ちゃん帰らないの?」

 ああ、帰る。一人じゃなくて、響子を連れて。

 けど……。

「なあ、どっかに寄ってかないか?」

 このまま真っ直ぐに帰るのが少しもったいないような気が。どこかで祝杯を挙げたい気分だ。まあ、未成年だからアルコールじゃなくてジュースでだけど。それに、響子に四半世紀ぶりの外の世界を見せてやりたいし。

 質問は悠に向けて、でも響子の回答を待った。

 俺の意図に気付いてくれたのか響子が肯く。

「行くー」

 悠の答えは聞くまでもないが、予想通りの声が。

「そんじゃ行くか。行く場所は走りながら考えよう。それから今日は機嫌が良い何か奢ってやるぞ」

「やりー。竜ちゃんにご馳走してもらうのなんて久し振り」

 悠と並走して、後ろに、浮かびながら付いて、憑いて来る響子を連れて、いつもの帰り道とは違う道を自転車で走る。



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