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 昨日は鍵が閉まっていたけど、今日は開いていた。

 つまり、俺達よりも先に先輩が来ているという証拠。

 入る前に挨拶をして入室する。悠も同じように。中学時代に散々先輩から言われて癖になっていた。

「どうしたの急に?」

 響子が驚いた声を出す。そうか、驚くよな。昨日は、思ってもみない展開になりつい忘れていて黙って入室してしまったんだから。

 けど、その説明はしない。横に悠がいるから。まあ、後で二人きりの時に話すから。

「来たんだ……本当に」

 来るとは思ってもみなかった。そんな口調だけど、その中に少しだけ嬉しそうな感じが。

 まあ、俺の気のせいかもしれないけど。

「迷っていましたけど、入部する意思を固めてきましたから」

 その意思を固めたのは俺じゃなくて響子だけど。

「でも、困ったわね。君一人だけだと思って申請用紙は一枚しか用紙してこなかった」

 言葉とは裏腹にあんまり困っていないような声。

「あたしは別に構いませんから。いつもでOKですよ。……えっと」

 ガキの頃とは違いいつの間に物怖じしない性格になった悠が先輩に。

「……伊勢よ。貴女は?」

 距離感なく詰め寄られた先輩がたじろぎながら言う。そうか、先輩は伊勢というのか。

「えっと八木悠です。でも、苗字で呼ばれるのは好きじゃないから名前で呼んでくださいね。伊勢せんぱい」

「……分かったわ、……悠さん」

「別に呼び捨てでもいいのに。それで伊勢せんぱい。この部って何をする部活なんですか?」

「知らないで入るの?」

 少し呆気にとられたような先輩の声。まあ無理もないよな。普通はどんな内容か知ったうえで入部するよな。

「だって竜ちゃんに着いて来ただけだから」

 あ、そういえば説明をしていなかったな。

「文芸部っていう名前だから本に関係する部活だとは思うけど」

「そうね、ちゃんと説明をしないとね。そこに座ってくれる。ああ、君も」

 悠のついでに。まあ、入るのも響子のついでだから。別にいいか。

 促されるままに椅子に座。ただし、悠の横にではなく少し間を開けて。すると、悠が自分の座っている椅子を引きずって。

 こんなに広いのにわざわざ横に来なくてもいいだろ。

「仲が良いよね」

 響子はそう言いながら悠とは反対側の俺の横の机の上に正座する。

 座らなくてもいいだろ、お前は。心の中に一人ツッコミを入れる。

「それじゃ説明をするわね。基本的には自由。本を読むでもいいし、何かを書いたりしてもいい。幽霊部員といて名前だけ登録して来なくてもいい。……けど、年に一回。文化祭には毎年同人誌を刊行することになっているから。もしよかったらでいいけど、その時に執筆と編集を手伝ってくれれば嬉しいかな」

 俺の横で響子が真剣な顔をして聞いている。その反対側では悠のボーとした顔が。

 見事なまでに対照的だ。

「伊勢せんぱーい。あたし馬鹿だから執筆なんかムリー」

 ボーとして表情が困り顔へと変貌した悠が泣き言を言い出す。

「あ、あの無理に執筆をしろなんて言わないから。……その、少しだけでも手伝いをしてくれるならそれで十分だから」

「それなら、大丈夫かも」

「それで君は、えっと……」

「ああ、俺は大島竜平っていいます」

「大島くんも執筆は無理なのかな?」

「それは多分大丈夫だと思います」

 文章を書くのは正直苦手だけど、執筆するのは俺じゃない。さっき響子のやる気みたいなものを感じたから、おそらく問題ないだろう。

「えっ、竜ちゃん文章書けるの? 作文でめちゃくちゃ苦労してたのに」

「ああ、問題ないはず。高校に入って変わったんだよ」

 二十云年も高校生活を行っているんだからある程度の文章は書けるだろう、確認していないけど。……多分、大丈夫なはずだよな。

「それから部活は一応毎週水曜日って昔から慣例があるから。それ以外の日は来なくてもいいわよ。毎日ここまで来るのは一苦労だから」

「そうなんですか。助かったー」

 悠の安堵の声。ここに来るまでにしんどそうだったもんな。まあ、そんな触るとプニプニしていて気持ちいい体じゃしょうがないか。

「別に毎日来てもいいんですよね」

 来るかどうか響子次第だけど。

「ええ、別に構わないわ。私は委員のない日には毎日来ているから」

「来て何しているんですか?」

「静かだから読書をするのに適しているの。それに先輩方の残してくれた同人誌は持ち出し禁止だから、ここじゃないと読めないし」

 毎日通うことになりそうだ。響子は読んでみたいと言っていたからな。

「はーい」

「説明はこれくらいでいいかしらね」

「ねえ、竜ちゃん。同人誌って何か書くのにテーマがあるのかどうか聞いてみて」

 感じ取ったやる気は間違いなかったようだ。

 響子の言葉は俺以外には聞こえないから、さっきの質問を先輩に。

「まだ決めていないわ。そうね、せっかくだから次の部活は今年の作品のテーマについて議題にしましょう。それじゃ今日はもう解散で。ああ、後は悠さんの申請用紙は次で構わないかしら」

「はい、問題ないです。それじゃ竜ちゃん帰ろうよ」

 悠が言うけど、それを無視して教室の後ろへと。

「先輩、ここの本見てもいいですか?」

「ええ、自由に読んで結構よ。ただし、さっきも言ったように持ち出しは厳禁だから」

 先輩の言葉が返ってくる前に俺は本棚の中を物色していた。

 特に読みたい本はあるわけじゃない。別の理由があるから。

 それは昨日できなかったこと。昨日思い立ったけど、確認できなかったことを調べるため。

 歴代の文芸部の同人誌はすぐに見つかった。

 だけど、肝心の号が見当たらない。

「ねえ、竜ちゃん帰ろうよ」

 帰る素振りをみせない俺の制服に裾を引っ張りながら悠が。

 俺はやることがあるんだから、お前は先に帰っていいんだぞ。

「いいから、今日のところは悠ちゃんと一緒に帰ったら。私はまた今度でいいんだから」

 悠のことを憐れに思ったのか響子が助け舟を出す。けど、勘違いをしているぞ。この捜索は響子のためじゃなくて、俺自身のため。

 昨日今日でこのまま帰ったら、なんか気持ち悪い。

 二人の声を無視しつつ全ての本のタイトルに丹念に目を凝らす。

だが、無い。

「先輩、文芸部の本、最初の三冊が見つからないんですけど」

 読みかけの本を閉じて先輩が本棚まで、つまり俺の横までやって来る。

「変ね。前に見たときはちゃんとあったのに」

 小首を傾げながら言う。意外と可愛らしい仕草をするな。

 ていうか、この人本棚の本を全部把握しているのか。

「探しておくから、今日のところはもう帰りなさい。可愛い彼女が待ちかねているわよ」

「早く帰ろー」

 俺のバッグまで持っている嬉しそう声の悠。腕を引っ張るな。

「それじゃせんぱーい、お先に失礼します」

「はい、さようなら」

「竜ちゃん、また明日ね」

 待て。響子の許可があるからお前と帰るのは別にいいけど、訂正だけはさせてくれ。先輩は誤解している。

 俺は悠の彼氏じゃないし、悠は俺の彼女じゃない。

 誤解を解くこともできないまま、というか一言も言えないままで俺は教室を、学校を後にした。



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