表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

22/88

22


 結局選んだのは最初に言っていた本。

 初めからそうしておけば、あんなふうに叱られることなんかなかったのに。

 文句の一つも言いたいところだが自重する。また、自分で思ったよりも大きな声が出てしまい、怒られてしまう可能性もあるから。

 しかしまあ時代小説か。幅広い趣味をお持ちなことで。

 ああでも、ずっと病弱で人生の大半をベッドの上で過ごしていたようなことを言っていたから、ありとあらゆるジャンルに手を伸ばしていたんだろうな。

 空いている席を探す。できれば、あまり人が座っていな場所。

 なんとか見つかる。良かった、これなら響子と小声でやりとりすることも可能だ。近くに誰かがいると、そんなことできないから。

 小説の題名は俺でも知っているものだった。と言っても、俺が知るきっかけになったのはネット上で老人向けのラノベと揶揄されている作品だったから。 

「それじゃ開いて」

 嬉しそうな声。はいはい、お姫様、仰せのままに。小説の表紙をめくり、目次をすっ飛ばして、本文最初のページへ。

 せっかくだから俺もちょっと読んでみる。おお、意外と読みやすいな。もっと小難しい文章で書かれていると思ったけど。なるほど、これならラノベと言われるわけだ。普段本を読まない俺でもスラスラと進む。

「竜ちゃん、次」

 耳元で響子の声。

 読むの速いな。俺はまだページの半分も読んでいないのに。そんなに急かすなよ。

「はやくはやく」

 俺の思いとは裏腹に早くページをめくれと催促しやがる。そんなに活字に飢えているのか。とあるアニメのダメ主人公のように。けど、考えてみれば仕方がない話かもしれない。響子はずっと誰かが読んでいるのを後ろから盗み見することしかできなかった。自分が望んだ本を読むのなんて何十年ぶりのことなのだろう。

 急く気持ちも分からないではない。

 が、読むスピード速すぎ。

 俺はアナログ世代のお前と違って活字の本を読むことに慣れていないんだ。これがモニター上で、なおかつ横書きならば何の苦もなく読み流すことができるけど。

 どうしようか?

 指示に従って自分のことは無視してページを繰るマシーンになるべきなのだろうか。

 いやしかし、ほんの数行しか読んでいないけど、この小説に興味を持ってしまった。

 俺自身も読みたい気分になった。

 響子のペースに合わせると流し読みどころか、大半の文字が目に入るどころではない。

 さあ、どうすべきだ?

「ねえ、次のページに進んでよ」

 思考中の俺に催促の声。

 俺はその声を聞くとページをめくって、次へと進んだ。

 ここはまあ、響子の言う通りにしてやろう。我儘を聞いてやろう。

 自分のことは二の次でいい。俺は借りて自分の部屋で読めばいいんだし。

  

 しかし、本当に響子は読むの早いな。

 あの後、借りて、放課後は教室に残ってずっとページをめくる人として従事していたけど二時間ほどで一冊読み終わった。

 これが高校生活を三十年近くも送ってきた幽霊の実力か。いや、叔父さんもこれくらいで文庫本を読み終えると言っていたな。この年代に人間は読書に慣れているのか。それとも世代なんか関係なく二人とも速いだけなのか。

 興味を持って借りてはきたけど、全然進まないページに少しばかり飽き飽きして考えてしまう。

 そういえば今日は全然話さなかったな。まあ、雨でいつもの場所は使えず、仕方がないとえば仕方がないが。

 少しだけ寂しいような気分が。

 まあ、でも明日は天気予報では晴れみたいだから、あの中庭で。

 けど、また響子が図書室に行って本が読みたいと言い出したら。

 あの場所で話すわけにはいかない。晴天ならば利用者は今日よりも少ないだろうが、声なんか出した日には、またあの図書委員の怖そうな人に睨まれてしまう。

 なるべき希望は叶えてやりたいが、ずっと本を読んで過ごすというのもなんだかな。

 ああ、アイツが校外に出ることが可能ならばこんな余計なことを考えなくて済むのに。

 もし出られたら、俺の部屋で好きなだけ話ができるのに。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ