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昼休み、中庭。あいにくの曇り空だったけど問題なし。
それにしても響子の言う通り、誰もいない。
まさに穴場だ。
ずっと我慢していたせいなのか、それとも話したいことが山ほどあるのか、俺には分からないけど中庭に着いた途端響子の口が閉じることはなかった。
俺は横で昨日同様に相槌を打つだけ。
まあ、それでも楽しそうにしているからいいか。
けどまあ、本当に話題が尽きないな。というか、取り留めがないというか、脱線につぐ脱線というか、アッチに飛んだりコッチに飛んだりというか。
「そういえば竜ちゃんってモータースポーツとか見るの?」
学校内の話題から全然違う方向に。
「まあ、一応。少しくらいはな」
叔父さんの影響で色々見ていたけど、最近は結果だけ確認している。モータースポーツは見るのに金がかかるし。昔は地上波で放送していて無料で楽しめたらしいけど。
「そうなの」
嬉しそうに言う。
「なんで、そんなこと突然聞くんだ?」
「うんとね、私は病弱だったから本を読むかテレビを見るくらいしかすることがなかったんだよね。その時F1が流行りだして、夜中に色んなモータースポーツが放送されていたの。それで見ていて好きになって、ここに来てからも先生や生徒が持ってきたスポーツ新聞や雑誌を覗いて結果を見て楽しんでいたんだ。でもさ、ここ十年くらいは全然その手の話題が学校の中に上がってこずに、最後に出てきたのは小林可夢偉の表彰台のこと。だから、もう今の若い子はその手のことに興味が無いのかなと思って」
確かに人気はない。学校でモータースポーツの話なんかした記憶なし。
「じゃあ教えて、今はどんなふうになっているの?」
瞳を輝かせながら迫ってくる。
「どのカテゴリーのことを知りたいんだ?」
一口にモータースポーツと言っても多種多様だ。まあ、おそらくF1だと思うけど一応聞いておく。
「うんとね、WGP」
意外な答えだ。よもやの二輪好きだったとは。もし可能であれば叔父さんと話が合うんじゃないだろうか。
「ああ、でも今は名称が変わっているぞ。モトGPって」
「そうだった。名前変わったんだよね」
「名前だけじゃなくて、排気量もな」
答えながらスマホを取り出して操作する。ここ数年の年間成績をググる。少しは知っているけど響子のお望みの回答がすぐに出るほどの知識は持ち合わせてはいない。
「ほれっ」
「知らない名前ばっかりだよね、やっぱり」
ちょっとだけ寂しそうな声。
「ああ、でもこの人は知っている。まだ走っているんだ」
「俺が産まれる前からチャンピオンで、今でも優勝している」
「結構知ってるね」
「叔父さんのおかげでな。小さい頃から見せられているせいで煙草も吸わないのに、色んな銘柄の名前を覚えたよ」
「マルボロとか、ロスマンズとか、ラッキーストライクとか」
「そうそう、後はゴロワーズにキャメル、クール、国内だとマイルドセブンにキャビン、他には峰とか」
「そんなにあったんだー。タバコメーカ」
思い出した。
「そういえば叔父さんシュワンツに憧れてたんだよな」
「シュワンツ、覚えている。スズキのエースだよね。凄いブレーキングで抜いていくの」
「そうそう、それで昔はラッキーストライクを吸っていて、ペプシ飲んで、スズキのバイクに乗ってたんだよ。でもさ、ある時期に煙草を別のに替えたんだって」
「どうして? シュワンツっていったらラッキーストライクでしょ」
「ベトナム戦争の時に弾が当たるって迷信が流行ってラッキーストライクは嫌われていたという話を知って、それなら貰い事故に遭わないようにってゲン担ぎで止めたんだって」
「あはは、可笑しい。そんな迷信あるわけないよー」
おいおい幽霊が迷信を否定していいのか。
響子の笑い声に被さるようにチャイムが鳴る。
もう少し話していたような気分だけど、残念ながらここで終わり。
峰はネタです。




