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 放課後、別の校舎。

 響子と初めて会話をしたあの場所。

 着くなり響子は怒涛の如く話し始めた。会話をするというよりも、誰かに話を聞いてもらえるのが嬉しくて仕方がないといった様子。

 ここに来てから俺はほとんど口を開いていない。響子が話している横で相槌を打っているくらいだ。

 それでもなお響子の口は止まらない。

 季節は春。だけど、人気がなく、日の光のあまりないこの場所は少しだけ寒く感じる。

 気温が本当に低いのか、それとも俺以外に誰もいないからそう感じるのか、分からないけど、少々肌寒く感じているのは事実。

 それに話を聞いているだけで、ジッと立っているだけだし。

 相手になってやると自分で宣言したくせに、その言葉を少しだけ後悔し始めた。

 毎回会話をするために、ここまで移動しなくちゃいけないのだろうか?

 これから暖かくなってくるともう少しマシになるのだろうか?

「……聞いてるの?」

 響子の心配そうな声。また一人になってしまったんじゃという不安の混じった音。

 大丈夫、聞こえている。脳内で別ごとを考えていても入ってくる。

「野球部の監督と、吹奏楽部の顧問ができているんだろ」

 さっきからずっとこの手の話題ばかりだ。そういえばうちの母ちゃんも悠のところの小母さんもこういう色恋沙汰の話好きだよな。いつも情報バラエティで仕入れたネタを飽きもせずに話している。生きていれば同じくらいの年齢になるはずだから、おばさんという人種はこういうのが好みなのか。いや、待てよ。悠も結構好きだ。ということは女というのは、こういう話が好きなのか。

 一人納得してしまう。

「良かった。ちゃんと聞こえているんだよね」

「安心しろ聞こえているし、見えている」

「うん……」

「けど、この話は中断だ。」

「えー、なんで? どうして?」

 すごく残念そうな声。そんなに重要なことなのか。

「悪いけどトイレ。思ったより冷えるからションベンしたくなった」

「そういうことなら」

 ああ、そういえば。トイレで思い出した。

「なあ、なんであの時響子はトイレの中に入ってこなかったんだ?」

「えー、だって……」

 下を向きながらモジモジしだした。もしかして?

「恥ずかしかったから?」

「……うん」

 人の色恋沙汰は平気で盗み見するくせに、どうして男子トイレが恥ずかしいんだ。そっちのほうが赤面すると思うんだが。

 それにおばちゃんなら、人が用を足していようが平気で侵入くらいかますだろ。

 なんでそこで初心な少女の心境になるんだ。

 まあ、見た目は少女だから別におかしくないのか。けど、これまでの言動とギャップがあるような。そもそもコイツが少女なのか、おばちゃんなのか、よく分からなくなってきた。

「いいの、トイレ行かなくて?」

 そうだ。今はそれよりも体内に溜まって決壊しそうな尿意をなんとかしないと。


「なあ、やっぱりトイレで話さないか」

 用を足しながら考えた。時間をかけてここまで移動するより、近くのトイレの個室の中で会話していたほうがはるかに楽だ。

 響子は恥ずかしがっていたけど、一度校舎の外に出て壁から窓際の個室の中に侵入すれば男子の用を足す姿を目撃しなくてすむはず。

「ええ、嫌だよ」

 なのに、受け入れてくれない。そんなに恥ずかしいのか。

「けどさ、移動するのけっこう手間なんだよな」

 一苦労とまではいわないが、距離があるし、時間がかかるのも事実。

 毎回ここまで移動しての会話となると短い時間では不可能。それこそ昼休みか、放課後にならないと話せない。

「へっ? それなら近くに良い場所あるよ」

「はあー?」

 こともなげに言う響子。その言葉を聞いて間抜けな音が出てしまう。

「中庭って、誰もあまり来ないよ」

「なんで言わないんだ、そういうこと。それなら、ここまで来なくて済んだのに」

「だって竜ちゃんが着いて来いって言うから」

 確かにそうだ。最初にそう書いた。それは事実だ。だが、良い場所を知っているのなら提案してくれてもいいだろうよ。

 しかし、中庭か。

 盲点だった。確かに言われてみれば人がいないような。けど、

「天気が悪かったらどうするんだ?」

 そう、いつでも晴れなんてことは、この世にはない。

「その時はその時で考えようよ」

 それもそうかもしれない。それにコイツが望むのなら。

「分かった。それじゃ明日からは中庭で話そう。……ただし、昼休みと放課後だけな。それ以外の休憩時間はなし。それから授業の邪魔もあんまりするなよ」

「うん、了解」

 屈託のない笑顔で響子が答えた。



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