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 セーラー服の少女の幽霊は楽しそうに話し続ける。

 その声は耳に入ってくるけど、脳が若干フリーズ状態になっているから内容を理解できない。

「……聞こえている?」

 さっきまでとは一転して不安そうな声。

 ああ、聞こえている。聞こえなくてもいいのに。

「ねえ、てば」

 半透明の、向うが透けて見える、顔が俺へと迫ってくる。細い眉が下がり心配そうな表情。

 そうだ、思い出した。この寂しそうな、憐憫を誘うような顔を見ていたから同情してしまったんだ。

 フリーズしていた脳が再起動を開始する。

「ああ、見えている」

 口が動く、声が出る。その先にも言葉を続けたかったけど自重した。本人を目の前にして、「見たくなかったけど」とは、さすがに言えない。

「良かった。ずっと待っていたんだ。私のことが見える人を。開校以来ずっといなかったから」

 安心したような声。

 違和感が俺の中に生まれる。

「ちょっと待て。見えるから怪談話が生まれたんじゃないのか?」

 そう、コイツのことは怪談話になって生徒に伝わっている。見えないのなら、そんな話が生まれる余地なんかないはずだ。

「……怪談?」

 可愛らしく小首を傾げてセーラー服の少女の幽霊は言う。

 なんで自分のことが分からないんだ。いや、得てして自分のことは意外と分からないものか。噂話なんかはとくに。

 悠から教えてもらった怪談話を伝える。又聞きだからあんまり要領が良くない、グダグダな説明になってしまったが、なんとか理解してもらったようだ。

「そうなんだ。この学校に二十数年いるけど初めて聞いた」

 自分のことなのに感心したように言う。

 コイツはずっと一人で校内を彷徨っていたのか。だからこそ、気が付いた俺にずっとまとわりついていたんだ。

 けど、それだと説明がつかないこともあるぞ。教室で見えるようになる前に夢で見ている。

「なあ、お前は俺に気が付いてほしくて夢に出てきたのか?」

 疑問を口に。質問をしてみる。

「お前って言われるのはちょっと嫌だな。せっかくだから名前で呼んでほしいのに」

 そんなことよりも俺の疑問に答えろよ。

 でもまあ、ずっと会話なんかしてこなかったのだから、これ位のことは譲歩してやろう。

「分かった。お前って言わない。で、名前は?」

 すぐには答えが返ってこなかった。すーと大きく深呼吸をしている。けど、幽霊に深呼吸なんか必要なのか。そもそも息を吸う必要なんかあるのか。

「高井響子。これが私の名前だよ、竜ちゃん」

 どうでもいいような思考を遮るようにセーラー服の少女の幽霊は自分の名前を誇らしげに言う。そのついでに俺の名前も。

「なんで俺の名前を知っているんだ、お前?」

「だから、お前呼ばわりしないで名前で呼んでって言ったじゃない」

 ああ、そうだったな。

「えっと、高井さんだっけ」

「名前で」

 苗字ではなく名前で呼べってか。

「……響子……さん」

 初対面ではないが、初めて会話する人をいきなり呼び捨てでというのは。それに見た目は同い年くらいだけど確実に年上相手だから一応さん付けで。

「呼び捨てでいいよ」

 それでいいのなら、これからは呼び捨てで。

「それで響子、なんで俺の名前を知っているんだ?」

「えっ、だって、竜ちゃんの彼女がそう呼んでいたじゃない」

 彼女? もしかして悠のことか。

「勘違いだ。アイツは幼馴染だ」

「えーっ、そうなの? だって、なんだか怪しいいかがわしいことを言っていたから、てっきり二人は……そういう関係なんだと思っていたのに」

 最後のほうは赤面しながら、そして小声になっていく。

 不覚にもそれを少し可愛いなと思ってしまう。四半世紀以上高校で幽霊をやっているのに意外と初心なんだな。校内でその手の話や行為を目撃してこなかったのか。

 それよりも。脱線してしまったけど俺の疑問に答えてもらっていない。

「じゃあ改めて聞くけど、響子はなんで俺の夢に出てきたんだ?」

「夢?」

「出てきただろ。そこで気付いてほしいと言っていたから、教室で響子の姿が見えるようになったんだ」

「知らないよ。……それに私は学校から出られないし」

 その声には寂しさが含まれていた。

 オカルトに整合性というか、理由なんか求めてしょうがないということか。コイツの、響子の積年の想いが俺に夢を見させた。結果、見ることができた。そう納得することにした。

「ずっと学校の中にいたのか?」

「うん、ずっと。死んでからだと思うけど、気が付いたらこの学校にいたの。最初はなんとか出られないかと頑張ってみたけど校内から出ようとすると見えない壁みたいなものに遮られてしまうの。これって多分学校に行きたいってずっと願ったからだと思う」

 笑いながら言うけど、その奥に寂しさや悲しみが見え隠れしている。

「……ずっと一人で寂しかったんだな」

「そうでもないよ。昼間は生徒がいるから。向うからは見えないけど、こっちからはいろいろと見えるから。観察していると面白いし」

「長い休みの時なんかは?」

「部活の生徒が登校しているし。それに先生方は職員室で仕事しているし」

 そんなのを見ていて楽しいのか? ああでも、それくらいしかすることがないのか。

「じゃあ、夜は?」

 夜中の学校には誰もないはず。いたとしても宿直の教師くらいだろう。

「……夜はね、寝ているの」

 幽霊にも睡眠が必要なのか。そうじゃないな。響子の顔を見ていればなんとなく分かる。賑やかな日中とは違う、静かな夜の校舎。夢の中のあの光景と同じかどうか知らないけど、そこでずっと一人孤独に過ごしていたんだ。寝たふりでもしないと精神がもたなかったのだろう。

……おそらく。

 ずっと俺の周囲でまとわりついてのが、気が付いてほしいと必死に行動していた理由が垣間見えたような気が。

 自分が同じような立場なら、絶対に耐えられないだろう。

 コイツは、響子はそんな境遇をずっと過ごしてきた。

 ようやく見える俺を発見したときは嬉しさも一塩だったことだろう。

 変人扱いはされたくないが、響子を放置しておくことは忍びない。袖振り合うも他生の縁ではないが、こうして会話できるんだ。俺が話せば、この先は一人ではなくなるのだ。

 決意する。

「……よし。……これからは俺が響子の相手になってやる」

「……本当?」

「ああ、いつまで響子のことが見えるか分からないけど、見えている間はお前の相手をしてやる」

「…本当に、……絶対に?」

「ああ。けど、人のいない場所でな」

「うん、それで十分だよ。他の人には見えない私と竜ちゃんが話しているのを見たらおかしな人と思われてしまうからね」

「そういうこと」

 長い年月生きていたから、というか幽霊として存在していたからか察しがいいな。

「これからよろしくね、竜ちゃん。……ところでフルネームはなんていうの?」

 知らなかったのか? さんざん付きまとっていたんだから調べておけよ。

 ああでも、幽霊だから名簿なんかに触れないのか。

「俺の名前は、大島竜平。呼ぶのは竜ちゃんでいいからな」



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