暗い館
いつか僕にも雲に手が届く日が来る。
そう思っていた時代は過去のものへと替わり、今ではまさか届くだなんて思いもしない。
それでもこの空を自由に飛んでみたい。そう思ってしまう。
「どうしたんだい? クロエ、なんだか元気が無いみたいだけど......」
「なんでもないです。ほら、この通り。いつもの僕ですよ」
話しかけてきた男の子を軽くあしらって僕は歩き続ける。この廊下を渡って、そこの角を右に曲がれば僕の学舎がある。
横開きのドアをがらがらと開き、教室に入る。
「うわっ、クロエだわ......あっちに行きましょ」
「半径5m以内に近づかないで!」
そう、これが僕の日常。そして、変えることのできない現実だった。
僕の名前はクロエ、クロエ・ヘルブイム。
学校に入学してからすっかり4年もたってしまっている。それなのに僕は皆の輪の中に入りそびれたままだった。
そんな僕にも唯一、仲の良いと言える友達がいる。
さっき話しかけてきた『ビト・カイラ』だ。彼だけが友達なのだ。
「やぁ、クロエ。やっぱり元気無いよ? 本当に大丈夫なのかい?」
「うん、本当に大丈夫だから。心配してくれてありがとう」
にっこり笑ってビトに言う。いつも通り大丈夫なのではなく、いつも通りが大丈夫ではない無いのだ。そんな僕にとっていつもより、だなんて可笑しな話さ。
でも、心配してくれる友達がいるにこしたことはないだろう。きっと彼を友として手放すことは無いだろう。
ある日の夜
僕はベッドで眠っていた。いや、眠っていたつもりだった。
気が付くとそこはベッドの上ではなく、草の上だった。
「えっ、ここはどこ? 一体どうなってるって言うんだ?」
夏場が幸い寒さを完全に消してしまっていたのがよかった。もし真冬でこのようなことになっていたら、命がそもそも無かったかもしれない。
僕は立ち上がり、辺りを見渡した。
しかし、どこを見渡しても草が広がっているばかり。他には何もない。
(とにかく、どこか休める場所を探さないと......!)
僕は歩き出した。
何時間歩いただろうか。この草原はよっぽど広いらしい。
いつまでたっても草原は続く。終わりが見えなかった。
(ん? あれは......)
目を凝らしてよく見てみると、木が生えていた。それも大量に。
「森林だ!」
思わず声に出してしまう。自分でも驚きだ。
目の前の景色が変わることにとても喜んでいるのだ。それほどまでに疲れていた、と言うことだろう。
森林の中に入る。歩き続けて10分もたたないうちにとある館が見えてきた。とってもついている。うまくいけば泊めてもらえるかもしれない。
「すみませーん、誰か居ませんか? 道に迷ってしまって、ここの場所を教えて欲しいんですが......」
言い終わる前に目の前の扉が、ぎいいぃぃと軋みながら開き始める。
ただ、目の前には真っ暗闇が広がるのみで、人は居なさそうだった。
「お邪魔します......勝手に上がっても良いですよね?」
一足、もう一足と館内に入った。
例のごとく館の扉がぎいいぃぃと軋みながら閉まった。
すると両サイドの燭台に日が灯り始める。それでも館内は暗かった。
不気味な雰囲気が漂って来たので、おいとましようかと思ったが、
「......あれ? なんで開かないんだ? おいおい、嘘だろ? 僕は閉じ込められたってのか!?」
これがこの館に迷いこむまでの物語である。