佐藤勝男が黙ってない‼
みなさん、今は学生ですか?それとも社会人ですか?毎日は充実していますか?それともやりたいさがなくて退屈ですか?もしかしたら、あなたに似た人物に出会えるかもしれません。
時は、2036年の近未来。この時代でも、現在と同じような事が起こる。
ある5月の晴れた朝、晩成高校の校長が朝礼台に登った。
男子生徒の一人が嫌な顔をしながら、
「始まるぜ…、地獄の時間が…。」
とボソッと一言。男子生徒の後ろにいた生徒も、
「本当だよな…。アレをやられたら最悪だよな。」
男子生徒の言っている、『アレ』とは、もう既に学校を卒業している諸君も、朝礼のイヤな事と言えば、お分かりでしょう。そう、あの校長の長い長いお話である。
校長は朝礼台に立った後、間髪も入れずに話し始めた。
「皆さん、お早うございます。」
すると、生徒全員が一斉におはようございま~すと言い終らないうちに、校長は絶え間なく話し続ける。
「大型連休明けで、休み気分の抜けない生徒が、たくさんいるかと思われるが、中間テストも近いので、ビシッと気を引き締めて参りましょう。私は、早いところ休み気分を抜くために、今日の朝からジョギングとラジオ体操を始めました。そしたら、みるみるやる気が出てきて、趣味は活け花と茶道、それと読書で、それまでスポーツにはほとんど感心のなかった家内がジョギング後の私を見て、『私も始めようかしら』と言うほどでした。そして、読書が好きな私の家内が最近読んだ本は…」
と、気分が悪くなってしゃがみこんだり、貧血で倒れる生徒が続出しているにもかかわらず、校長は延々と話し続けた。
「中間テストが終われば、今度は球技大会があります。このような行事は、人と人との親睦を深める大切な機会とも言えるでしょう。最近の若い人は、SNSやらLineやら、スマートフォンばかりを相手にして…」
更に倒れる生徒が続出。それでも校長は話をやめようとしない。
「そして、昨日の巨人と阪神の試合は5対4で、巨人が負けました。非常に残念です。皆さん、今日も1日頑張りましょう!」
どうでもいいような50分程度の、長い長い朝礼話が終わった頃、校長の目の前には、生徒のほとんどがしゃがみこんだり、倒れたりした地獄の光景があった。しかし、校長はそんな事にはおかまいなく、満足した顔で朝礼台を降りた。
そんな事が起きている事も知らず、タムリンこと、ヒロイン・田村奈々が走りながら校門に入って来た。
「先生が校門にいないから、多分大丈夫だな…。」
タムリンは、この晩成高校の1年生。この4月に入学したばかりの女子生徒だ。幼い頃から、小学生までずっと地元さいたま市の女子野球チームで活躍し、中学校では、女子野球部のエースとして活躍していた。その女子野球の実力を買われて、推薦で晩成高校に入学した女の子である。女子野球をしていたとは思えない、三つ編みのロングヘアに、サングラスをカチューシャにした、色白で小柄で華奢な、クリッとした目をした、小動物を思わせる容姿の女の子だ。
上履きに履き替えたタムリンは、まだ先生来てないな…と思いながら教室に向かおうとしたら、すぐにも背後から、
「た~むらく~ん。」
と彼女は、背後から何者かに声をかけられた。
「えっ⁉」
タムリンが振り向くと、後ろには生徒指導の先生が立っていた。
「君、1年B組の田村奈々くんだね。大きなサングラスをつけているから、すぐ君だとわかったよ。先生たちは今、朝礼で倒れた生徒達の世話をしている所だから、まだ教室には来てないだけなんだよ。とっくに時間が過ぎているから、あんた完全に遅刻だよ。」
タムリンは、この日、腕時計を家に忘れて来たので、先生の腕時計を覗きこんだら、8時45分だった。
「しまった、遅刻だあ~!」
と、タムリンが叫んだ時、間髪も入れずに先生は、
「はい、生徒手帳は没収ね。それから、放課後はトイレの罰掃除だよ。」
仕方なく、タムリンは先生に生徒手帳を渡して、1年B組の教室に入って行った。教室内は、朝礼で具案の悪くなった生徒達が机に突っ伏したり、仰向けに座ったりして、脱力状態であった。
「どうしたんだ?こいつら?」
びっくりしたタムリンを見た、同じクラスの男子の堀江は、
「遅刻した奴には分かるわけねえだろ。それに、田村は朝礼がイヤで、わざと遅刻してきたんじゃねぇのか?」
「うっせえよ。今日はお父さんが弁当作ったおかげで、遅刻なの‼」
「お前ん家は、親父が弁当作るのか?」
「堀江には、関係ないだろ。お父さんが、今日は俺が作ってやるって言ったんだからさ。」
タムリンと堀江は、このように普通に会話のキャッチボールをしているようだが、実はこの二人は目下ケンカ中の関係である。
校長の朝礼が原因で、倒れた生徒が続出のため、1時間目の英語の授業は自習である。実は英語の宮崎先生が教室に来て、席に突っ伏している状態だ…。
自習はただ単語を覚えていくだけだし、苦手科目でもなかった。
「英語覚えたって、外国に行きたいとも思えないし…」
元女子野球部のタムリンは、廃部になってからは、ずーっとぼーっとしたままだ。この時間タムリンは、英語の教科書を開いたまま、ただ窓の外を眺めていた。
タムリンは幼い頃から大変なおてんばだった。塀の上から飛び降りたりなど、テレビで見たアクションシーンやヒーローものの真似事をしたり、近所の男の子と相撲をとろうとしたり、次から次へと危なっかしい事をするので、両親を何かとハラハラさせていた。
そんなタムリンの事を考えた父親は、一緒に楽しそうにキャッチボールをしていたタムリンの事を思いだし、
「そうだ、確か地元の女子野球部があったと聞いたな?奈々をそこに入れたらどうだ?」
それを聞いた母親は、
「そうね、これで奈々のおてんばが生かされるなら…。」
と、両親のこの会話がきっかけで、タムリンは4歳の時、さいたま市の女子野球チーム『大宮パワフルガールズ』に入団。両親の予想通り、そこではタムリンのおてんばパワーは見事炸裂‼そのまま小学生になって野球チームのエースにまで上り詰め、メンバーを引っ張っていく存在に。中学生になると、黙っていても女子野球部に誘われ、他校との試合でも大活躍。勝つことも多かった為、新しく時間野球部を創ろうとしていて、平均的なレベルで校風も良いと言われている晩成高校から誘いを受け、推薦で入学。それまで、タムリンの人生はトントン拍子だったが、高校に入ったとたんに、彼女の人生は一転した。
それは、タムリンが高校に入ってすぐの事、彼女は晩成高校に新しく、女子野球部が出来る事にウキウキしていた。ところが、部員数は9人ギリギリだった上に、大型連休前に、2年生になったばかりの部員4人が、東京へ遊びに行く金欲しさに、キャバクラで年齢をごまかしてアルバイトをしていた事が、たまたまその店に来ていた晩成高校の先生にばれていまい、部員4人は即、学校の生徒指導室に呼び出された。
その後タムリンは、女子野球部の顧問になる予定だった先生に呼び出され、女子野球部の創設は白紙にした事を告げられた。
「そんな~っ…⁉ じゃあ、私のこの15年は何だったんだ⁉」
タムリンは頭が真っ白になった状態で、その場に立ち尽くした。その日からタムリンは、何の取り柄もない平均的な女の子になってしまったのである。
なので、連休中は友人からの誘いに、気がのらないながらも、遊びに出かけたりはしたが、それ以外は、ご飯を食べるか、テレビを見て笑うか、寝てるくらいで、ただナアナアと過ごすだけだった。
今のタムリンにとって、学校生活が楽しくないのは言うまでもない。だから、授業も上の空である。その日の2時間目の保健の授業では、担当の山口先生に、
「女子野球部がダメになったから、女子お灸部でも作ろうか?先生が今の君にお灸を据えちゃうぞ。」
と、言われて生徒達に爆笑され、3時間目の社会科の授業では、
「放課後は、先生とバッティングセンターに行かないか~?」と、担当の佐藤先生に冷やかされて、これまた生徒達に爆笑され、4時間目の古典の授業では、担当の本田先生に、
「田村ったら、全くボケーッとしちゃって。入学した頃はあんなに生き生きしていたのに、今のお前はまるでセミの脱け殻だな…。あんまりボケーッとしてると『空蝉』ってあだ名をつけちゃうぞ。」
とからかわれて、これまた生徒達に爆笑される始末。しかも『源氏物語』について勉強している所だった。
「全くついてないな…。」
タムリンは友人達と4人で机を囲んで、父親が作ってくれたお弁当を食べようとして、弁当箱の蓋をカパッと開けたら、ご飯の部分に『奈々 がんばれ』と海苔でデカデカと書かれており、しかも『奈々』と『がんばれ』の間に大きな梅干しがあった。
「タムリンのお弁当面白~い。誰が作ったの?」
タムリンの隣に座っていた子が覗き込んで、大きな声で言った為に、タムリンは顔を真っ赤にして小さな声で、
「……お父さん。」
と一言。その弁当は朝、タムリンの父親が励まそうとして、慣れない料理で作ってあげたものだった。恥ずかしくなったタムリンは、弁当屋の蓋で隠しながら食べた。弁当の8割が海苔の文字と梅干しが乗ったご飯で、おかずは野菜がミニトマトときゅうりの漬物がわずかに入っているだけで、他にメンチカツと思われる揚げ物と、卵焼きがあるだけだった。タムリンは、その揚げ物をメンチカツだと思い、最後の楽しみにとっておこうと思って、海苔文字のご飯を先に食べることにした。海苔文字ご飯を食べながら、友人3人の部活(一人は美術部、一人は卓球部、一人はブラスバンド部)の話を聞いていたタムリンは、
『いいなぁー…、みんなはやりたい事や楽しみがあって、私は何をしたらいいかわからないんだよな…。』
と心の中でぼやきながら、3人の話を聞いているだけだった。そして、最後の楽しみにとっておいた揚げ物が、メンチカツではなく、魚の揚げ物だったことにがっかりした。
5時間目の現代文の授業では、タムリンは右手でペン回しをしながら窓の外を眺めていた。担当の村岡先生は、そんなタムリンに何度も目を向けながら、教科書を朗読していた。そんな中タムリンは、うっかりそのペンを落としてしまった。村岡先生は即、
「田村さん、今読んだ所、読んでごらんなさい。」
とっさに名前を呼ばれたタムリンは、
「えっ⁉何ページですか?」
と言った彼女の反応に、村岡先生は、
「田村さん、あんまりボーッとしてると若年性痴呆症になっちゃうわよ。」
と言い、クラス中が大爆笑。タムリンは顔を真っ赤にして、教科書で顔を隠した。
そして、6時間目の物理の授業では、悩み疲れたのか、やる気が失せたのか、居眠りをしていた。それを見た佐野先生は、持っていたB5版の教科書を筒状に丸めて、メガホン代わりにして、
「こら~!田村‼」
とありったけの大声で怒鳴った。いきなり怒鳴られ、急に起こされたタムリンは、
「・・・はい、何ですか?」
と寝ぼけまなこで一言。
「ホントにもう。女子野球部の創設がなしになってからは、全然だな。お前は正直言って、『女野球バカ』だな。」
またまた、大爆笑であった。タムリンは、こんな自分が情けなくなった。
授業が全て終わると、罰掃除が待っていた。トイレの掃除で、しかも、男子トイレも掃除しなければならない。
「全くついてない一日だったな・・・。お父さんがお弁当を作ったおかけで遅刻だし、授業中にボーッとしていたくらいで、一度ならまだしも、何度も名指しされて笑い者にされて、その上『女野球バカ』だなんて・・・。これも全部キャバクラでバイトした先輩のせいだ‼」
と、タムリンがぶつくさ言いながらトイレ掃除をしている頃、放課後の校庭は、中央ではサッカー部が練習試合をして、端っこでは、男子生徒と女子生徒が二人で大会に出る為に、ヒップホップダンスの練習をしていた。
ダンスの練習をしている二人は、職員室の近くだった。その職員室では、タムリンとは一学年上、2年A組の佐藤勝男が、彼の担任で倫理学を教えている谷藤先生に新しいクラブを創る件で校庭のヒップホップの音楽をバックに説得中であった。
「だから、言っているでしょう?『さいたま市歴史研究部』は、先輩がみんな卒業したから、部員は僕一人になって、一人じゃ部活にはならないから、入りたいクラブがない人や不登校の人の為に、僕は新しいクラブを創ろうと思うんです。」
佐藤は、必死で谷藤先生を説得しているのだが、谷藤先生は、
外のヒップホップダンスの音楽に気を取られていて、適当に、
「不登校の生徒なんて、どう呼ぶんだ?」
と躍りながら答えるので、佐藤は窓を開けて、
「すみません‼今、大事な話し合いをしているので、練習の場所を変えてもらえませんか?」
と一言。ヒップホップダンスをしていた二人は、仕方なく音楽を止め、その場を去った。そして、佐藤は間髪も入れずに話を続けた。
「不登校の生徒を呼ぶ方法なんて、後からいくらでも考えます。とにかく僕は、新しいクラブを創ろうと思うんです。」
佐藤が熱心に話しているのに、谷藤先生は、
「フンフン、それでどんな事をやろうって言うんだね・・・。」
と、まるで聞いていない様子。佐藤と谷藤先生が話し合いになっていないやり取りをしているうちに、職員室に罰掃除を終わらせた事を報告に来た、タムリンが入って来た。
「失礼しま~す。トイレ掃除が終わりました。」
その声を聞いた佐藤は、タムリンを見て一言。
「君、君、君、君。1年B組の田村奈々だよね?」
「えっ⁉、そうだけど・・・。(私に何か?)」
「俺、2年A組の佐藤勝男と言うんだ。今、新しいクラブを創る事で谷藤先生と話し合いしていたんだ。なぁ、俺と一緒に新しいクラブを創らないか?」
「新しい・・・クラブ?」
「そう、俺と一緒に新しいクラブを創って、新しい部員を増やして、何かやりたい事を見つけるクラブなんだ‼」
「やりたい・・・事?」
「俺、クラスの奴から、女子野球部の話が白紙になって、君がやる事がなくて落ち込んでいるって、聞いたんだ。だから、今暇だろ?」
「うん・・・暇だよ。」
「だからこそ、君に来てもらいたいんだ。な、俺と一緒に新しいクラブを創ろうよ‼」
佐藤の熱心さにタムリンは、こんなに強く頼まれたら、とてもイヤだとは言えないな・・・。それに私もやりたい事が何もないし・・・と思い、
「うん、いいよ。そんなに私が必要だと言うんなら。私も、やりたい事を探していた所だったんだ。」
「よし、決まり。新しいクラブの新入り部員第1号で、副部長だ。明日の放課後は、職員室の前で待ち合わせだ‼」
佐藤とタムリンの会話を聞いていた谷藤先生は、
「やれるもんならやってみろ。」
と一言。こうして、タムリンは何かやりたい事が見つかるかも・・・と、佐藤勝男の創る新しいクラブに入る事が決まった。
π=円周率は3.141…と長く長く無限に続く数である。これから先、タムリンは『自分のやりたい事』を探して長い長い旅が始まるのである。




