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3.スープ

 「じゃあ、帰ろうか」

 養父が呪文を唱えると、あっと言う間に家に着いた。

 双魚(ドゥヴェ・ルィバ)少年には、まだ帰る魔法は使えない。まだまだ、薬草も魔法も勉強中だ。

 養母が晩ごはんの支度を始める。

 双魚(ドゥヴェ・ルィバ)少年は、家の前の菜園で、今夜食べる分の野菜を摘んだ。

 緑の葉っぱは、雪に埋もれて甘みが増える。

 カゴに摘んで、戸の傍に植えたアーモンドの樹を見た。


 アーモンドの樹は、まだ小さい。小さな木も冬の装い。

 空から粉雪が、さらさら降りてくる。

 灰色の雲から、雪の精も降りてくる。

 小さな猫に似た異界の生き物。冬の使者。

 しっぽの先は、雪の結晶。しっぽを動かすたびに、小さな雪の結晶を辺りにふりまく。

 すっかり葉の落ちたアーモンドの枝が、白雪をまとう。

 風が吹くと、さらさら、雪は枝から落ちる。

 その雪の中にも雪の精。さらさら、雪と一緒に落ちてくる。

 落ちて、カゴの中へ。双魚(ドゥヴェ・ルィバ)少年の肩へ。


 双魚(ドゥヴェ・ルィバ)少年は、落ちてくる雪の精をてのひらで受け止めた。

 雪の精は、あたたかなてのひらから、ひょいっと飛び降りて、地面の雪に混じった。

 一匹落ちても、二匹、三匹、四匹、五匹……雪の精は、灰色の雪雲からどんどん降りてくる。

 双魚(ドゥヴェ・ルィバ)少年のてのひらは、どんどん冷たくなってゆく。

 魔法の服に守られて、体は寒くないけれど、頭にも肩にも、どんどん雪が降り積もる。

 てのひらも耳も、しんしん冷えて赤くなる。

 双魚(ドゥヴェ・ルィバ)少年は、風と一緒にくるくる踊る小さな雪の精をじっと視ていた。

 小さな雪の結晶をふりまいて、この世の雪との境目がわからなくなる。


 双魚(ドゥヴェ・ルィバ)少年は、お父さんとお母さんと、お祖父ちゃんと弟と妹と暮らした家を思い出した。

 ずっと遠く、ラキュス湖のほとりにあったセリア・コイロス王国。

 セリア・コイロスの家にはもう帰れない。

 庭のアーモンドの樹にも、もう手が届かない。

 春には薄紅の花をいっぱいに咲かせて、お母さんがアーモンドを粉にしてお菓子を焼いてくれた。

 みんなでその花を見ながらお菓子を食べた。

 あの庭ももう遠い。


 「早く入っておいで。雪の精に魅入られたら、凍えてしまうよ」 

 養母が戸を開けて呼ぶ。

 野菜を摘みに出た双魚少年が、なかなか戻らないので心配していた。

 双魚(ドゥヴェ・ルィバ)少年の耳とてのひらは、すっかり冷えて凍えていた。

 気が付くと、日もすっかり暮れていた。

 「いくら魔法の服でも、あんまり寒いと効き目がないからね。さ、早く入って、ごはんにしよう」

 最後の仕上げに摘みたての野菜を入れて、キノコ入りスープのできあがり。

 「たんとおあがり」

 「いただきます」

 スープのお椀を持つと、それだけで、すっかり凍えていたてのひらが、あたたかくなった。

 あたたかいスープをひとくち飲むと、体の中にポッと灯がともったように、ぬくもりがじんわり広がる。

 キノコの出汁でとろりとおいしい。体が芯からあたたまった。


 双魚(ドゥヴェ・ルィバ)少年は、今日一日で色々なことを覚えた。

 雪の日にも生えるキノコがあること。

 雪の精はこの世に足跡を残さないこと。

 ぬるぬる滑るキノコの上手な採り方のこと。

 魔法の服でも、あんまり寒いと効き目がないこと。

 キノコのスープは、凍えた体をあたためてくれること。


 窓の外では、しんしん、しんしん、粉雪が降る。

 雪の精が風に踊る。冬の夜が静かに更けてゆく。

 おだやかな冬の初めのある日の話。

 願わくば、このあたたかな日がいつまでも続きますように。

 このお話自体はまぁ、何がどうと言う程のことはありません。

 「虚ろな器」に登場した〈双魚〉先生の少年時代の一コマです。


 登場したキノコは、実在するナメコがモデルです。

 野生のナメコは、晩秋~初冬にかけて、枯れ木や切り株に発生。

 家で菌床栽培したことがあります。

 極限まで育てたら、最大で傘の直径が掌サイズにまで成長しました。

 大きくなっても相変わらずぬるぬる。採りにくかったです。

 煮たら、ものすごく灰汁が出たので、2回ゆで零してから、バター炒めにして食べました。

 歯ごたえがしゃきしゃきして、味が濃くておいしかったです。

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