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2.キノコ

 常緑のヤブの中にウサギがいた。

 ふたりの足音に驚いて、飛び出すものもいれば、石のようにじっと息を殺すものもいた。


 ふたりはなるべく静かに、森を歩いた。

 日暮れの少し前、沢の近くの地面に横たわった枯れ木をみつけた。

 もうだいぶ、雪が積もって、誰かが毛布をかぶって寝ているように、こんもり盛り上がっていた。

 沢はまだ凍らず、ちょろちょろ流れる。

 養父が手招きして、枯れ木を指さした。

 雪の下から、茶色いキノコが顔を出していた。

 傘は双魚少年のてのひらくらいの大きさで、雪をのせていた。傘の下だけ雪がなく、薄い色の柄がよく見えた。柄は双魚少年の指くらいの太さだった。


 キノコの傘に積もった雪の上に、小さな生き物がいた。

 雪と同じ色で、猫に似ているような気がしたけれど、少し違うような気もした。

 枯れ木に積もった雪の上から、キノコの傘に飛び乗り、そこで滑って地面の雪に落ちる。

 落ちたら、次に待っていた雪の精が、枯れ木の上から飛び降り、キノコの傘へ。

 イチゴの実くらいの小さな生き物は、それだけ雪の上をはしゃぎまわっても、足跡ひとつ残さない。


 双魚少年が見とれていると、養父がその肩に手を置いて、言った。

 「雪の精だ。今頃くらいの冬の初め、雪が積もり出す頃に、こっちの世界へ出てくるんだ」

 「雪の精……」

 「今はこんな小さな生き物だが、もっと寒くなれば、また別のが出てくる」

 「どうして、足跡がつかないの?」

 「雪の精にはこの世の体がないから、この世の雪には足跡を残さないんだ」

 「視えてるのに?」

 「あんまり視てると凍えてしまうよ。さぁ、早くキノコを採って帰ろう」


 双魚少年は小さくうなずいて、キノコの柄に手をかけた。

 ぬるぬる滑る。

 傘の上で、雪の精もつるりと滑った。

 ぴょこんと飛び乗り、つるりと滑って降り積もった雪の上へ。

 雪の精は、降り積もった新雪の中に溶け込み、視えなくなる。

 枯れ木からキノコの傘へ、ぴょこんと飛んで、つるりと滑る。

 ぴょこん、つるり、ぴょこん、つるり。

 しっぽの先の小さな雪の結晶が揺れる。


 「ぬるぬるして、採りにくいかい」

 「うん」

 「ナイフを貸してごらん。片手で押さえて、こう採るんだよ」

 養父がお手本に一本、採ってみせた。

 キノコは根元からすっぱり切れて、カゴに入れられた。

 雪の精は、飛び移るキノコがひとつ減った。


 「さ、やってごらん」

 養父にナイフを渡され、双魚少年もマネして採ってみた。

 やっぱり、つるつるぬるぬる、手が滑って、片手で押えることもできない。

 ゆらゆら揺れるキノコもおかまいなし。雪の精は相変わらず、ぴょこん、つるり、ぴょこん、つるり。

 双魚少年は、傘に近い部分を指で挟んで、引っ張り上げながら、根元をナイフで切った。

 つるつるぬるぬる滑ったけれど、何とか落とさず、カゴに入れられた。

 「あとひとつ採ったら帰ろう。おいしいスープをこしらえてもらおう」

 養父と養母と双魚少年。ひとりに一本。

 その他は、森の動物たちの為に残して帰る。

 今日は、雪の精の遊び場にも、残して帰る。

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