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君がいるから  作者: 七瀬幸斗
不幸な出会い
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秋の晴れ空

翌日。今日は休日、土曜日だ。昼頃に病院へ赴き、病室に入ると、天宮さんは自身の艶やかな栗色の髪を束ねている最中だった。


「こんにちは」


それでこちらに気が付いた彼女は、目を丸くして焦ったようにうろたえた。


「あ、あっ、こ、こんにちは。ご、ごめんなさい、こんな中途半端な状態で」


急いで髪を束ねていくが、どうもおぼつかない様子だった。


「そんなに焦るもの?」


不思議に思い聞いてみると、彼女は顔を少し赤らめて答えた。


「か、カッコワルイ姿なんて見せられないですよっ。これでも女なんですからっ」


そんなものなのだろうか。そういえば弟の彼女ちゃんも、朝会うときにはすでに髪型を整えて、格好もキチンと揃えているな。俺たちなんて寝間着でいるというのに。


「てか、髪束ねるんだね」


彼女が髪を束ねている姿を見るのは、よくよく考えてみれば初めてのことだ。


「私、学校ではいつも……ん。この髪型ですよ?」


ようやく束ね終えた天宮さん。その髪型は、いわゆるおさげスタイル。今まで見えていなかったうなじに、少し色香を感じた。


「あんまり髪型にこだわりはないんですけど、これが一番落ち着く髪型なんです」


そう言うと、彼女は棚の上に置いてあったノートパソコンをテーブルに設置し、起動し始めた。


「私、一週間もここにいるから、その分勉強も遅れちゃってて。お見舞いに来てくれた同級生の子が私用のノートを取ってくれていて、それを参考にレポートを作成するように先生から言われちゃったんです」


引き出しから大学ノートを取り出し開く天宮さん。そのノートには、様々なグラフと、おそらくIT関係の用語が詰め込まれているのが確認できた。


「IT優先の学科?」


「はい。経済学とか、そういうのはどうも性に合わないみたいで。なら、幅の広いITかなって」


よく見ると、ゲームのAIにも使われているような演算ソフトの名前も挙がっている。


「懐かしいな……」


俺は短大卒だが、やはりこの手の授業も受けていた。結構詰め詰めな内容をこなしていたが、それらは総じて今に繋がっているんだと改めて思った。


「……そういえば、妹尾さんはゲームやアプリの制作会社に勤めているんでしたね」


「うん。こういうのもやってた」


彼女のキーボードを叩く速さは決して速くはないが、その分正確で、纏め方が非常にうまい。思わず感心し、まじまじとその指を見つめてしまう。


「あの……」


声に気が付き天宮さんを見る。


「あんまり見つめられると、ちょっとやりづらいかな……って」


「ご、ごめん」


うっすら頬を染める彼女に、思わず俺も、少し気恥ずかしくなる。


「……変な話なんですけど」


少しの沈黙を、天宮さんが破る。


「どうしてでしょうね。あの人と違って、妹尾さんは何だか、そこにいるだけで気持ちが落ち着く気がします。たった6日しか顔を合わせていないのに、大学の同級生よりも自然で居られるような……。他人は、怖いのに」


「思い違いじゃないか? 人間不信が、そうそうすぐに克服できるなんて有り得ない」


そう言うと天宮さんは思い詰めたような表情になり、作業を進めていく。


「俺は、別に信じてもらいたくて、好きになってほしくてここに来てるわけじゃない。天宮さんはあまり好まない言い方だろうけど……どこか、贖罪の意味が強い。バカだから、それくらいしかできないんだよ」


ケガも治りつつあり、明日にはもう彼女は退院だ。そうすれば会うこともなくなるだろう。彼女が慰謝料はいらないと言っているから。

今日が終われば、それが一期一会なんだ。


「妹尾さんは……変な人ですね」


彼女ははにかみながら、そう言う。これ以上長居しても話すことが少なく、ただ沈黙を貫くだけになりかねないと思った俺は、持ってきた最後のお見舞いの品を彼女に渡した。


「明日の朝には退院だって聞いたから、もう会わないと思う。だからこれ、親御さんに。良くはないかもしれないけど……その、謝礼として」


「そんな、いいのに……。お父さんたち、妹尾さんのことを話したら、責任感が強くて、とってもいい人だって笑っていましたから……」


そう言う彼女に、それでもと伝える。天宮さんは観念したようにそれを受け取り、お礼を言ってくれた。


「じゃあ、俺はこの辺で。いろいろと迷惑をかけて、ごめんなさい。……お大事に」


そう言って踵を返すと、裾に抵抗を感じた。振り向くと、袖を摘まんだ天宮さんがこちらをじっと見ていた。


「私の方こそ、いろいろとお世話していただき、本当にありがとうございました。もし、もしご縁があれば、またお会いしたいです」


濁りひとつない、真っ直ぐな透き通った視線。何故だろうか、また会ってしまうような、そんな気持ちにさせられた。


「……もし、縁があれば。それじゃ」


俺の挨拶に、どこか嬉しげな表情で彼女は答えた。手を振り、ゆっくりとした歩みで病室を後にした。

あの時と同じような、秋晴れの穏やかな空。俺は、何だか複雑な思いだった。

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