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君がいるから  作者: 七瀬幸斗
決別のその時に
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【陽菜視点】 募る不安、それでも今は

次の日の事だった。テストプレイデータの配信日が、もう僅か先となっているというのに、突然彼から一通のメッセージが届いた。夕方、帰路に着いていた私たち二人は、空いていたバスのシートに腰掛けながら見た、その文に戸惑いを隠せなかった。

『プレイデータに重大な不備が発覚。今日は帰れそうにない』


「重大な不備……?」


「……」


試運転データだ。多少のバグや不具合は、あって当然とは思う。でも大体のデータ不備はすでに片付いていないと、配信できる段階ではないはずだ。あれだけ自信ありげに話をくれた秀哉さんが、そんなもの見落とすとは思えない。一体、何があったのだろうか。


「データが壊れた……ううん、有り得ない。セキュリティだって、相当に強固なはず……」


「……」


じゃあ何があり得るだろうか。バックアップは今からでも取れるものだし、むしろあそこくらいに期待値が高い会社がそれを落とすとは想像もつかない。ならプログラミングの問題だろうか。


「まーちゃんはどう思う?」


問い掛けてみるも、彼女は答えなかった。スマホとにらめっこしていてまーちゃんの様子は窺っていないけど、寝ているのだろうか。そう思って視線を移すと、そこには、何か思い詰めたように考え込んでいる彼女の姿。もう一度呼びかけてみても、反応はおろか、動く気配すら感じない。理由は解らないが、とにかく反応が欲しかったのでいろいろ試行錯誤を繰り返して返事を待った。それでも彼女の反応が無いことに、さすがに多少の恐怖心が生まれてくる。


「まーちゃん、ねぇまーちゃん!」


「うぉっ!? え、なに、呼んだ?」


切羽詰りながら呼び掛けてみて、ようやく反応をもらうことが出来た。安堵の吐息が自然と出る。キョトンとしたまーちゃんの肩に寄りかかり、安心から流れた涙を拭うことなく、思いを告げた。


「は、反応無いから……どうかしちゃったかと思って……心配したよぉ……」


「え、なんで泣いてるの? な、なんかごめん」


そんな私とは裏腹に、いつも通りの軽めなノリで返してくるまーちゃんに、若干の不満が生まれる。ちょっと睨み気味に見つめると、慌てたまーちゃんが謝りながら抱き締めてくれる。それで不満はチャラになった気がした。


「ごめんね、心配かけて。ちょっと考え込んじゃっていたみたい」


そう言うと抱擁をゆっくりと解放し、まーちゃんは理由を話し始めた。


「その妹尾さんのメッセージに、なんとなく思い当たるものがあって……。ほら、ちょうど昨日、アイツから変な話持ち掛けられたじゃない、あたし。……その、ハッキングしないかって、さ。で、昨日の今日でこんな事態で……」


そこまで彼女の言いたいことが理解出来ずキョトンとしていたが、次の言葉で理解すると同時に、昨日の嫌な予感がもしや、このことの予知に近かったのだと愕然となった。


「もし陽菜と妹尾さんが恋人だってこと、あの男が知っているとしたら……ご自慢の技術と情報網で、簡単に出来ると思うのよ。……彼の会社へのハッキングくらい、ね」


そんなはずは無いと返したかった。でも出来なかった。あの男ほどの粘着力があれば、あの男の下劣な思考があれば、あの男ほどのITプロフェッショナルであれば、実際容易いことだ。嘘だ、嘘だと認めたくない反面、やりかねない、そうだったのならそれは、私の責任に他ならないと思えてしまう。そうなる可能性を考えもしなかった。そうなった後にアイツがどんなことをしでかすかを考えもしなかった。そして決別をし損ねたからこそ、起きているこの事態。まさか、彼に被害が及んでしまうなんて。後悔が、後を絶えなかった。


「あ、あくまで可能性だよ、陽菜。そんなに思い詰めないで。いや、ほら、偶然タイミングが一緒だっただけかもしれないし、確証も何もないってば。だから陽菜、ダメ。ダメだよ」


そう言われても、最早私には、アイツがやったとしか思えなかった。そう、私への報復だ。すべてをうやむやにしたまま勝手に逃げた、私への報復なんだ。なんてことをしてしまったのだろう。彼を、無関係の彼を巻き込んでしまった。こんな形で……彼だけに飽き足らず、会社の人たちと、ただテストデータを待っているだけの、ユーザーすらも一緒に。


「――っ!」


咄嗟に動かし始めたスマホは、まーちゃんに取り上げられてしまった。


「何するの、まーちゃん! 返して!」


怒鳴る私に対して一歩も引かず、まーちゃんは私のスマホを握りしめたまま鋭い視線を向けて、こう返してきた。


「渡さない。だって陽菜、アイツに文句付けるつもりでしょ? ダメ、そんなことさせない」


「なんで!? 秀哉さんに手を出したのはあの男じゃない!」


「決まってないって言ってるの。それに連絡したところでどうなるの? アイツなら、たとえ本当に犯人だったとしてもしらばっくれて、また陽菜を苦しめだす。……もうあたしは決めたの。これ以上陽菜を傷付けない。陽菜を守るって。これまでで一番陽菜に苦しい思いをさせてきたのはアイツ。……そう、あたしじゃなくて、アイツなんだ。守るべき子を、そんな凶器にわざわざ触れさせる必要なんてないわ」


言い返すにも、言葉は生まれなかった。また改めて感じることとなった、まーちゃんの強い想い。それは私のためにやってくれていて、血迷う私を引き留める最後の楔でもある。重々理解しているつもりだったそれを、私は壊そうとした。そうすれば、彼女が私から離れていってしまう。それは嫌だ。こんなにも大切で、大好きな親友を失いたくはない。その理性が、言葉を掻き消したのかもしれない。


「とにかく今は様子を見るべきだよ、陽菜。何かやっているなら、あの人の事だし、態度に表れるって」


その通りだと言わざるを得ない的を射た言葉に、私はゆっくりと頷いて答える。だから落ち着いてと促し、深呼吸を提案するまーちゃんに賛成してそうすると、荒れた感情はゆっくりと穏やかになっていった。


「で、陽菜は黙って彼の傍に居てあげること。絶対、妹尾さんにこのことを問い質しちゃダメ。かえって苦しくなるだけだから」


「……うん」


そうは言われても、いつか堪らなくなって話に出してしまいそうで怖い。その思いを胸に秘めながらまーちゃんの助言に耳を傾ける。でも本当に、どうしてこんなに彼女の恋愛の助言は道理に適っているのだろうか。それが気になって仕方無い。


「どうかした?」


「いや……まーちゃんって、本当に恋人居ないんだよなぁって……」


「当てつけ?」


不機嫌そうに言うまーちゃんに、何度も首を振って否定する。すぐに弁解を入れた。


「そうじゃなくて、もらえる言葉が全部適格だから……。恋愛上手な人の言葉じゃないのかなって思う時が時折……」


「居ない居ない、一度も居ない。でもね、陽菜。体験しなきゃ知識にならないなんて見当違いよ。体験しなくても判るものはあるの。それを教えてくれる教科書は、漫画とか小説とか、そういった物語よ」


それを聞いて納得がいく。そういえばまーちゃんは、そういう類が好きだった。


「あとは、周りの愚痴からかなぁ」


そして、そういう人が知り合いに多いのも。


「まあとにかく、今日はどうしようもないけど、明日はちゃんと一緒に居なさいよ?」


少しずれた論点を強引に戻して結論付けたまーちゃんに頷く。彼に守られるばかりではなく、私も彼を守る。それでこそ恋人であって、またそれが私の理想の関係でもある。無意味に人前でベタベタし続けるのも得意では無いし、彼もそういうのは好まないだろう。


「……そうだ」


ふと思ったのは、こんな苦しいことを忘れてしまうほどに楽しむこと。それもある意味、守ることに繋がるはずだ。ならばデートをするのはどうだろう。思えば二人でゆっくりと街を歩いたことは無かった。それなら善は急げ、予定を立てておこう。


「ねぇまーちゃん」


「うん?」


「ちょっと、手伝ってほしいな」


そう言っただけで、まーちゃんは瞳を輝かせる。意思疎通したようで、そこからバスの停留所に着くまで、私たちはずっと、近辺のスポットやエリアを確認し続けていた。

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